【青春ロックンロール】

三角さんかく

【青春ロックンロール】



 僕、城戸きど康平こうへいにとって、edge-wiseエッジワイズは神様だった。


 初めて、彼らを見たのは、親友に誘われて行った、繁華街のすみの地下にある、狭いライブハウスだった。親友は、僕と違う高校に通っていて、その親友の同級生が、そのライブハウスで演奏するから、一緒に見に行こうぜ!と誘われたのが、彼らとの出会いの切っ掛けになる。初め、あまり音楽に興味のない僕は、一度断った。でも、親友の、可愛い女の子も沢山来るぜ?という魅力的な台詞せりふに惹かれて、僕は目一杯お洒落をして、のこのことライブハウスにやって来たのだった。


 普段、J-POPしか聞かない僕は、ライブハウスのアンダーグラウンドな雰囲気にやられて、頭をクラクラさせながら、演奏が始まるのを待った。周りには、僕らと同年代か、少し上の年齢の人達が、今か今かとバンドの出番を待っていた。親友の言った通り、可愛い女の子も多くて、チラチラと横目で、そんな女の子達を見ていた。


 親友と、ドリンクチケットをバーカウンターで引き換えて、スミノフを手に入れた。未成年で、お酒を飲んだことのない僕は、ドキドキしながら、びんに口を付けた。


 意外と美味しいな、と感じながら、ステージの方を見ると、高校生らしき4人組が出てきて、楽器のチューニングを始めていた。


「お、あいつらだよ。俺の友達!」

「へえ……」

 演奏が始まった。聞き覚えのあるパンクロック。有名なバンドの、1番売れたナンバーだ。僕でも歌詞を見ずに歌える。


 イヤホンで聞くのとは訳が違う、ド迫力のサウンドに、少し感動して震えた。


 彼らは1時間弱ほど演奏した。ラストの曲だけ、オリジナル曲らしく、結構カッコいいな、と思った。ノリノリのロックナンバー。


 段々と『ライブ』の良さが分かってきたぞ。体を揺らして、彼らの放つ音楽の波に乗った。気持ちいい。


「ありがとうございました!」

 ボーカルが頭を下げて、彼らの演奏は終わった。まばらな拍手が起こった。


 次の演奏者は弾き語り。綺麗な女性が、クリアなボイスで歌い上げる姿は、美しかった。今度は体を揺らさずに聞き入った。ライブって楽しいな。来て良かったな、と思った。


 彼女が演奏を終えて、またまばらな拍手が起きた。そして。







 そして、僕は運命の出会いを果たす。








「こんばんは!edge-wiseです!」

 5人組。ギターボーカル、リードギター、ベース、ドラム、キーボード。全員が何とも言えない雰囲気をまとっていて、明らかに他の演奏者とは違っていた。一目見ただけで、それが伝わってきた。


 演奏が始まった。


 中毒になりそうなギターリフ。メロディアスなベースライン。脳天を揺らされるようなスネアドラム。美しい音色のキーボード。イントロを聞いた瞬間から、一発でファンになった。それ程の魅力が、edge-wiseにはあった。そして。







 そして、涙が出る程に、心の奥底にまで訴えかけてくる、エモーショナルなボーカル。







 気づけば、僕は泣いていた。







 edge-wiseは、何の目標も持たず、ただ呼吸をしているだけの僕に、生きる意味を与えてくれた。その日、僕は家に帰るなり、インターネットでedge-wiseについて調べた。ボーカルは19歳。名前は九条くじょう大和やまと。僕と3歳差?こんな若いのに、あんなにも人を感動させる歌を歌えるのか。益々、ファンになった。ネットでedge-wiseの曲が販売されてると知り、全部買って、スマホに入れた。九条大和が使っていたギターは、フェンダーというブランドの『テレキャスター』というモデルだと知り、値段を調べた。10万前後。バイトで貯めた、僕の貯金も10万前後。これは運命だ。次の日、僕は貯金を全て下ろして、真っ直ぐに楽器屋へ向かった。


