第三十六話【対戦】

「それにしても、恐ろしいほど何もないな。てっきりあれ以降も嫌がらせの一つでもしてくると思ったが、そんなことする時間すら無駄だってことか?」

「嫌がらせって、この前の怖い顔した上級生のこと?」


 隣で一緒に実習を受けているアムレットが俺の独り言を拾う。

 合宿の初日に出会ったブルーノ・フレイム。

 マグナレア学園の生徒でありながら、フレイム赤爵家当主。

 ブルーノからの何かしらの仕打ちを警戒してアムレットとはできるだけ一緒にいるようにしている。

 あの時アムレットは完全に会話の外だったが、俺と一緒にいたことは見られているし、念を押して押しすぎることはないからな。


「ああ。まぁ、来ないなら来ないでそれでいいんだ。宣言通り明日の合同実習でってことだなぁ」

「はぁ……フィリオ君はいいよねぇ。上級生相手でもそんな平気な顔できるんだもん。私なんか、できるだけ痛い思いしないで済むことしか考えてないもん」

「ははは。アムレットの魔法の良さは個人戦では活かせないからな。それでも実習は杖の使用が認められているんだから、案外いいところまで行けるかもしれないぞ?」

「確かに、この杖は凄いけど……うー! 今でも私がこんな凄い杖の持ち主でいいのか心配!」


 この国セントオルガを建国したオルガの杖を作った杖職人製の杖を振り回し、アムレットは俺に向かって無属性魔法を投げつけてくる。

 本来アムレットが得意とする属性ではないが、杖にはめられた核の力によって増強された衝撃波が、陽炎のように視界を歪めながら高速で飛ぶ。


「まだ言うのか。それは正真正銘アムレットのための、アムレットだけの杖だって、ガストンが言ってたろ? まぁ、扱いはもう少し上達しないとせっかくの杖がもったいないけどな」


 そう言いながら、俺は飛んできた衝撃波と位相だけ反転させた同質同量の魔法をぶつけて消滅させる。

 それを見たアムレットは不服そうだ。

 つやのあるほっぺたをぱんぱんに膨らませてから、俺に文句を言う。


「もう……フィリオ君は杖もないのに、なんでそんなことできちゃうの? 前からおかしいと思ってたけど、やっぱりおかしいよ!」

「なんだ突然。なんでもなにも、杖の力を借りなくてもこのくらいの原理計算ならできるだ――」

「普通はできないの!」


 アムレットはそう言いながら、杖を勢いよく二度振る。

 質も量もそして位相もずらした魔法を放ち、合成させたようだ。

 なかなか面白いことをする。

 俺が教えたわけでもないのに、ひそかに練習でもしていたのだろうか?

