28.再会

 翌日の朝、ローガンらは予定通りにミーテリオン第三騎士団の駐屯所に訪れていた。


 石造りの門を前にシスカが目を輝かせる。


「ここがお父さまの騎士団!」


「元、だけどな。あ、ちょっと待て!」


 興奮に身を任せ門に突撃しようとするシスカの首根っこを掴んで止めるローガン。


「むぎゅっ……!? な、なに、お父さま?」


「あ、あぁ悪い。いや、ちょっとここで待っててくれ」


「どうして?」


「……確認というか、先に様子を見てくる」


「? わかったわ」


 きょとんとした表情で頷くシスカ。ファリスも同様に大人しく従う。


 腰の剣に手を添えながら門を潜ったローガンは、その場で数秒立ち止まって周囲を確認した。


「……よし。もういいぞ、おいで」


「なんだったの?」


「急に襲われる可能性があるんだ」


「おそわれるの!? き、騎士団って悪い人たちなの……?」


「いやいや、そうじゃないんだ。襲われるのは団の伝統というか、心得の体現というかだな……」


「で、でんとー? たいげん……?」


「まあとにかく悪いやつらじゃない。ちょっと血の気が多いだけだ」


「ふーん……? なんだかよく分からないけど、あぶない人たちね」


「……」


 不思議そうに首を傾げるシスカ。なおファリスからしてみれば、シスカも血の気が多くて危ない人枠である。騎士団適正ありだ。


「おはようございます、皆さん」


「あ、おじさん!」


 わざわざ待っていたのか、建物に入ってすぐのところでヨハンに出迎えられた。


「よう、ヨハン。流石に今日は空気読んだみたいだな」


「当然ですよ」


 襲撃がないことに対して軽口を叩くローガンに苦笑気味に返すヨハン。


「レシウスは大丈夫だった?」


「はい、あの後家の者が無事連れ帰ったようです」


「そっか、よかったあ」


 シスカがほっと胸を撫でおろした。


「さて、早速本題を……と言いたいところですが、まずは折角ですからおふたりに駐屯所内を案内いたしましょう」

 

 ヨハン案内のもと、駐屯所内を見て回ることになったが、ローガンは朝から相変わらず微妙そうな表情をしていた。


「ファリス! あれ! あっちすごい!」


「わわっ……!」

 

 一方でシスカは当然大はしゃぎだった。引っ張り回されるファリス含めて平常運転である。

 

「こらこら、あんまりはしゃぎすぎると怪我するぞ」


「ふふ、元気があっていいじゃないですか」


 当然ながら刃物など危険物のある場所は避けているので、滅多なことはない。ヨハンは微笑ましそうにしている。


「次は訓練場を見に行きましょうか」


「訓練所!」


「……邪魔にならないか?」


「その程度で心乱されることはありませんよ。彼らは誇り高き第三騎士団です。隊長だけでなく、そのご子女までいらっしゃるならむしろ張り切るでしょう」


「……それなら、まぁいいが」


 そう言うローガンの表情はやはり微妙そうだった。





「この子たちが、あのローガンさんの!」

 

「ほー、ローガンんとこのガキか!」


「飴食べるか?」


「食べるわ!」


「あ、あの……」 


 訓練場にて、ファリスとシスカは騎士の集団に囲まれていた。誇り高い騎士団の訓練はそっちのけである。


「おい、心乱されてるじゃないか」


「誤算でしたね……」


「誤算でしたねじゃねえよ」


 押し寄せる騎士の群れに押し流されたローガンとヨハンが外縁で何やら問答していが、中心近くの騎士はお構いなくシスカ達にあれこれ話しかけている。


「ほー、嬢ちゃんローガンに剣を習ってんのか!」


「えぇ、将来はお父さまみたいな騎士になるの!」


「おう、そりゃあでっけぇ夢だな。あいつは若いころからすげえやつだったからなぁ」


「ふふぅん! 当たり前ね、お父さまだもの!」


「あれなんか今でも語り継がれる伝説だな。ローガンのやつが急に夜の街に繰り出すなんて言い出して……」


「よるのまち?」


「なッ……待て待て!」


 ひとりの騎士の話に、ローガンが焦ったような声を上げ、人の壁を強引にかき分ける。


「何話そうとしてやがる、クレイヴッ!」


 あっという間に中心までたどり着いたローガンが、クレイヴと呼ばれた騎士の首根っこを掴んだ。


「うおっと、冗談だよ冗談! 流石にガキに話すわけないじゃん?」


「当たり前だこの馬鹿! というかどいうもこいつも、訓練に戻れ訓練に!」


 ローガンの大声に、クレイヴを除く騎士たちはすごすごと訓練に戻っていく。


「お父さま、よるのまちって?」


 シスカの問いかけにローガンがたじろぐ。

 

