27.合流

「シスカ! ファリス!」


「お父さま!」


 ヨハンの案内のもと、ファリス達は緑葉亭の前で無事にローガンと合流を果たした。


 息を切らして駆け寄るローガンにシスカが飛びつき、抱き止められるや否や話したいことがいっぱいあるとばかりにシスカが口を開く。


「お父さま! あのね——わっ?」

 

 しかし、しゃがみ込んだローガンがシスカの肩に手を置き、突き放したことでその言葉は中断された。


 向き合って見つめ合う形になったふたり。

 

「心配、したんだ」


「っ……」


 いつかのように怒鳴られたわけではない。しかしその言葉は静かで、それでいて力強く、故に心に響いた。


「ごめん、なさい……」


「……ファリスも」


 ローガンに呼ばれ、ファリスもおずおずと近づく。


「ごめんなさい……」


 ふたりの素直な謝罪に瞑目したローガンは小さく息を吐いて、ふたりを抱きすくめた。


「色々言いたいことはあるが、とにかく何事もなくてよかった……」


「うぁ……ごべ、ごべんなざいぃ~……!」


 情緒的に感極まってしまったのか、あるいはなんだかんだ言っても内心では不安な部分があったのかシスカが泣きべそをかいてしまう。


 しばらくの間ローガンはふたりを抱いたまま、シスカの頭を撫でてなだめていた。


 そうしてシスカが落ち着いてきたところでローガンは立ち上がり、ヨハンに向き直る。


「本当に助かった。ありがとう、ヨハン」


「いえ、お安い御用ですよ」


「あぁそうだ、これ、返すよ」


 そう言って、ローガンが石のようなものを取り出し、ヨハンに手渡した。碧く半透明なそれは、文字のようなものが彫られている。


「…………?」


「これが気になりますか?」


 ファリスが覗き込むようにして石を観察していると、ヨハンが微笑みながら問いかけてきた。ファリスはこくりと頷く。


「これは遠話石えんわせきと言って、離れた相手と話が出来る創具そうぐです」


「離れた相手と……!?」


「凄いでしょう? 対となる石同士でなければ話せないのと、相手があまりに遠すぎると通じないなどの制限はありますが、とても便利なものです」


 手分けして自分たちを探していた筈のローガンがすぐに宿で合流できたのは、これがあったからかと納得する。


「触ってみますか?」


「! ……いいんですか?」


「えぇ、どうぞ」


 手渡された遠話石をまじまじと見る。彫られている文字は会話に使うものではなく、刻印文字と呼ばれる創具作成用の特殊な文字だ。刻印文字はその形状と組み合わせによって創素マナと反応し様々な効果をもたらすことができる。


 ちょうど、カトレナが専攻していたため、ある程度の知識をファリスは持っていた。


 創具と言ってもピンからキリまであり、それ自体はそこまで珍しいものではない。身近なものでは時計なども刻印文字によって周囲の創素を利用することで動いている創具の一種だ。


 だが、単純な機能のものであればともかく、目の前の遠話石のような特殊な機能を持つものはそうそうお目にかかれるものではない。まず素材の石自体が希少であり、彫られる刻印も複雑かつ膨大だ。


「創素を流し込んで起動すると淡く光るので、その間に伝えたいことを喋れば相手側の石に届きます。こんなふうに」


 ヨハンが持つ対の遠話石でその様を実演して見せる。すると間もなくしてファリスの持つ遠話石が淡く光り、振動しだした。


「おぉ……」


「後は受信側も創素を流せばメッセージが再生されますよ」


 言われた通りにファリスが創素を流す。


『こんなふうに』


 すると先ほどヨハンが吹き込んだ言葉が同じ声で遠話石から響いた。ヨハンが僅かに目を見開く。


「驚きました、創素を流せるんですね。何か他の創具を使ったことが?」


 ファリスが首を振るとヨハンは感心したように頷く。


「さすがは隊長のお子さんですね」


「まあな」


「わたしもやってみたい!」


 シスカがそう言うので遠話石を手渡すファリス。同様にヨハンが声を吹き込む。


「むぅ……! むんっ……むーッ!」


 遠話石を手に唸りながら力むシスカだが、遠話石はうんともすんとも言わない。


「むあーっ! なんでー!?」


 結局、遠話石は起動させられず、程なくしてシスカは諦めた。無念。


「そうだ、ふたりともお腹空いてるだろ? ちょっと遅くなってしまったが、飯にしよう」


「え?」


「あ……」


「ん? どうかしたのか?」


「えっと、その……」


 ふたりはレシウスの計らいにでポリオン武具店の店主に貰ったパンを食べていたため今現在、然程空腹ではなかった。そのことをファリスが説明する。

 

