第三十七話【警告】
「てめぇ……どんな手を使ったか知らねぇが、奇跡は二度も起きねぇぞ!」
ブルーノは杖を両手でしっかりと握り、再び魔法を唱えた。
「爆ぜろ! 爆轟!!」
高速の衝撃波を伴った爆炎が俺を襲い、遅れてブルーノの声が耳に届いた。
魔法の速度が音の速度を超えたのだ。
さすがに今回は反魔法の用意は間に合わず、俺の身体は吹き飛ばされながら巨大な炎に包まれる。
遠くでアムレットの叫び声が聞こえた気がした。
「はーはっはっはっは!! 馬鹿め! 燃えカスくらいは残してやるとは言ったが、これじゃあカスすら残らんな! 無能が天才の俺にふざけた態度を取るとどうなるか理解できたか? おお! これは失敬。すでに燃え尽きて理解するも何もないか。あーはっはっは!!」
ブルーノが大口を開けながら馬鹿みたいに笑っている。
確かにこの威力の魔法を、杖の力を借りたとはいえ感覚だけで扱えるのはある意味天才なのかもしれない。
だが、持って生まれた才能だけに頼り、努力を怠った者の末路など、どれもろくなものではない。
「だから、何を燃やすつもりだって?」
俺はそう言いながら、飛ばされた位置から先ほどの意味まで浮遊で移動し、ブルーノに問いかける。
もちろん、先ほどのブルーノの魔法で燃えたものなど、髪の毛の一本、着ている服の繊維一本すらない。
今の今まで笑っていたブルーノは、大口を開けたまま、目も見開いて固まっていた。
どうやら俺が無傷で目の前に立っているのが信じられないらしい。
「馬鹿な……てめぇ……さっきから何をしやがってるんだ……? ありえねぇ……ありえねぇよ。てめぇなんかクソみてぇな無属性魔法しか使えねぇ無能じゃねぇか!」
無属性魔法しか使えない無能……?
どこかで聞いたようなセリフだな。
しかし、ブルーノも無属性魔法が他の属性魔法に劣るという間違った認識の持ち主のようだ。
ここはひとまず無属性魔法の有用性を実体験してもらわないといけないな。
「わざわざ俺を殺そうとしているやつに手の内を明かすやつがいると思うか? 今度は俺の方から行かせてもらうぞ」
俺は人差し指をブルーノの右足に向けて刺す。
俺の意図が分かっていないのか、狙いを定められているのに、未だに悪態をついていた。
魔法を唱えと、ほぼ不可視の小粒の衝撃弾が高速で飛んでいく。
次の瞬間、ブルーノの履いている高級そうな靴が、右足だけ爆ぜた。
「痛ってぇ!?」
足に受けた衝撃に思わずブルーノは叫ぶ。
そしてようやく自分が攻撃に晒されていると気が付いたようだ。
「てめぇ! 俺を攻撃しただと!? ふざけんな! もうお終いだ! 赤爵の俺に逆らったお前も、お前の家も! 全てこの国から消して……痛ぇ!?」
くだらない脅しの言葉を言っている暇があるのなら、攻撃なり防御なりすればいいのに。
ブルーノが無駄に喋っているため、俺は同じ魔法で、今度はブルーノの左腕を撃った。
上等な布地で作られた赤色基調の上衣の袖が裂け、露になったブルーノの腕は後方に弾き飛ばされる。
威力を抑えているから、腕がもげたりすることはないが、ブルーノが大げさに痛がっているわけでもなく、それなりに痛いはずだ。
何故なら、これはかたき討ちでもあるのだから。
「確かにお前は赤爵だ。淡爵である俺の父よりも権力は上なんだろう。そんなお前が俺に二択を迫ったんだ。自ら死ぬか。家族をめちゃくちゃにされるかだ。しかも理由は実にくだらない。お前が思いついたから。それだけだ」
俺の言葉にブルーノは痛む左腕を抑えながら、俺を睨むように見ている。
先ほどの俺の攻撃で落とした杖は地面に転がったままだ。
「俺は自死を選んだぞ。ブルーノ。しかし、お前にとっては残念なことに俺は蘇った。お前の言いなりにならなくて済むだけの力を持ってな」
「蘇っただと? はっ! 気でも狂ったか! 死んだやつが蘇るなんてことはありえねぇんだよ。確かに性格は随分変わったな? やべぇ薬でも飲んで、死にきれずに頭がいかれたか? 俺の魔法をどうやって防いだかは分からねぇが、しょせんお前が使えるのは無属性魔法だけじゃねぇか!」
