18.個性

 ファリス達三人は庭に出ていた。ユースティアの剣術を教えて欲しいという突然の願いに、困惑こそしたものの、向けられた瞳の真剣さに反射的に了承してしまった。


 ということで、部屋に置いてあった訓練用の木剣を持って庭に出た今は、まずユースティアに剣の握り方を始めとした構えについて説明していた。


「えっとね、利き手はしっかり握ってね……そう、それで左手は添えるの」


「ん……」


 ユースティアは飲み込みが早い。それは様々なボードゲームを遊んだ時からも分かる通りであり、剣術の構えにおいても例外なく発揮された。


「うん、そんな感じよ。さまになってる!」


「そう……?」


 シスカの言う通り、ユースティアの構えはとても様になっていた。たかが構え、そう思う者もいるかもしれないが、これが存外に難しい。


 指導されてすぐでも、それっぽいものにはなるが、それはあくまでそれっぽいだけだ。重心の置き方や、脱力の箇所、正しい構えにはそれ相応の理念というものがある。ただ見た目の形だけをなぞれば整うようなものではない。


 しかし、何故唐突に剣術を教わりたいなどと言ったのか。シスカがその場で問いかけた時は、前に教えようかと言われたから、という微妙に答えになっていない答えが返ってきた。シスカもあまりピンとは来ていなかった様子だったが、そういえばそんなことも言ったような、という思考に気を取られてそれ以上の追求はしなかった。


「あ」


 そんな考えに耽ってっとするファリスの耳元を、ヴォンという風切り音と共に何かが通り過ぎた。


 そのまま凄まじい速度でファリスの後方にぶっ飛んでいき、背後でズバコーンという子気味の良い、と言うにはいささか破壊的な音を響き渡らせた。


 背筋に冷や汗がつたう。剣を振りぬいた格好で硬直するユースティアと目があった。傍らのシスカも口を半開きにして固まっていた。


 ——え、えぇ……?


 どうやらいざ素振りという段階で木剣がすっぽ抜けたらしいが、それにしたってそんな訳の分からない速度でかっ飛んでくるものだろうか。硬直の解けたユースティアが駆け寄ってくる。


「ごめんなさいっ……」


 目の前までやってきたユースティアはそう言って、木剣の通過した側の頬に顔を寄せる。それだけに留まらずぺたぺたとファリスの顔を触り出した。心配してくれているのだろうか。


「あ、あの……当たってはいないので大丈夫です」


「……よかった」


 無事を伝えるとユースティアは手を離し、飛んで行った木剣を回収しに行った。


「もー。ユティ、柄は手放しちゃだめよ。確かに打つ瞬間に力を入れるって言ったけど、今は素振りなんだから」


「ごめんなさい……」


 戻ってきたユースティアをシスカが嗜める。どうやら脱力と力みのタイミングを誤った結果だったらしい。それであの勢いというのははなはだ謎だが。


 気を取り直して再び素振りの指導。今度はファリスもその様子を注視。既に正面には立たないようユースティアの側面に移動している。そう何度も飛んでは来ないと思うが念のためである。


「じゃあもう一回振ってみて!」


 小さく頷き、ユースティアが構え直す。やはり構えだけならシスカのそれと比べても遜色のない出来栄え。では、そこから放たれた素振りはというと。


「…………」


「……うーん?」


 非常にぎこちなかった。


 ファリスも足運び等で度々まだ動きがぎこちないと評されるが、それともまた違う。何と表現するべきか、ユースティアの素振りはとてもちぐはぐだった。テンポが悪いとでもいうのだろうか。


 力の入れどころ、抜くタイミング、それに沿った重心の流し方。わざと外そうと思っても逆に難しいのではと思うほど絶望的に合っていなかった。そんな壊滅的な素振りであるのに剣筋はやたら速く、振り下ろす度にブオンブオンと不吉な音を立てている。


 そんな振り方でこの威力。すっぽ抜けたならもありなん。

 

 身の回りの女児にフィジカルモンスターしか居ないという事実。ファリスはひそかにおののいた。


 何にせよ、ユースティアは理論を身に着けるのは得意でも、その通りに体を動かすのは苦手らしかった。


「見てて、ユティ。こうするの」


 見かねたシスカが見本として何度か木剣を振り回す。日頃から鍛錬にも熱心に取り組むシスカのそれは流石の出来栄えだ。もちろんまだまだ未熟なことには違いないが、年頃を考慮すれば相当のものだろう。