 九条大和と同じ色の、同じモデルのテレキャスターを買った。ギターケースに入れて、大切に、抱きしめながら家に帰った。母親は、帰ってきた僕を見るなり、またそんなのを買ってきて……すぐに飽きるんじゃないの?と言ってきた。僕は、母さん、これは運命なんだぜ!と言って、自分の部屋に戻った。


『初心者向けギター講座』と書かれた本を見ながら、必死で練習した。思うように、指が動かない。指先が痛い。それでも楽しくて、僕は寝るまでギターを触っていた。明日、学校に行ったら、速攻で軽音部に入って、色々教えて貰おう、と考えて、就寝した。


 朝早くに目が覚めた。edge-wiseを見た興奮が、まだ僕の頭の中にあった。スマホにイヤホンを挿して、音量を最大にして、edge-wiseの曲を聞きながら登校した。登校するなり、職員室に行って、軽音部の入部届けを貰った。昼休み、軽音部へ行って、入部させて下さい!と元気良く言うと、同級生や先輩達は、大歓迎だよ!と笑顔で言ってくれた。





 その日から、僕の青春アオハルロックンロールは始まった。





「城戸は、どうしてギター始めたの?やっぱ、モテたいから?」

 練習初日、先輩から聞かれて、僕は事の経緯を話した。edge-wiseって言う、とてつもなくカッコいいバンドに影響されて……と、言うなり、先輩は驚いて、目を見開いた。


「edge-wiseって……九条先輩のバンドじゃね?」

「え?九条大和って、この高校出身なんですか?」

「そうだよ。九条先輩は、去年まで、この部室に居たんだぜ」

 僕は、また運命を感じて、興奮して言った。


「九条大和……じゃなかった。九条先輩に会えたりとか……します?」

「おお。俺は連絡先知ってるから、後で聞いてみるよ。ファンの1人が軽音部に入って来ましたよ、って言えば、先輩も喜ぶと思うよ」

 奇跡って、こんな簡単に起こるのか……僕は喜びのあまり、両手を上げて、ガッツポーズをした。


 1週間ほどして、部活の先輩に、今日の放課後暇か?edge-wiseが練習してるところを、見学出来るのかも知れないぜ、と言われて、僕は親が危篤になっても行きます!と答えた。その日は授業に全く集中出来なかった。


 学校のある駅から、30分ほど電車で移動して、練習スタジオのある駅に着いた。僕は興奮と緊張で、震えていた。先輩が、九条先輩は癖は強いけど、優しい人だから、そんな固くなるなよ、と言ってくれた。


 スタジオのあるビルに着いた。エレベーターで、目的の階まで移動して、スタジオのドアを開けた。中には4つの練習部屋があって、完全防音とは言え、爆発するようなサウンドが少しだけ漏れてきていた。


「えーと、九条先輩の部屋は何処かな……」

「こっちです!」

 僕は漏れてくるedge-wiseの代表曲を聞いて、先輩の手を引っ張った。


「なんで分かるんだ?」

「この曲、1番好きなんですよ」

「お前、ホントに大ファンなんだな」

 部屋のドアは二重になっていた。一枚目のドアを開けて、先輩が頭を下げると、演奏が止まって、奥のドアが開いた。


「よお。久しぶりだな」

 九条大和が、僕の神様が、そこに居た。


 僕は、まるで初恋の人に再会したかの様に、頬が染まった。


「こいつがお前が言ってた、俺らのファン?」

「そうです。ほら、挨拶しろよ」

 先輩にうながされて、僕は緊張しながら、お辞儀をして、九条大和に挨拶をした。


「は、初めまして、九条先輩!この間のライブ見て、一発でファンになりました!曲、全部買いました!今日は、よろしくお願いします!」

「え?マジ?全部買ったの?」

「はい!特にさっきまで演奏してた『shade of blue』が一番好きです!」

「おー、嬉しいね。メンバーにも紹介するよ。こっち来い」

 九条大和に手招きされて、僕は犬のように喜び勇んで、部屋に入った。


 メンバーを一人一人紹介されて、僕は何度もお辞儀をした。その後は、練習を聞かせて貰って、メンバー同士が細かいアレンジなどを相談するさまを見て、ファンとして純粋に嬉しかった。


