第二十八話【腐獣の毒】

 俺は腐獣の毒が人にどんな被害をもたらすかを、魂の時に見ている。

 一言でいえば、とてもむごたらしい毒だ。

 今目の前で苦しみに喘ぐシャトゥは見た目は、常人なら目を逸らしたくなるほどにいた。

 元の顔付きなど分かりようがない。

 おそらく毒を受けてからかなりの日数が経っているのだろう。

 一部分から始まる腐獣の毒は、長い日数をかけて身体全体を侵食していき、侵された人は長い間苦しみ、やがて死に至る。

 毒に侵された本人も、そして親しい人々にも肉体、精神共に多大な苦しみを与えるのだ。


「豊穣の女神フェルティリーテよ、彼の者に命の息吹と祝福を」


 俺が魔法を唱えると、白く淡い光がシャトゥを包む。

 光の中でシャトゥの腐った肉体の表面から泡のような虹色の球体が発生し、身体から離れると次々と割れていく。

 その度に腐獣の毒に侵されただれた表皮は元の正常さを取り戻していく。

 やがて全ての泡が消え失せ、シャトゥを包んでいた光も消えた。

 後に残ったのは、先ほどまでの苦しみから解放され、安らかな顔をしながら眠りにつくシャトゥの姿だった。


「しゃ、シャトゥ‼ 良かった……本当に良かった……おぉぉ……」


 シャーレオは解毒と毒によって腐った身体が元通りになったシャトゥを見て、感極まったのか、その場で跪き嗚咽を漏らしていた。

 そこへ俺とシャーレオから遅れて、アムレットとサーミリアが集落の入口でシャーレオに話しかけた獣人と一緒に入ってきた。


「フィリオ君! シャーレオ君の妹さんの容態はどう⁉」

 

 アムレットは泣き崩れいてるシャーレオ、そして床に寝ているシャトゥを見つけ、口に手を当てる。


「もしかして……間に合わなかったの……?」


 どうやらアムレットは、毒に侵され苦しんでいるはずのシャトゥが、うめき声も漏らさずに安らかな顔で寝ているのを、死んでしまったと勘違いしたらしい。

 さすがにシャーレオに失礼なので、すぐに誤解を解いてやる。


「いや。間に合ったよ。危ないところだったけどね」


 今回は運よく治すことができたが、あと一日遅れていれば手をくれだっただろう。

 そう考えれば、シャーレオが俺に出会えたことは奇跡といってもいいかもしれない。


「そっかぁ。良かったぁ……本当に良かったねぇ。シャーレオ君の妹さん。さすがフィリオ君! 頼りになるね!」


 誤解が解けたアムレットは心底嬉しそうな顔をする。

 俺は、アムレットが治ってから到着したことに、今さらほっとしていた。

 彼女は見ず知らずの人の死を悼み、それが勘違いだと分かると、心の底から喜べる感受性を持っている。

 もしアムレットが治療前の、腐獣の毒に侵されたままの姿を目の当たりにしたら、きっと心に深い傷を負ったに違いないと思うからだ。


「それで? ユニコーンの角を使った解毒剤が必要なんていう毒は、なんだったか分かったの?」


 サーミリアはシャトゥの容態よりも、得体の知れない強力な毒の方に関心があるようだ。

 彼女らしいと言えば彼女らしい。

 俺はサーミリアの質問に、一度目配せをして、ゆっくりと答えた。


「毒の正体は分かった。ただ、この毒はユニコーンの角を原料にした解毒剤でも解毒は無理だろう」

「なんですって? 冗談でしょ? そんな強力な毒なんて、歴史上で見ても、そんなに数はないわよ?」


 ユニコーンの角の解毒剤は、毒の万能薬ともいわれるほどの効能を持つ。

 しかし、そんな万能薬でも治療できなかったとされる毒も存在する。

 一つは腐獣の毒。

 もし聖女が解毒の魔法を作り上げていなければ、滅亡に瀕していた大国は、そのまま消えてしまっていただろう。

 他にも死神の盃と呼ばれる、今では禁忌とされ誰も詳細を知る者もいない魔法で作られた毒も、あらゆる解毒剤が効かなかったとされている。


「毒に侵されていた本人とそれに苦心した兄を前に冗談なんてつかないさ。問題なのは、この毒を与えた生き物がまだ野放しにされているってことだ」

「ねぇ。ペイル君? もったいぶらないでその生き物とやらの正体を教えなさいよ。まさか、伝説の魔獣、腐獣が出たなんていうわけじゃないんでしょう?」


 冗談交じりの口調でそう言うサーミリアの目を俺はじっと見つめる。

 その仕草でサーミリアは俺の真意を読み取ったようだ。

 珍しくサーミリアの顔から余裕が消える。


「う……そ、でしょ? 腐獣が出たなんて! 冗談じゃないわ! 国の存亡の危機よ⁉」


 腐獣を知らないのか、アムレットは俺とサーミリアのやり取りを見て、右往左往するだけだった。

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