「おおー」


「ふふん」


 ユースティアの平坦な抑揚に含まれる確かな感嘆の色。シスカは得意げに鼻を鳴らした。


「さ、もう一度やってみて!」


 促されるままにユースティアが素振りを再開する。しかし、手本を見たからといってそうそう手本通りにいくものでもない。どうやら物覚えがいいことと実際に体を動かすのとではまた別の話らしく、ユースティアの動きは依然としてぎこちないままだ。


「あ」


「ひゃあっ!?」


「!?」


 どう教えたものかと頭を捻るシスカと横に並ぶファリスのちょうど間にまたも木剣が飛んできた。高速で回転するそれは、さながら全てを切り裂く円盤。シスカが反射的にファリスの頭を押さえてしゃがまなければ、その凶刃にファリスはられていたかもしれない。


「だ、大丈夫!?」


「は、はい、ありがとうございます……!」


 生まれて(生まれ変わって?)初めて間近に感じた死の気配にファリスの心臓が早鐘を打つ。というか何をどうやったら真横にすっぽ抜けるのだろうか。それもあの殺人的速度で。


「ご、ごめんなさい……」


 先ほどよりも更に申し訳なさそうに謝罪するユースティア。何なら創術を暴走させた時より申し訳なさそうだ。正直、あの炎よりも危機感を感じたので、あながち大袈裟ではないかもしれない。


「だ、大丈夫よユティ。……でも何で真横に……?」


 シスカも不可解な現象に困惑を露わにしつつも、めげずにユースティアに指導を続ける。


「と、とりあえず今言った感じでもう一回……」


「わかった」


「ファリスはわたしの後ろから出ちゃダメよ」


「は、はい」


 シスカはファリスの前に出て木剣を構える。もしまたすっぽ抜けたとしても迎撃するためだ。


 幸い、と言うべきなのかその後は剣がとんでくるようなことはなく、ユースティアの素振りもいくらかは安定してきた。流石にそう何度も狙いすましたかのように飛んで来たら故意にやっているのかと疑うところだが。


「……難しい」


「でも良くなってきてるわよ? あとはもうちょっとこんな感じに……」


 シスカがユースティアの腕を支え、正しい動きを教えてから自身でも実際にやって見せる。


「シスカ、上手」


「当然よ! 私はお父さまの娘なんだから!」


 胸を張ってそう言ったシスカが直後にはっとしてファリスを見る。


「あ、ち、違うのよ? 別に剣術が得意じゃなくても、その……」


「え……大丈夫です、分かっていますよ、姉さん」


「う、うん……」


 しゅんとしてしまうシスカ。


 実のところ、剣がどうのという部分はファリスはあまり気にしてはいない。先日は、子に相応しくないという言葉がたまたま自身の境遇に刺さり、思うところがあっただけだ。


 そのむねをどうにか伝えたいのだが、ここ数日で出来ていないことを今出来るわけもない。ファリスがどう言ったものかと頭を悩ませていると、ユースティアが口を開いた。


「シスカは運動と剣術」


「え……な、何?」


「ファリスは勉強と創術」


「……?」


 突然の発言にふたりして首を傾げる。


「それぞれの得意、不得意がある」


「!」


 続くその言葉で言わんとすることを理解した。そう、そんな単純なことでしかない。


「それじゃ、ダメ?」


「そ、れは……」


「シスカがファリスを守って、ファリスはシスカを助ければいい」


「…………」


 別に一人が何でも出来るようになる必要はない。ようはそれぞれの個性にあった役割分担をすればいいのだ。


 例えば剣士は前衛として創術士を守り、創術士は後衛として剣士を援護する。どちらが上などという話ではなく、故にシスカが焦りを感じる必要もない。


 そして、それはこの場で証明されたことでもあった。


「その……姉さんがさっき守ってくれなかったら、ぼくは危なかったです」


 シスカがファリスに顔を向ける。ユースティアは顔を背けて縮こまった。


「ぼくは本当に気にしていないので……姉さんがいつも通りの方が嬉しいです」


 どうしてそんな簡単なことが今の今まで伝えられなかったのか。そう思う程にすんなりと言葉が出た。いや、同じ言葉でもこの場面だからこそちゃんと伝わるのかもしれない。


「ファリス……わたし、もっともっと強くなってファリスを守るわ!」


 その宣言に、ファリスは小さく笑みをこぼす。


「……はい」


「もちろん勉強や創術も手は抜かないわ! 一流の騎士になるにはどちらも必要だもの!」


「はい」


「だからファリスも剣術、がんばりましょうね!」


「はい。……はい?」


「さあ、さっそく張り切っていくわよー!」


 すっかりいつもの調子を取り戻したシスカが木剣を掲げ、ユースティアもそれに続く。


「おー」



「……はい?」


 このあと滅茶苦茶鍛錬した。

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