 夜になって、練習が終わった。九条大和が、夕飯一緒に食おうぜ、と言ってくれて、先輩と僕の3人で、駅の近くのラーメン屋に入った。


「おー!坊主!また来たのか!ありがとうよ!」

「おっちゃん、取り敢えず生!」

 ラーメン屋に入るなり、大将に声を掛けられて、九条大和はビールを頼んだ。僕らは制服だったので、アルコールを頼まずに、水を飲むことにした。


「2人とも、おごってやるから、何でも食えよ」

「いいんですか?九条先輩。高校ん時は万年金欠だったじゃないですか」

「うるせえな。売れっ子バンドマン舐めんなよ」

 先輩と九条大和のやり取りを聞いて、仲良いな、と思った。僕もこれくらい、九条大和との距離を縮めたい。


「で?康平?だっけ?」

「はい!」

「今度、大きな会場ハコでやる事になったんだけど、来るか?」

「はい!」

 九条大和は笑いながら、ポケットからライブのチケットを取り出して、僕に差し出した。


「ほらよ。代金は、いいよ。そん代わり、思いっきり盛り上げてくれよな」

「あ、ありがとうございます!」

 ライブのチケットを、大切に制服の胸ポケットに仕舞って、僕は感謝を述べた。


 ラーメンを食べ終わって、解散して、家路についた。興奮が冷めずに、先輩と別れるまで、僕は延々とedge-wiseの話をした。






 それから、何度もedge-wiseのライブに通って、いつしか僕はメンバーとも仲良くなった。たまに打ち上げに呼ばれたり、練習を見せて貰ったりした。


 スタジオで、edge-wiseが練習をする時、お前もギター持ってこいよ、と言われて、九条大和と同じギターを持っている事がバレた。メンバー全員から大笑いされた。ギターを必死で練習して、edge-wiseのギタリストに色々教えて貰ったり、練習中、偶にバックで弾かせて貰ったりもした。まるで新興宗教にハマった狂信者のように、edge-wiseは僕の全てになっていた。


 お前もバンド組めよ、と言われて、軽音部の同級生や、ライブハウスで知り合った友人とバンドを組む事にした。高校2年生の冬、初めてライブする事になった。九条大和は、俺らも見に行ってやるよ、とライブに来てくれた。まるで授業参観の時の小学生の様に緊張した。


 高校卒業間近、進路希望に『プロミュージシャン』と書いた。先生は反対したが、両親は意外にも賛成してくれた。ずっと、何にも熱中せずに、ぼんやりと生きていた僕が、1つの事に打ち込んでいる事が嬉しかったみたいだ。


 僕は、音楽の専門学校に入学した。その頃になると、edge-wiseはインディーズでは誰もが知ってるロックバンドとして、名を馳せていて、僕は鼻高々だった。


「メジャーデビュー、決まったよ」

 そんなある日、電話越しに、九条大和から言われた一言に、僕はえた。


「おめでとうございます!うわぁ、夢みたいだ」

「康平が喜んでくれて、俺らも嬉しいよ。夕方のアニメの主題歌になるから、そのアニメもチェックしてくれよ」

「はい!」










 けれど、そのアニメで、edge-wiseの曲が流れる事はなかった。









 九条大和が薬物使用で捕まったというニュースが、ネットニュースに流れた。


 僕は、あまりのショックに、ネットニュースを目にした瞬間、当時組んでいたバンドメンバーの前で、抜け殻の様にうずくまった。ショックで言葉が出てこない。信じられなくて、吐き気までしてきた。僕のバンドメンバーは、僕がedge-wiseの熱狂的なファンなことを知っていたので、何も言わずに傍に居てくれた。


 edge-wiseのメンバーから、連絡があった。初犯なので、すぐに出てこれるけれど、メジャーデビューの話はなくなった、との事だった。僕は、また泣いた。


 僕にとって、edge-wiseは神様だった。

 神様だったんだ。


 数日して、edge-wiseのメンバーから、九条大和が釈放された事を告げられた。僕は何度も九条大和に電話を掛けたけれど、彼は電話に出なかった。メンバーに聞けば、誰からの連絡にも出ないらしい。


