第14話 家族会議(メイドのアルマ視点2)

 フローラ様を運ぶブライアン様の後ろに続きついてゆくと、部屋のベッドにそっとお嬢様を降ろされた後にようやくブライアン様が口を開いた。


「念のため医者を呼んでおくから、フローラに綺麗な寝間着を着せてあげて」

「かしこまりました!」

 私が力強く頷くとブライアン様は「頼んだよ」と一言残し部屋を出て行ったのだった。




 その後かかりつけのお医者様に見てもらい外傷はないと診察されたけれど、私はお嬢様が心に深いトラウマを持ってしまったのではないかとそれが一番心配でした。


 お嬢様が目覚めるまで胸が張り裂ける思いで、けれど意識を取り戻したお嬢様は思いの外いつも通りで、ようやく私はほっとすることができたのです。

 少し話を聞くとお嬢様は幸か不幸かイーノック様に押し倒された前後の記憶があやふやで、よく覚えていないとのこと。


 そのおかげかブライアン様特製のハーブティーを飲んだ後にはケロッとして、私にいつも通りの愛らしい笑顔も見せてくれました。






 イーノック様は目を覚ましてすぐ実家に帰されました。しかしフローラ様から誘惑してきただのと主張をしており、これからの事は家長同士で話し合うことになるそうです。


 今は今後の事を決める為、フローラ様以外の方たちで話し合いが行われているのですが。


 お嬢様は自分も話し合いに参加するのだと意気込んで部屋を出て行こうとしていたので、それを見つけた私は慌てて止めると、私が代わりに話しを聞いてお伝えしますからと少し強引にお嬢様を部屋へ押し戻したのでした。


 とてもお嬢様に聞かせられるような話し合いではないことは予想できましたから……




 フローラ様と約束をしたので、私は紅茶とお茶請けを用意してシッティングルームへと向かった。

 中で行われていた話し合いは、ほぼ私の想像通りのものだ。


 ミラベル様は、フローラお嬢様がイーノック様を誘惑して起こした事件だと悲しみながらも主張し、ルーシー奥様も「可哀相なミラベル」とそれに同調していた。


 ビッグス様は、それならイーノックとフローラを結婚させるのが丸く収まる方法じゃないかと言い出す始末。


(フローラ様があんな目に遭われたというのに、誰もお嬢様を気に掛けはしない。いえ、ブライアン様以外は……)


「なにを言うんだ。これは強姦未遂、あの男を野放しには出来ない」

 ただ一人ブライアン様はそう主張したがそれに同意する者はいなかった。

「だが……事を荒立てても良い事はないだろう。場合によっては我が家にも傷がついてしまう」


 ビッグス様は、真実がどうかなど最初から興味がないので、真面目に調べようともしない。

 旦那様が気にしているのはいつだって体裁と自分のことだけなのだ。


「とにかく、こんな事が起きたんですもの。イーノック様とは婚約破棄よね! わたくしは大丈夫、受け入れます!」

「そんなことより見合いを控えているというのに、フローラが傷物だなんて噂が流れては、問題だ」

「まあ、それでアナタの立場が悪くなったら大変。この件はやはり、あちらのお家と相談して内密に解決を」


 ミラベル様はここぞとばかりに婚約破棄を主張し続け、ルーシー様はそんな娘に寄り添い良い母を演じつつ、いつも通り旦那様の顔色を窺っている。


「しかし、原因を伏せたまま婚約破棄をすれば、今度はミラベルに勝手な憶測から悪評がたつ恐れも」

「年頃の娘に悪評が立つなんて……」

「かまいませんわ。たとえ、それで結婚が出来なくなったとしても」

「まあ、ミラベル」

「せっかくのお見合いが破談になったら、フローラが可哀相だもの」


(……白々しい)


 ミラベル様はずっとイーノック様との結婚を嫌がっていたのだ。本心でこれは好機と思っているに違いないのに。


 そんな私の冷めた視線になど気付くはずもなく、ミラベル様は弱々しく涙を浮かべて言う。

「ああ、けれどこれで……わたくしは一生お嫁にはいけないかもしれませんわね……うぅ」

 するとビッグス様が思案顔になった。またトンチンカンな言い出しそうだ。


「……これは、提案なのだが。ミラベルはブライアンと結婚するというのはどうだろうか」

「まあ!!」

「父上、なにを勝手な!」

「連れ子同士、血は繋がっていない。この国の法律上、問題はないはずだ。こんな状態で婚約を破棄する以上、ミラベルに今よりいい縁談は期待できない。それに……オマエも、そろそろ腰を落ち着けたらどうだ」


 途端にミラベル様の瞳が輝きだす。ブライアン様は数多の姫君から縁談の話が来ているのに、そのどれも頑なに拒み続けていた。その度に立場を悪くし肩身の狭い思いをしていたビッグス様は、そんな重圧から逃れるためにも「早くブライアンに結婚してほしい」というのが最近の口癖だったから……


