14.変化

「角が活性していない……?」


「っ……」


 その呟きに、ファリスの心臓がどきりと跳ねた。動揺に共鳴するように水球が揺れる。


「いや、全く活用されてないわけじゃないが……にしたって創素がほとんど素通りじゃないか……!?」


 訝しげだった表情がどんどんと驚きに染まっていく。


「どういうことだ……!?」


「あ、あの……」


「どうしたの?」


 その原因をファリスは自覚していた。


 ファリスには前世由来の、それも純人としての自我がある。その記憶こそほとんどないが、前世で得たであろう知識は健在だ。


 そしても。


 そこにファリスが創術を使う際に角をあまり活用できていない理由があった。


 

 ファリスの創術は純人の創術だ。


 

 別になんてことはない話だった。当たり前だが純人に魔人のような角はないし、創素を扱うためだけの器官も有してはいない。


 普通なら魔人が創術を習得するにあたって角が活用されていないなど、まずあり得ない。例えそれが独学であったとしてもだ。


 だが、ファリスは角を活用できなかった。魂に染み付いた知恵が、それがもたらす先入観が魔人の本能を阻害したのだ。


 それでも、創術が上手く使えなければファリスとて角のことに思い至っていたかもしれない。しかし、ファリスは使えてしまった。魔人の身でありながら、純人の技法で問題なく創術を扱えてしまったのだ。


「角なしでこれだけの創術を……?」


 やや驚きから立ち直ったカトレナが呟き、ファリスをじっと見る。


 思わず目を逸らすファリス。よもやこのことでファリスに純人の前世を持つことが看破されるなどということもないだろうが、次に何を言われるのかファリスは不安になる。


「つまりまだまだ伸びしろがあるということじゃないか!」


「……へ?」


「いや何、応用は負担になるかもしれないと危惧していたんだがね。これなら、角も活用出来ればより高度な内容でも問題なかろう! いいねぇ、面白くなってきた!」


 テンション高くまくしたてるカトレナに、ファリスが目を白黒させる。


「角を介さずに創術を使う魔人はめずらしくないんですか……?」


「ん? いや珍しいだろう。少なくとも私はそんなやつ見たことはないねぇ」


「そう、ですよね……」


「? そんなことはどうでもいいだろう」


「えっ……」


 きょとんとした表情で告げるカトレナ。


 存外自分が変なことをしても皆気にしないものなのだろうか。ここのところの大人の反応に、ファリスもよく分からなくなってきてしまっていた。


「さあ、そうと決まればまずは角を使った創術をきっちり習得してもらわなければね」


 言うが否や角の活用理論について一通りの説明を受ける。カトレナの細かな補助もあって、ファリスは早々に角での創素操作をものにした。


「ふぅむ。魔人が角を使えるのは当然とはいえ、本当に物覚えがいいというか、器用なものだねぇ」


 ほう、感嘆の息を吐くカトレナ。


「……先生、私はー?」


 しばらくファリスに付きっきりだったために放置気味にされていたシスカが声を上げる。


「おお、シスカ君。悪いがちょっと待ってくれたまえよ、今ファリス君が愉快なんだ」


「むぅ」


「…………」


 愉快とは。





「聞いたぞファリス。カトレナ先生をしても驚くぐらい優秀だそうじゃないか」


 その日の夕食の席。ローガンが機嫌よさげに切り出した。


「カトレナ先生って院まで行った創術士なんでしょう? そんな先生が褒められるなんてすごいわ、ファリス」


「い、いえ……」


 両親からの賞賛にどこか居心地悪そうに身じろぎするファリス。基本的にファリスは自身の能力についてはのようなものと捉えており、他者からの賛辞をどうしても素直に受け取る気になれなかった。

 

「お父さま! 私も創素マナを動かせるようになってきたのよ!」


「おお、シスカも流石だな」


 ローガンの言葉にシスカは嬉しそうにする。小さな胸を張り、そのまま何事か続けようとして、


「それでね——」


「それで、ファリスは今どんなことを学んでいるんだ?」


 しかし、ローガンの発したファリスへの質問が被さってしまった。


「私も聞きたいな。もしかした何かアドバイス出来るかも。お母さん、こう見えても昔は創術でイケイケだったんだから!」


「い、イケイケ……?」


 ファリスを話題の中心として盛り上がる食卓。普段から大人しく利口に振舞うファリスは、良くも悪くも話題になるようなことがあまりない。


 自分から表立って行動を起こすことが少ないため、ファリスを主軸とした話題はそうそうないし、あっても然程盛り上がるようなこともない。


 それがユースティアとの一件を経て様変わりしつつあった。


 あのファリスが隠れて創術を習得していたという事実は、両親にある種の安堵感をもたらした。


 ローガンもヘレナも、これまでファリスのことを一度たりとも𠮟りつけた記憶がなかった。いい子過ぎるというのも親にとっては逆に心配になることもあるのだ。


 悪いことかといえば微妙なところではあるものの、ファリスが隠し事をしていて、なおかつそれが怒られるようなことと認識していたことが二人にとっては嬉しかったらしい。


 結果として現在のアールストロム家ではファリスの創術についての話題がトレンドとなっている。


「えぇっ、もうそんなこと教わっているの……? か、体は大丈夫? なんともない……?」


「ちゃんと先生がついてるんだ、大丈夫って判断されたんだろう。なあ、ファリス?」


「は、はい。その……先生はまだまだ余裕があるって……」


 その後もファリスが授業の内容や出来事を話す度に、ローガンとヘレナは驚いたり、心配したり、そして何より楽しそうにしていた。


 そんな一見して明るい家庭の一幕にあって。


「……むぅ」


 シスカが小さく声を漏らした。

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