第十八話【相応しいかどうか】

 自分の住む国の伝説ともいえる人物を前にへたり込んでしまったアムレットをひとまず放置して、俺はティーセットを持ち戻ってきたアメリアに向かって要件を伝える。

 といっても、すでにガストンから聞いているだろうが。


「今日来たのは、この子、アムレットの杖を作ってもらうためだ」


 俺の言葉に、透き通るような肌を持つアメリアの大きな目が細まる。


「ああ。ガストンから聞いたよ。それよりまず、二人とも座りな。なんだい。フィリオ坊や。女性の扱いが全くなってないね。いつまで可愛らしいお嬢ちゃんをそんな床に座らせておくつもりだい?」

「あ、ああ……ほら。アムレット。立てるか?」

「うん。ありがとう……どうしようフィリオ君? 本物だよ⁉ 本物のオルガ様の杖を作った人たちがいるんだよ?」


 俺に引き上げられるように立ち上がったアムレットは、まだ興奮冷めやらないようだ。

 世にも珍しいものでも見たかのような調子で、縋りついている俺を見つめてくる。

 そんなアムレットに向かって、アメリアが声をかけた。


「お嬢ちゃん。いいから早く座りなよ。せっかく入れたとっておきのお茶が冷めちまう。それとも、私が淹れたお茶なんて飲めないってのかい?」

「あ! いえ‼ すいません‼ いただきます‼」


 まるでアメリアの言葉に魔法でも込められていたかのように、その一言でアムレットは操り人形にでもなったかのように瞬く間に席に着いた。

 俺も一息遅れて隣の席に腰掛ける。

 向かいにはガストンがすでに座っていて、俺たちが座ったのを確認したアメリアは満足そうに、順にティーポットからカップへと特性のハーブティというものを注いでいった。


「さぁ、召し上がれ」

「いただきます……あ! 美味しい‼」

「おや、お嬢ちゃんは味がきちんとわかる子だね。嬉しいねぇ。この隣の唐変木も、フィリオ坊やも飲み物の味なんてちーっともわかりゃあしないんだから」


 ガストンはアメリアの方をちらりとも見ずに、仏頂面でカップを一気に飲み干していた。

 まだ湯気が立っているが、熱くないのだろうか。

 俺も一口だけ口に含めるが、相変わらず奇妙な草の匂いがする少し苦めのお湯、という印象しか持てない。

 一息ついたところで、アメリアはおもむろにアムレットに向かって語り掛ける。

 ハーブティを飲んで少し落ち着いたのか、アメリアに見つめられても、アムレットは挙動不審になることはなかった。


「それで……ガストンとはもうやり取りをしたんだろうが、私も試させてもらうよ。お嬢ちゃんが相手かどうかをね」

「相応しい……ですか?」


 アメリアの言葉の意味が良くわからなかったのか、今から何をされるのか不安を感じたのか、アムレットは助けを求めるような目で俺の方を見る。

 まるで、「私、何も聞いてない」とでも言いたげな表情だ。

 ガストンとのやり取りについては、定型文を教え、実際それをがガストンに伝えることによって、問題なくことは進んだ。

 もちろんアメリアに対して、同じような対策が用意できるなら、俺だって事前にアムレットに伝えている。

 しかし、そんなものはなく、むしろ俺が何か吹き込むことは、余計なこと、逆効果にすらなりかねない。

 アメリアが杖を作るかどうかを決めるために試すことは、まさにその人物のことをアメリアが気に入るかどうか。

 うわべではなく、その本心をアメリアは暴き、彼女独自の価値観によって、好意を持つか決まるのだ。

 あくまでアムレット自身をアメリアに気に入ってもらうしか答えはないのだが、俺にはうまくいく予感があった。

 それが何故かと聞かれれば、答えを述べるのは難しいが、そう直感したのだ。


「人生をかけて理論を追求してきた俺が、直観か……我ながらおかしな話だな……」

「フィリオ坊や。なに一人でにやけてぶつぶつ言ってんだい。さて、アムレット。ちょっと私とこっちにおいで。ここじゃあ、ちょいと都合が悪そうなんでね」

「なんだ? 俺の時はガストンがいる場所でやったはずだぞ。先に言っておくがアメリア。いくらあんたでもアムレットに変なことをするのは許さないからな」


 俺がそう言うと、アメリアは再び目を細めて、俺をじっと見つめた。

 そして面白くなそうに、俺に向かって手を払うような仕草をする。


「まったく。わかってないねぇ。まぁ、私が何か言うのはお門違いってもんだ。そんなことより安心おし。このお嬢ちゃんに一切の危害を加えるきなんてないよ。それとも何かい? この私が信じられないってのかい?」


 アメリアの返答に、俺は両肩をすくめる。

 アムレットは言われた通り、俺とガストンを置き去りにして、アメリアと一緒に別室へと消えていった。

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