ブルーノは落とした杖を拾おうと、左腕を抑えていた右手を地面に向かって伸ばす。
俺は伸ばした右手めがけて三度目の魔法を撃った。
「ぐあぁ!!」
「無属性魔法だけだからなんだ? 現に今無属性魔法だけでお前を攻撃しているが、手も足も出ないじゃないか」
「て、てめぇ! 分かってんのか!? 俺にこんなことしてただで済むと思ってるなら大間違いだ……ぐわぁぁっ!!」
四度目。
四肢全てを俺の魔法で撃たれたブルーノは、その場で立つこともできずに尻もちをついた。
誰がどう見ても、もう俺の勝ちだろう。
しかし、俺はその前にやっておくべきことがある。
俺がブルーノに躊躇なく攻撃できたのも、ブルーノ自身が俺との模擬戦を仕組んだからだ。
模擬戦が終わればブルーノに与えた身体的なダメージは、ティターニアが用意したという国一番の回復魔法の使い手とやらに跡形もなく治癒されるだろう。
そもそも周りで見ている教師などに止められないよう、ブルーノへの攻撃はできるだけ地味なものを選んで使っているのだ。
本人が感じる痛みは、見た目とは裏腹にかなりのものなはずだが。
「ゆ、許されねぇ!! 許されねぇよぉ!!」
地面に倒れたおかげで、結果的に落ちていた杖を掴むことができたブルーノは、悲鳴にも似た叫び声を上げながら、魔力を魔障へと変えていく。
ブルーノが持つ膨大な魔力のほとんどが魔障に変換されているのか、見たこともない範囲の空間が大きく歪んで見える。
どうやら怒りのあまり、自分で制御できないほどの感情による魔力変換が起きているようだ。
このまま魔法を放たれたら、俺はともかく、対戦空間の外に魔法の影響が出ないようにしている魔法陣の許容量を超え、外で見ている生徒や教師にまで影響が及んでしまう。
「てめぇは、ちゃんと死んでろぉぉぉ!!」
ブルーノが変換された魔障を元に魔法を唱えようとした瞬間、俺はブルーノの発生させた魔障に干渉した。
他人の魔力を使って魔法を使うことはできないし、そもそも魔力に外部から干渉するのは不可能だ。
しかし、魔力が変換した魔障は、魔法として発動される前でも、魔法と同じように外部から干渉できる。
俺がやったことはごく簡単な式を加えただけ。
もしブルーノがきちんと原理計算を学び、感覚によらず理論も習得していれば結果は違ったものになっただろう。
だが、俺の目論見通り、ブルーノは俺の加えた式をうまく処理できず、魔障は魔法に昇華されることなく霧散していった。
「なんでだよぉ! なんでなんだよぉ! てめぇ、なんなんだよぉ!!」
魔法が発動しなかったことを理解したブルーノは、叫びながら痛んだ腕で地面を強く打ち付けた。
俺は地面に座り込んでいるブルーノにゆっくり近付き、屈みながらできるだけ小さい声で、はっきりと俺の要求を伝える。
ブルーノが見える位置に掲げた右手には、すでに四重詠唱により発動させた極小の火球を載せている。
火属性を得意とし、理論は知らなくても天才的な感覚を持つブルーノなら、この魔法の威力が分かるはずだ。
「俺がなんだってお前には関係のないことだろう? ただ、これだけははっきりしている。俺はお前をいつでも殺せる。もうこれ以上、俺にも俺の家族にも迷惑をかけるな。これは警告だ。もし、俺の警告を無視したら、どんな手を使っても、お前を殺す」
「ひ、ひぃ!!」
どうやら俺の言った言葉を理解してくれたようで、股間と地面を濡らしたブルーノは、そのまま口から泡を吹きだしながら失神してしまった。
俺は審判を務めている教師に向かって、ブルーノの続行不可能を伝えた。
教師は慌てた様子でブルーノに駆け寄り、容態を確認する。
「た、大変だ! 回復魔法を!! 至急だ!!」
俺の勝利宣言は忘れ去られ、失神した赤爵の治療のために辺りは騒然となる。
俺は肩をすくめて、アムレットの元へと戻って行った。
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