第二十九話【腐獣の毒2】

「それじゃあ! その腐獣ってのをほっといたらシャトゥちゃんだけじゃなく、この国が大変なことになっちゃうってこと⁉」


 俺から腐獣の説明を聞いたアムレットが悲鳴に似た声を上げる。

 そしてすぐに横で寝ているシャトゥを思い出し、音量を下げた声で俺に問いただしてきた。


「どうするの? これから倒しにいくんなら私――」

「いや。今日は無理だ。ひとまず予定通り杖の素材は揃った。それに、変にごまかしても意味がないから素直に言うが、今のアムレットが居ても、何の役にも立たない。むしろ足手まといだ」

「そんなっ! ……そうだね。確かに私がいても何もできないもんね……」


 自分でも俺が言った意味を理解できたのか、アムレットは悲しそうな顔で下を向く。

 しかし、こればっかりは軽い気持ちで嘘を伝えた方がよっぽど残酷だ。

 アムレットの攻撃魔法は今日出会ったゲイザー、ユニコーンともに傷一つ付けられないだろう。

 もちろん腐獣はその二体よりさらに厄介だ。

 自らも腐敗したような見た目の表皮を持つ腐獣は、大抵の攻撃を受けても、すぐに表皮だけを剥がして、何事もなかったかのように行動を続ける。

 そして、もし誰かが腐獣の毒を受けたとしても、今のアムレットにその毒を解毒する魔法を唱えることはできない。


「それで? ペイル君は行くんでしょ?」


 サーミリアがさも答えは当然決まっているかのような質問を投げかけてきた。

 俺はそれにも首を横に振る。


「いや。そもそも腐獣が今どこにいるか誰も知らない。シャトゥが毒に侵されてから何日経った? もしまだ近くにいるのなら、同じように被害に遭った生き物がそこら中に見つかるはずだ。だが、そんなことはないんだろう? シャーレオ」

「あ? あ、ああ……俺が知っている限りこんなひどい毒に侵されているのはシャトゥだけだ。他には集落の誰も同じ症状のやつはいないよ」

「集落の中じゃなくても、外へ採集にいくんだろ? その際に腐って死んでいる生き物が大量に発生したり、それまで青々と茂っていた草木が腐って枯れていた、ってことはないか?」


 シャーレオは、未だに同席しているアムレットたちをここまで案内した獣人と目配せするが、彼も首を横に振る。


「いや。ないな。シャーレオはシャトゥの解毒のために、普段とは違う場所を飛び回っていたが、俺らは普段通り、食料を求めて森に入ったりしている。もちろんシャトゥが毒を受けた辺りにもな。だが、そんな死体も枯れ木も一切見てないぞ」

「おかしいわね……ねぇ、ペイル君。あなたが見た毒。本当に腐獣の毒で間違いなかったの? 治したのは事実でしょうけど、知識を持ってきちんと見たのは、ここにいる中ではあなただけ。でも、状況を考えたら、合致しない点がいくつもあるのよ?」


 サーミリアが言う通り、もし腐獣が再び発生したのだとすれば、今ごろ被害はもっと甚大になっているはずだ。

 考えられることはそう多くない。

 一つは俺の勘違い。

 腐獣ではなく、別のものが原因でシャトゥが毒に侵されたということ。

 まぁ、じゃあ何の毒だったんだって疑問は残るが。

 しかし、俺は別の可能性を確信にも似た気持ちでサーミリアの疑問に答えた。


「間違いなく、シャトゥの受けた毒は腐獣の毒だ。しかし、さっき俺は野放しと言ったが、どうやら少し違うらしい。つまり、誰かが腐獣を飼いならしているんだ。シャトゥが何故腐獣の毒を受けてしまったのかは、彼女に聞かないと分からないが」


 教師であるサーミリアはまじめな生徒のように真剣な表情で俺の説明を聞き、学園の生徒である俺は逆に教師のように熱弁をふるう。


「俺の考えはこうだ。シャトゥは腐獣の毒に侵された。だから当然腐獣もいる。しかし、辺りに腐獣の痕跡が見えない。どこでだってすぐに話題にのぼるだろうさ。大国を滅亡させるだけの力を持ったモンスターだ。だから、腐獣はその周囲に毒を撒き散らす行為を制限している。何故だか分かるか?」

「えーっと、腐獣が改心したから?」


 横からアムレットが回答を挟んできた。

 俺はため息を吐いて、アムレットにバツ印を見せる。


「外れだ。腐獣は自分の意思ってものを持たない。ただ、その場にいるだけで毒を撒き散らす厄介なモンスターだ。だが、そんなモンスターたちがまるで知性を持つ生き物のように振舞うことがある。なんだか分かるか?」

「あ! はいはい! 操り糸で操作するんだね!」


 何故か楽しそうなアムレットに、俺は再び大きなため息を吐く。

 きっと、いつもの授業のノリになってしまっているのだろう。


「ダメよ。アムレットちゃん。腐獣に触れたものは徐々に腐っていくの。操り糸なんて、すぐに使い物にならなくなるわ。モンスターの振る舞いを変えるだけの存在。テイマーが裏で糸を引いているってことね?」

「そうだ」

「え⁉ サーミリア先生! 私の操り糸が違うって言ってたのに! 先生も糸を引いてるってどういうことですか?」

「ひとまず後で分かりやすく説明してやるから、アムレットは黙っててくれ」

「はーい」


 手を上にあげながら返事をしたアムレットは、両手を膝に当て、口を一文字にして俺の方を向いてくる。

 なんというか、分かりやすくていいが、極端から極端へといくやつだ。

 ちなみにテイマーというのは、特殊な魔法でモンスターをまるで自分の意のままに操れるペットにできる者たちの総称だ。

 俺も昔研究したことがあるが、どうやらテイマーが使う魔法は、俺の知る原理体系から完全に外れていて、厳密には魔法とは全く異なる技術だ、というのが俺の結論だった。


「とにかく。腐獣はいるが、その居場所は不明でテイマーに操られているなら、移動の痕跡を追うのも無理だろう。シャトゥは運悪く毒に侵されてしまったが、テイマー自身に悪意があるのかどうかもまだ判断がつかない。テイマー自身もどこにいるか分からないんだ。よって、今追うというのは現実的に不可能だ」

「分かったわ。それじゃあ、今日の課外活動はこれで終りね? 腐獣の毒を解毒するような魔法がこの目で見られなかったのが残念だけど、それは仕方ないわね」

「そのうち嫌でも沢山見る羽目に遭うかもしれないぞ?」

「やぁねぇ。そんな冗談。本当に起きないでほしいものだわ」


 本来の予定よりも大幅にずれてしまったが、目的は達成できたのだからそう悪くはないだろう。

 俺たちはシャーレオに一言声をかけ、集落を後にした。

 去り際、俺たちに返事をするシャーレオの様子がどこか上の空だったのが気になるが。

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