第十九話【素材】

 アムレットたちが部屋に消えたのを見届けた後、ガストンが無造作にティーポットから再度ハーブティを自分のカップに注ぎ入れる。

 今度はゆっくりと味わうように飲みながら、俺に話を始めた。


「それで? あっちの嬢ちゃんはどういう杖が入り用なんだ?」

「なんだ、ガストン。いいのか? アメリアの判定はまだ降りてないぞ?」


 ガストンが杖の話をするのは、実際に杖を作る意思ができた時だ。

 俺が初めてここに訪れた時は、要求を述べようとする俺を黙らせ、アメリアの判定を待たされた。

 まぁ、結果は良好。

 必要な素材についてはかなりの要求をされたが、こちらの求めるものを考えればどれも納得のいくものばかりだ。

 しかしガストンは俺の指摘など問題ないかのように話を進める。

 長年連れ添った勘がそうさせるのか、ガストンにはすでにアムレットがアメリアに気に入られることがわかっているかのようだ。


「いいんだ。つまりは……そういうことだ。ここに嬢ちゃんを連れてきたのは坊主の入れ知恵だろ? 一体今度は俺たちにどんな杖を作らせようってだ?」

「そうか。それじゃあ、気兼ねなく話させてもらうとしよう。要求は二つだ。一つは無属性魔法の第四原理まで付与可能な素材。もう一つは、補助・回復魔法の機構制御。こっちは原理計算はアムレット本人ができるようにするつもりだから、とにかく耐久力と彼女の魔力との親和性を極限まで高めて欲しい」


 俺が一息でアムレットのために作る杖の仕様を伝えると、ガストンは目を見開き、そして大声で笑いだした。

 あまりの大声に、家が揺れ、俺も吹き飛ばされそうな勢いだ。


「がっはっはっは! 無属性魔法の第四原理の付与に、別の属性、しかも補助・回復魔法も付けるったぁ。さすが坊主。相変わらずの無茶な要求だな!」

「そんなことはないだろう。俺のための杖の仕様に比べれば、随分と簡単だと思うけど」

「言ってくれるじゃねぇか。無属性は第四原理だって言ったな? 補助の方はどこまでを考えてんだ?」

「そうだなぁ……多いに越したことはない。少し教えた感じ、アムレットは自分の得意分野に関してはのみこみが早い。この前説明した二重詠唱くらいなら難なくできるようになりそうだ」


 俺の説明にガストンは難しい顔をしながら、自分の髭をしきりに触る。

 見た目とは裏腹に喜色ばんだ声を出す。


「詳しいことはアメリアが来てからだが、素材は全部嬢ちゃんが用意する。それは分かってんだろうな?」

「ああ。もちろんだ。俺も手伝うことになると思うけどね」

「それは構わん。大事なのは素材を集めるだけの『力』があるかだ。自分自身でやろうが、金で解決しようが、どんな方法だって、目的を達成できればそれは十分な『力』だ。もちろん、坊主みたいなダチを持っている。ってのものな」


 ガストンは白い歯をむき出しにして笑みを作る。

 何か勘違いしていそうだが、俺はあくまでアムレットに魔法を教えるのに必要だから手を貸しているだけだ。

 自分で考えだした理論を自ら実践するのも面白いが、他人が扱えるのを確認できればその汎用性が確認できるからな。

 そんなことを考えていると、アメリアとアムレットが姿を見せた。

 アメリアの表情は満足げで、どうやら無事にアムレットのことを気に入ってくれたようだ。

 何故かアムレットが恥ずかしそうに下を向いているのが気になるが。

 顔も随分と紅潮している。


「ガストン。話はどこまで進んでるんだい?」

「坊主から、相変わらずの無茶な要望を聞き出したところまでだな。そっちはもういいのか?」

「ああ。十分すぎるくらいさ。それにしても若いってのはいいねぇ。ちょっとこのお嬢ちゃんは純情すぎるけど、それがいい。さて、それじゃあ私にもその無茶な要望ってのを聞かせてもらおうかねぇ」


 アメリアとアムレットが席に着くのを待ち、俺は先ほどガストンに説明した杖の仕様を再び述べる。

 話を聞き終えたアメリアは眉を一度だけ上げ、アムレットはさっきまで俯き加減だった顔を勢いよく上げ、あからさまに驚いた表情を見せた。


「ええ⁉ フィリオ君! そんな話、ちっとも聞いてないよ⁉ 二つの属性を強化する杖だなんて、そんなことできるの⁉ だって、この前先生が杖は一つの属性しか強化できないって言ってたよ?」

「それは俺じゃなくて、目の前の二人に聞いた方がいいんじゃないか?」


 俺の返しに、アムレットは俺に向けていた表情のまま、ガストンとアメリアを見る。

 そんな彼女に対して二人は不敵な笑みを見せる。


「嬢ちゃん。俺たちが誰か知ってんだろ? 気に食わねぇ注文は一切受けねぇが、一度受けると決めたもんは、どんな要求だって作るのが俺らの仕事だ」

「安心おし。フィリオ坊やの依頼に比べりゃ、お嬢ちゃんの杖なんて、可愛いもんさね」

「フィリオ君……いったいガストンさんとアメリアさんにどんな杖を頼んだの……?」

「俺のは……詳しく話すと長くなるからまた今度だな」

「ということで、坊主が言った嬢ちゃん向けの杖を作ることは不可能じゃねぇ。素材さえあればな。それで、肝心の素材なんだが……アメリア。無属性の方はアレが使えそうか?」


 ガストンはアメリアに向かって話を振り、アメリアは首を縦に振る。


「ゲイザーの眼球だね? あれなら第四原理まで難なく持つだろうさ。無属性との相性もいい」

「じゃあ核の方はそれで決まりだな。後は杖の本体だが……」


 俺は興味深くガストンとアメリアが杖の素材についての話を聞く。

 ところがアムレットが俺の横腹を突き、話しかけてきた。

 どうやら話についていけてなさそうだ。


「ねぇねぇ。フィリオ君。ゲイザーって、お話に出てくるような目玉がいっぱいついたモンスターだよね? すっごい怖くて強い。そんなモンスターの部位を素材に使うなんて、お金絶対足りないよ?」

「うん? ああ、大丈夫だ。素材は俺たちが集めるんだから。タダだよ」

「そうかー。タダなら問題ないね! ……って、私たちが集めるの⁉ それって、モンスターと戦うってこと⁉」


 突然大声を上げ、立ち上がったアムレットを、俺だけじゃなくガストンとアメリアも見上げていた。

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