「……なるほど。その店主やレシウス君には後々礼を言わんとな……」

 

「って、そうよ、レシウス! おじさん、レシウスのこと探さなくていいの!?」


「それは……」


「レシウス君がどうかしたのか?」


 疑問符を浮かべるローガンに、今度はヨハンが説明する。


「レシウスは私の息子なのですが、どうやら偶然おふたりと知り合ったようで」


「そうなのか? そんな偶然もあるものなんだな」


「それでね、レシウスに泊ってた宿を探してもらってたの! けど、おじさんと会ったときにどこかへ行っちゃって……」


「なに? ヨハン、大丈夫なのか?」


「……いえ、ご心配には及びませんよ。普段からひとりで出歩いているようですし、じきに家の者が見つけて連れ帰ります」


「いや、そうは言うが……探すのなら俺も手伝うぞ」


「ありがとうございます。しかし、やはり隊長のお手を煩わせるようなことではありませんから」


「だが……」


 その後もあくまで問題ないという一点張りで、手助けの申し出を断るヨハンに最終的にローガンが折れる。


「……分かった。お前がそこまで言うんなら問題ないんだろう。すまない、余計なお世話だった」


「そんなっ、 余計なお世話などとは……!」


 わたわたと焦ったように早口で述べるヨハンに、ローガンが苦笑する。


「では、私はそろそろ……」


「ん、そうか。改めて今日は本当に助かった」


「いえ。レシウスについてはいくつか心当たりがあるので、そちらを回ってから駐屯所に戻ることにします」


「あぁ。飯には行けなかったが……この埋め合わせは必ず」

 

「お気遣いなく……と言いたいところですが、でしたら早速」


「ん?」


「明日、もし予定が決まっているわけではないのなら、また駐屯所にお越しいただけませんか?」


「む、明日か?」


「はい。……その、恥ずかしながら本題といいますか、一番重要な話を失念していたもので……」


「おいおい……。いや、しかしなぁ」


 ローガンがシスカとファリスを一瞥する。今日こんなことになったばかりで、明日再びふたりを置いていくのは流石に憚られるのだろう。


「何でしたらお子さん方もお連れに」


 それを察してのヨハンの言葉に、ローガンは露骨に渋い顔を作る。


「お前ら、いらんこと吹き込みそうで嫌なんだが」


「滅相もない! 私は勿論、団の者もそんなことはいたしませんとも! 何なら私が予め厳命しておきます!」


「……そもそも明日はふたりを学園に連れて行こうかと思っていたんだが」


「学園!」


 学園という言葉にシスカが反応する。


「シスカも学園行きたいよな?」


「うん! 行きたい!」


「だよな? というわけだから、悪いが……」


「シスカさんは、お父さんの所属していた騎士団に興味はありませんか?」


「騎士団! お父さまの!?」


 学園というワードを聞いた時以上に目を輝かせるシスカ。


「学園と騎士団なら、どちらがいいですか?」


「おい、ヨハン?」


「騎士団がいい!」


「待て、シスカ」

 

「とのことですよ?」


「いや……でもな……。そ、そうだ、ファリスはどうだ? 学園の方が気にならないか?」


「うぇっ……!?」


 話を振られたファリスが視線を彷徨わせる。


 正直、ファリスとしては学園の方が気になるし、ローガンの意図を汲むならば素直に学園と言ってしまっていい。言いたいのは山々なのだが。


「ファリスだってお父さまの騎士団気になるわよねっ?」


 いつもの如くシスカからの圧が掛かった。ファリスは自身の年齢不相応な頭脳を回転させて損得勘定を行う。


 まずローガンだが、ここでもしファリスが騎士団を見に行きたいと言ったところで落胆することはあれど、ファリスを責めたりすることはないだろう。逆に学園を選んだ場合は、わざわざファリスに聞いたぐらいなのだから、それを足掛かりに何とか学園に行くよう話を持っていくつもりと思われる。


 対してシスカはどうだろうか。ファリスが学園を希望することで騎士団行きが流れでもした場合、多分へそを曲げる。いや間違いなく曲げる。それは避けたかった。


「…………き、騎士団がいいです」


 選択肢などないも同然であった。何なら頭脳を使うまでもない。


「ということみたいですが」


「う、ぐ……だが……」


「…………お父さま、ダメなの……?」


「ぐ……!? ……ダメじゃ、ない……が……」


「ほんとっ!?」


 なおも渋るローガンだったが、間もなく不安げなシスカのおねだりに屈することとなった。何だかんだと子どもに甘い男である。


「では決まりですね。また明日、お待ちしております」


「………………ああ」


 ローガンは絞り出したような返事をひとつ返して、深く溜息を吐いた。

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