第7話 十四歳のアプローチ

 ダンさんに告白すると決めてからの三日間。わたしは最終日の告白に向けて熱烈なアプローチを開始した。

 まず一日目はいかにわたしがダンさんのことを素敵な男性として意識しているかをアピールだ。


「ダンさんがお仕事をしている姿、素敵です。花の世話からゴミ拾いまで毎日中庭をキレイに保てているのはダンさんのお力だと思っています!」

「恐縮です」

「熱い中、汗を流し庭の手入れをしている横顔に、いつもこっそり見惚れていました」

「……恐縮です」

「わたしのお話を聞いてくれるところも、たまに見せてくれる微笑みも、優しいところも、全部素敵です」

「…………」


 ハスキーボイスも逞しい二の腕も落ち着いた雰囲気も寡黙なところも、わたしはダンさんの魅力を感じるところを全部伝えるつもりだったのに。


「フローラ嬢……もう勘弁してください」

 途中で遮られてしまった。

「どんな顔をしていいやら、反応に困ります」

 照れているというよりは本気で困っている雰囲気を感じたので、わたしは大人しく口を閉じた。


 褒め褒め攻撃は失敗に終わってしまったみたい。




 二日目は、わたしを女性として意識してもらおうと考えた。

 おしゃれな友人に頼んで薄化粧をしてもらった。いつもより大人っぽい見た目になれたと思う。

 あとはわたしを女性として意識してもらうべく、自分のプレゼンをするべし!


「こんにちは、ダンさん」

「こんにちは」

「…………」

「…………?」

 お化粧をしていることに気付いてくれるかとドキドキしたけれど、特になにも言ってもらえなかった。男の人はそういうことに鈍感だと聞くし残念だけど仕方ない。


「ところで、ダンさんの好みの女性はどんなタイプですか?」

「ゲホッ……唐突ですね」

「そうかしら?」

 ずっとずっと気になっていたことだもの。わたしにとってはなにも唐突ではなかったのだけれど。


「知りたいんです。教えてください」

「……そうですか」

 ダンさんは僅かに戸惑いを浮かべていたけれど、少し考え込んだ後に口を開いた。

「家庭的な女性、ですかね」

「家庭的……」

 抽象的すぎていまいちピンとこなかった。わたしも家庭的ですとアピールしてもいいのかしら。


「料理上手な女性には惹かれます。胃袋を掴まれるといいますか」

「胃袋を……」

 今まで調理場へ立ったことがない事を今日ほど悔やんだ日はない。

 言い訳ではありませんが、爵位のある家に生まれた娘に料理スキルはあまり求められないものなのです。


「……どんな料理がお好きですか?」

「肉ならなんでも」

 肉好き。素敵。ワイルド。

 わたしは頭の中で大きな骨付き肉に噛り付くダンさんを妄想してときめいた。


「あ、ハンバーグが特に……」

 ハンバーグが好き。特に好き。か、かわいい。

 少し照れた顔で告げられわたしは心臓を鷲掴みにされた気持ちになる。


「わ、わたし頑張ります!」

「え?」

「たくさん練習して、いつか世界一美味しいハンバーグを作れる女性になってみせます!! だから、その……」

「???」

 将来わたしをお嫁さんにしてくれませんか、と伝えたかったのに、ダンさんはもじもじしているわたしを不思議そうに見つめ。


「フローラ嬢もハンバーグがお好きなのですか?」

 と聞いてきた。ダンさん、乙女心を察してくれないなんて鈍感だわ。


(そうじゃなくって! ダンさんに美味しいって食べてもらいたいの!)


「食の好みが同じですね」

 そんなわたしの気持ちも知らずにダンさんが少し嬉しそうに笑った。

「お、同じです!!」

(はっ! 貴重なダンさんの微笑みに見惚れて思わずハンバーグ好きに同意してしまいました)


 その後はハンバーグの味付けではなにが一番好きか。こだわりの焼き加減はあるか、おすすめのトッピングはなにか、気が付けばハンバーグ談義だけして終わってしまった。


 あら? わたしの魅力をアピールするつもりだったのに、おかしいわ。




 家に帰ると廊下でお兄様とばったり会った。

 昨日は忙しかったらしく朝から一度もお会いできなかったのだけれど。

「やあフローラ、おかえり」

「ただいま戻りました。お兄様は……」

 今日はもう仕事を終えて戻られたのかと思ったのだけれど、書類の束を持っている。


「これからまた出掛けるところだったんだ」

「サーテクド王国?」

「っ!」

 お兄様が持っていた書類の文字が目に入り思わず反応してしまった。

 だってその国はダンさんの母国だったから。


 お仕事でやり取りのある国なのか気になったのだけれど、お兄様はすぐに「大事な仕事に係わる事だから、ごめん」と書類を隠し難しい顔をしたので、深く聞くのをやめた。

 お仕事の機密をわたしに話せるわけないものね。


「毎日お忙しそうですね」

「まあね……でも、もうすぐひと仕事やり遂げられそうなんだ」

 そう言ったお兄様は、どこか嬉しそう。


 学園を卒業してからはお父様より忙しそうに見えるのに、弱音を吐いているところを見た事がない。

 愚痴も言わず毎日黙々とお仕事をこなすお兄様の姿はかっこよくて尊敬する。


「じゃあ、そろそろ約束の時間だから。行ってくるよ」

「はい。いってらっしゃい」

 玄関までついていきメイドたちと一緒にお見送りをするわたしに、お兄様は一度立ち止まり振り返ると。


「今日のフローラはいつもより大人っぽいね」

「え?」

「とても魅力的だよ」

「っ!」

 王子様のような微笑みでさらっとそんなことを言って出て行ったのだった。


 ダンさんに褒めてほしくてしたお化粧だったけれど、気付いてもらえなかったのに。


(お兄様ったらさすがだわ)


 妹の少しの変化も見逃さず褒めてくれる。そういう所がモテる理由の一つなのだと思う。

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