「お兄様が嫌じゃなければ、わたくしを……あなたのお嫁さんにっ」


 傍から見てもあからさまなほどブライアン様に兄以上の感情を見せているミラベル様は、嬉々として旦那様の提案を受け入れたようだけれど。


「わたし、傷物だって言われても平気です!!」


 そこへ突然フローラ様が部屋に飛び込んで来た。




 部屋に飛び込んで来たフローラ様は、自分はいいから姉に迷惑は掛けたくないと訴えた。

 お嬢様の目には優しい姉が自分を庇っているように、両親が自分を気遣ってくれているように映っているのだろう。


 いつだってお嬢様の目に映る全ては善人になる。なにが起きようとお嬢様はそれを疑ったりしない。

 私はそんなお嬢様に何度も救われ……きっとブライアン様も


「……フローラ、大丈夫かい? 顔色が悪いよ」


 ブライアン様はお嬢様を話し合いに参加させないよう、すぐに割って入ると部屋へ戻る様に諭した。醜い家族の言い合いを見せたくないのだと思う。


 お嬢様の見ている世界が曇ってしまわぬよう、彼女を自室に戻してから彼は改めて旦那様に話し始めた。






「いくらフローラから誘惑してきたと向こうが言い張ろうと、強く抗議すれば分が悪いのは向こう側だ。示談にして欲しいと頼んできたところで、恩を売って訴えを取り消してやるんです。そうすればデインズ家は当面、我が家の言いなり、配下となる」

「なるほど……名案かもしれない」


「けれど、こちらも無傷ではいられない。フローラが傷物になったとどこからか噂が流れる可能性もある。特にチップチェイス侯爵には、すぐに知れてしまうでしょうね」

「それは困るぞ! 侯爵家と揉め事を起こすなど」


「だから侯爵とはミラベルが見合いをすればいいのです」

「な、なんですって!?」

 ミラベル様が素っ頓狂な声をあげたが、ブライアン様はそんな彼女に微笑んでみせた。


「大丈夫だよ、ミラベル。侯爵様は、我が家と繋がりを持ちたいとおっしゃっただけで、フローラを指名してきたわけじゃない」

 正確には若い娘ならどちらでもいいから差し出せと言っていたようなものだ。

「うむ、その手があったか」

 ビッグス様は何の異論もなさそうだ。体裁が守れればなんでもいいのだろう。


「そんな……あんな二回り以上も歳の離れた醜い人の元へ嫁ぐなんて、あんまりだわっ」

 ミラベル様は気持ち悪いと言いたげに眉を顰めた。

「おや? ミラベルは、マキシム様を素敵だと言っていたよね。フローラが羨ましいって」

「そ、それは……」


 ミラベル様は言いよどむ。彼女が本気でマキシム様との結婚を羨むはずがないのだ。


 ミラベル様は昔から美しく愛嬌もあるフローラ様を妬んでいた。幼い頃は、ブクブク太らせ醜くさせようと企んでみたり、なにかにつけフローラ様を貶め心優しい姉を演じることで、妹を自分の引き立て役にしようと必死な様は見ていて不愉快なものだった。


(まんまと騙されミラベル様が可哀相と言う人たちもいたけれど)


「嘘だったの? まさか、本心では素敵だと思っていない男性を、妹に勧めていたのかい?」

 そんなミラベル様がなにより本性を知られたくない相手は、ブライアン様なのだ。

 だから彼にそう言われては、なにも言えなくなってしまう。


「そ、そんなこと。嘘なんかじゃ」

「そうだよね。ミラベルは、そんな子じゃないよね」

「え、ええ」

 ミラベル様は必死で引き攣った笑みを浮かべているようだった。


「よかった。もし、嘘だったなら……オレはキミを心から軽蔑するところだったよ」

「っ!?」

 その一言で、ミラベル様は完全に青ざめて黙り込んだ。


「これで全て丸く収まるとオレは考えますが、いかがですか、父上」

「うむ、そうだな。デインズ子爵家に恩を売れるのは大きい」

「そうですわね。ミラベルも、侯爵家に嫁げるなんて嬉しいでしょう」

「え、ええ……」


「面倒な事が起きたと思ったが、我が家にとっては幸運な出来事だったようだ。ハッハッハッハッハ」

「ふふ、よかったですわね、アナタ」

 滅多に笑わないビッグス様が高笑いをしている。ルーシー様は、ひたすらそんな旦那様に同意している。


(娘があんな目に遭った日に……)


 こんな当主が治めるこの屋敷は終わっている。私は呆れてものも言えない気持ちになった。


 そんなご両親を見るブライアン様の瞳には、酷く冷たいなにかが宿っているようだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る