「い、いや、それはだな……。おい、ヨハン! 早速いらんこと吹き込まれかけてるじゃねえか!」


「いやぁ……まあクレイヴなので、あはは……」


「だから嫌だったんだよ、連れてくるのは……」


「おいおい、冗談だって言ってるだろ~。悪かったって」


「お前の冗談は心臓に悪いんだよ!」

 

 大して悪びれず謝罪を口にするクレイヴに、ローガンが辟易として溜息を吐く。


「ねえファリス、よるのまちって何の話だったんだろ? 戦いの話かしら!」


「…………多分そんな感じです」


 ある意味では戦いで合っているかもしれない。話の方向性に察しがつくファリスは適当に胡麻化して、訓練に戻った騎士たちの様子を眺めた。


 最初の印象こそ、国の騎士がこれで大丈夫かと思うものだったが、いざ訓練の様をじっくり見ればそんな懸念は吹き飛んだ。


 いくつかのグループで訓練メニューを分けているらしく、器具を使っての筋力トレーニングや走り込みでの体力トレーニングなどをローテーションさせているらしい。


 それらも一見して非常に負荷強度が高いことが見て取れるが、中でも目を見張るのは模擬剣での打ち合いだ。


 その太刀筋、足さばき。どれをとっても実力の水準の高さが窺える。


 シスカも同様の感想らしく、騎士たちに目を奪われていた。


「俺はそろそろヨハンと話をしてくるが、お前たちは……」


「ここで訓練を見たいわ!」


「だろうな。なら悪いが、少し席を外す。訓練の邪魔はしないようにな?」


「はーい!」


「あとクレイヴ、もし余計な事を言ったら叩き斬るからな」


「言わない言わない。まだ胴と泣き別れしたくない」


「他の奴にも一応言っとけよ、もし言ったらそいつとクレイヴの首が飛ぶって」


「はいはい……ん? 俺の首も飛ぶの?」


「ああ。だから言いそうなやつはちゃんと止めろよ」


 そう言い残して、ローガンはヨハンと訓練場を後にした。


「おー怖」


 残されたクレイヴが肩を竦める。


「ねえねえ、おじさん」


「ん? なんだ?」


「おじさんはお父さまのことよく知ってるの?」


「おー、そりゃもう同期だからな。それなりの付き合いよ」


「じゃあ、昔お父さまがどんな活躍をしてたか教えて!


「活躍を?」

 

「 ええ。お父さま、あんまり昔の話してくれなくって……」


「あー……」


 クレイヴが何か考えるように顎に手を当てる。


わりい嬢ちゃん。その話は俺からはできねぇ」


「えー! どうして?」


「あいつが嫌がるだろうからな。……それに俺もまだ命は惜しいし?」


「えー……そっかぁ……お父さまが嫌がるならしかたないわね……」


「お、聞き分け良いね。しっかし、お前ら見てるとレシウス坊を思い出すなぁ」


「おじさん、レシウス知ってるの?」


「そりゃ団長の息子だからな。むしろお前らこそ知り合いなのか?」


「ええ、昨日知り合ったわ! レシウスもここに来ることがあるの?」


「あぁ、前はよくやってきて訓練に交じってたりしてたぞ」


 この訓練にレシウスが混ざっていた。その言葉にファリスは内心で驚く。だが、これ程の訓練にあの年齢で付いていってたとすれば、あの身体能力も納得だった。


「流石に同じのを全部こなしてたわけじゃないが、ありゃ将来有望だね。ただ、ある時を境にパタッと来なくなっちまったが……大方ヨハンに何か言われたんだろうな」

 

「それって——」


「クレイヴ隊長! いつまでサボってんですか!」


「おっと、悪いけどお話はここまでだ。俺も訓練に戻らんと。じゃあな」


 言って、その場を離れるクレイヴ。会話が途切れてしばらくはふたりとも黙ったまま訓練の様子を眺めていた。


 このまま時間が過ぎ去るならば、ファリスにとっては平和なのだが。


「………………わたしたちも訓練に混ざりましょ!」


 ——ほら来た……。


 視界の端でシスカがそわそわし始めた時から、否、シスカが訓練を見ていたいと言った時から分かっていた未来である。


「いや、あの……父さまが邪魔するなって言ってましたし……」


「邪魔じゃないわよ。一緒に訓練するだけよ?」


 それを一般的に邪魔という。


「いや、でも子どもが混ざったら困ると思います……」


「でもレシウスは混ざってたって言ってたじゃない!」


「そ、それは……」


「呼んだ?」


 突然背後から会話に割り込んだ声に、シスカとファリスは弾かれたように振り返った。


「レシウス!」


 そこに立っていたのは、紛れもなくレシウスだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る