第十四話【ルーナの嫉妬】

 俺は思わず吹き出してしまったが、すでに門の前で待っているであろう迎えの馬車の存在を思い出し、門へと歩を進める。

 思った通り、門の外にある広めの空き地に、ペイル家の家紋が付いた馬車が一台停まっていた。

 馬車の横には姿勢正しく佇むルーナの姿があった。


「坊ちゃま! おかえりなさいませ。何か問題はありませんでしたか?」


 俺の姿に気づいたルーナは、心配そうな表情を顔に浮かべながら、俺の方へと駆けよってくる。


「やぁ、ルーナ。待たせたかな?」

「いいえ。坊ちゃま。とんでもないことでございます。ただ、旦那様も奥様もご心配の様子でした。すぐにお戻りになられ、元気な姿をお見せになられた方がよろしいかと」

「ああ。わかった。そうするよ」


 ルーナに言われるまでもなく、両親が俺の登校を心配していたのは知っている。

 本来寮住まいで、年に二度ある長期休暇の時くらいしか実家に戻らないところ、こうして毎日馬車で通うように手配したのも両親たちだ。

 愛している息子が、自分の手の届かないところで虐めにあい、服毒自殺を図ったというのだから、しかたがないことだろう。

 ただ、どうやってそれを認めさせたのかはわからないが、今日だけの様子では、俺が、この身体の持ち主だったフィリオが自殺したというのは広まってはいないようだ。

 家路へと向かう馬車の中で揺られていると、ルーナが少し緊張した声で問いかけてきた。


「坊ちゃま。その……今日の一日はどうでしたでしょうか? よろしければ、ルーナにも話していただけたら……」

「そういえばさっきの質問の答えがまだだったね。問題は色々とあったと言えばあったし、なかったと言えば何もなかったよ。まぁ前の記憶がないもんだから、多少難儀はしたな。特にクラスメイトとかには」


 俺の返事を聞いて、ルーナは顔を曇らせる。

 おそらく、またクラスメイトに虐めにあったとでも思ったのだろう。

 まぁ、虐めらしきものに遭いそうになったのは間違いではないが、俺はルーナの誤解を解くため話を続けた。


「そのクラスメイトってのは、平民から今日編入してきたばかりの子なんだ。運悪く、記憶を失った俺を頼りにしてしまってね。向こうも俺も学園のこと少しも詳しくないんだから。おかげで今日は午後の実技に遅刻してしまったんだ」

「まぁ! もしかして、ご友人ができたのですか⁉ それは素晴らしいことでございますね。平民と申されても、学園への編入が許されたのでしたら、さぞ大きな魔力をお持ちなのでしょう。卒業後はどこかの貴族へ養子になられるのでしょうから、出自は問題ではありませんもの」

「ああ、そのようだ。なかなか元気な子でね。少し元気が良すぎる気もするが……退屈せずにはいられそうだよ」

「それはよろしゅうございます。差し支えなければお名前をお聞きしてもよろしいですか? もし何かの機会にお会いした際に無礼になりませんよう」


 アムレットの話を聞かせてやると、沈んでいたルーナの表情は明るくなった。

 声も弾み、どうやら俺に友人と呼べる存在ができたことが自分のことのように嬉しいようだ。

 アムレット以外の他のクラスメイトの俺への対応を見る限り、元々友人もいなかったのだろう。

 そうでなければ、久しぶりに顔を出す俺に何かしらの声をかけてくるはずだが、アムレット以外に声をかけてきたのと言えば、リチャードくらいだ。

 ルーナに名前を聞かれたので、俺は素直に教えてやることにした。


「名前はアムレット。アムレット・シルバというんだ」


 その瞬間、ルーナの表情が一瞬固まった気がした。

 気のせいだろうか。


「あの……坊ちゃま。だ、男性の名前にしては、アムレットというのは少々可愛らしいお名前ですね?」

「ん? いや。アムレットは女性だよ。どうしたんだ?」

「いえ! なんでもございません! そうですか……女性のご友人ですか……」


 すごい勢いで返事をした後、何か小さく呟いていたように見えたが、声が小さすぎて俺の耳には届かなかった。

 馬車というのは今日初めて乗るが、移動中はお世辞にも静かだとは言えないからそのせいもあっただろう。

 その後、何故かルーナは何かを言いたそうにしていたが、俺が物思い、魔力痕のことに思いを馳せているのがわかったのか、家に到着するまで、ルーナから声をかけてくることはなかった。

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