 もしかしたら、今の勢いで放った結果たまたま、ということかもしれないが。

 捻じれを持ちながら近づいてくる魔法を、俺は先ほどと同じように消滅させた。


「今のはなかなか良かったよ。上手く消滅させるのに、ちょっとだけ手間取った」

「そういうところ! この杖のおかげでこーんな難しい計算も瞬時にできちゃって、私でも凄い魔法を放てるのに! フィリオ君。私が放ってから、魔法唱え始めてるよね?」

「うん? そりゃあ、どんな魔法か見ないと反魔法は使えないからな」

「私の魔法がどんな魔法か見極めて、それと同じ魔法を唱えて放つ。それがどれだけ凄いことか、馬鹿な私でも分かるよ?」

「アムレットは馬鹿じゃないだろう」

「そういうことじゃなくて……もう……なんか、空しくなってきた……」


 何故かアムレットは両肩を落とし、深くため息を吐いた。

 俺がアムレットの攻撃を尽くかき消してしまうからやる気が削がれてしまったんだろうか。



 結局何事もなく強化合宿最終日が来た。

 強いて言えば、合宿初日に絡んできたリチャードを、アムレットが加減を間違った魔法で吹き飛ばしてしまったことくらいだろうか。

 幸いアムレットがすぐに回復魔法を使って治してやったので、大事には至らなかったが。

 そういえば、あれからリチャードが俺に絡んでくることがなくなった気がする。

 遠巻きからこっちをちらちら見てきてはいるが、何かしてくる気はなさそうだった。

 ただ、目線の先が俺というよりアムレットに向かっていたような気がしないでもない。


「これより。合宿最終日の実習を始める! 今日は事前に連絡があったように、全学年合同だ。学年に関係なく、それぞれが今持ち得る実力の全てを出し合うことを期待する!」


 壇上に立った教師が叫ぶ。

 昨日までは学年ごとに分かれてそれぞれ実習を受けていたが、今日は三学年全て集まっていた。

 名前を呼ばれた二人が、特別な魔法陣の描かれた空間内でそれぞれの戦略と得意とする魔法を駆使して競い合う。


「ティターニアが力比べだと言うから、てっきり実戦なのかと思っていたが、そうでも無いようだな?」

「色んな種類の競技? があるみたいだね! どんなのが当たるのか、直前まで分からないってのも、ドキドキするね!」


 よく考えれば、国の将来を担う貴族の子息子女たちに、怪我前提の実習などさせるわけが無いか。

 今目の前では、教師が創った水の塊を魔法陣上から早く消滅させた方が勝ち、というものをやっていた。

 片方はリチャード。

 得意の火属性の魔法で蒸発させようという魂胆らしい。

 もう一方は緑色の髪の毛をした女性。

 合宿中初めて見たから、少なくとも上の学年だろう。


「ねぇねぇ。リチャード君が勝つかな?」

「うん? なんだ、アムレット。リチャードの勝ち負けなんか気になるのか? いや、あれは負けるだろうな。相手の方が魔法の使い方をよく知ってる」


 見ていると、リチャードが馬鹿正直に炎で水の塊を熱している間に、相手の女は水をシャボン玉のようにして次々と吹き飛ばしていった。

 それを見たリチャードが苦情の言葉を発する。


「な、なんだそれは!? 卑怯だぞ! 課題は、この水を消滅させることだったはずだ!! お前のは遠くへ吹き飛ばしてるだけじゃないか!!」

「はぁ? 何あんた? ばっかじゃないの? 魔法陣の上から消す。移動させればそれでいいじゃん。この水、魔法かかってて一度に飛ばすのは無理だけど。それに、あんたのだって、水を蒸発させても消滅はできてないでしょ? ちゃんと勉強しなよ? 一年坊主」


 結局その間にも女の水はどんどん小さくなっていき、そうそうに軍配が上がった。

 リチャードはぐうの音も出ず、憤慨しながらその場を後にした。

 その後も魔法を使うものの、授業の延長線上のような課題みたいなものばかりだった。


「次! ブルーノ・フレイム閣下! フィリオ・ペイル!」

「フィリオ君!」

「ああ。ようやく出番のようだな。まぁ、こんな力比べじゃ、相手に怪我させるっての無理があると思うが……」


 そう言いながら俺は所定の場所まで進む。

 向かい合うようにブルーノがにやけた顔つきでこちらを見つめながら立っている。


「それでは、二人の競技内容を発表する! 評議内容は……模擬戦!!」

「なんだと?」


 一度想定から外れた内容を叫ばれ、俺は少しばかり面を食らった。

 そして驚いたのは俺だけじゃなかったようだ。

 ティターニアが講義の声を上げた。


「模擬戦だと!? そんなものは選択肢になかったはずだ!」


 そういえば今回のこの全学年での実習を発案したのはティターニアだと言っていたな。

 そのティターニアに対して、ブルーノは困ったような顔をして反論した。


「おいおい。いくら金爵家のお嬢様でも、学園を私物化できていると思ってるんじゃないだろうな? あんたはここでは一生徒だ。教師に言いがかりつけるつもりか?」

「なんだと!? 貴様っ!」

「おっと。今の言葉は聞かなかったことにしてやろう。まさか、赤爵の俺に、金爵家の令嬢様ともあろう者が暴言を吐くなんてなぁ? ゴルド金爵が聞いたら、さぞ悲しむだろうさ」

「くっ!」


 なるほど。

 金爵の方が赤爵よりも爵位は上だが、ティターニアはあくまで、金爵家の令嬢。

 一方のブルーノは赤爵そのもの。

 現時点でどちらが立場が上かは誰が見ても明らかだ。


「さて。余計な邪魔が入ったが、問題ない。予定通り、てめぇと俺が魔法で模擬戦だ。なぁに。手加減はしてやるよ。燃えカスが残るくらいにはな。はーっはっはっは!」

「俺も問題ないな。何を燃やすつもりか知らないが」

「てめぇ。一体なんのつもりか知らねぇが、いちいち癇に障るやつだ。頭で分からねぇんなら、身体で分からせてやるよぉ!」


 開始の合図も待たずに、ブルーノは右手に握った杖を振りながら魔法を俺に投げつけてきた。


「燃え盛れ! 蒼炎よ!」


 青白く燃え盛る超高温の炎が俺を襲う。

 これだけの魔法を瞬時に使えるブルーノは、魔法の才能に関してだけは、それなりだ。

 しかも予想通り魔法を感覚で扱っているらしく、癖が強いものの、発動までの時間が極端に短い。


「ははぁ! これで終わりか。あっけなかったな!」


 まるで悪役のような言葉を発しながら、嬉々とした表情で俺を見るブルーノ。

 そのブルーノの顔が、酷く歪む。


「な、何をしやがった!? 俺の……俺の蒼炎が消失しただと……?」


 ブルーノの言う通り、放たれた魔法の炎が俺にぶつかる直前。

 俺の反魔法によって、ブルーノの魔法は文字通り消滅した。

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