 僕は心配のあまり、九条大和の部屋に行くことにした。市内にあるマンションの一室。一度だけ、酔っ払った九条大和をタクシーに乗せて、部屋に入った事がある。朧気おぼろげな記憶を頼りに、駅から歩いて目的のマンションを目指した。


 数十分かかったけれど、マンションを見つけて、九条大和の部屋に行った。インターホンを鳴らしたけれど、彼は出てこない。ドアノブを回して、手前に引くと、ドアが開いた。


「九条さん?居るんですか?」

 僕は恐る恐る、部屋に入った。そして、部屋の真ん中で、眠っている九条大和を見つけた。


「起きてくださいよ、九条さん!」

 九条大和の体を揺らした。そこで、僕は違和感を感じた。寝息がしない。体が異常に冷たい。


「九条さん……?」

 九条大和の傍には、空っぽになった薬の瓶が転がっていた。








 九条大和は、自らその命を絶っていた。








 その日は、警察に事情聴取されたり、edge-wiseのメンバーが集まって、皆で大泣きしたりと、大変な1日だった。神様を失った僕は、死にたくて死にたくて仕方なかった。


 九条大和の葬式には、数多くのファンや、音楽関係者が集まった。こんなに愛されていたのに。こんなに愛されていたのに、なんで死んだんだ。僕は悔しさと悲しさで、頭がガンガンとした。悲しくて悲しくて、涙も出なかった。


 葬式が終わって、九条大和と交流のあった身内だけで斎場さいじょうの2階で食事をした。皆が九条大和の思い出を語った。九条大和の母親が、僕に近づいてきて、こう言った。


「貴方が、城戸康平さん?」

「はい」

「これ、大和から」

 一通の手紙を、九条大和の母親は取り出した。僕は直ぐに手紙に目を通した。









 康平へ。


 お前は、いつも俺を応援してくれる、力強いファンだな。お前のお陰で、何度もくじけそうな場面を乗り切ったよ。けれど、メジャーデビューを控えて、俺はプレッシャーに負けちまった。薬物は、俺を自由にしてくれたんだ。カート・コバーンより早く死ぬなんて、思わなかったけれど、彼の言葉を思い出すよ。徐々に色あせていくなら、いっそ燃え尽きたほうがいい。俺は、もう、お前の神様じゃない。俺から自由になれ。お前だけの音楽を作れ。天国まで、そのサウンドを響かせてくれ。今度は俺が、お前のファンになるよ。じゃあな。


 edge-wise 九条大和






 僕は、涙で文章を上手く読む事が出来なかった。何度も涙をいて、なんとか手紙を読み終えた。


「大和は、一人っ子でしたけど、貴方のことを話す時、まるで弟を持った兄の様でした。大和と出会ってくれて、ありがとう」

 九条大和の母親に言われて、僕は、もうどうして良いか分からずに、大声で泣いた。涙って枯れないんだな、と思った。









 それから、必死で努力して、メジャーデビューを勝ち取った。デビューをファンの皆に報告する、インディーズラストライブ。アンコールを受けて、最後の曲を奏でる事になった。僕はマイクを前に、彼らに最高の曲を届ける事にした。


「と、言うわけで、俺らメジャーデビューします。今まで応援してくれて、ありがとう!そして、これからも、応援よろしくお願いします!最後に、メジャーデビューシングルを演奏ります。お前らへ。そして、天国の兄に捧げます。聞いてください。edge-wise!!!」


 このサウンドが、天国まで届くように。

 僕はギターを力いっぱい、かき鳴らした。







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