第21話 マヤの過去編⑤
そこでマヤは話し疲れしたようだった。回転椅子に腰掛けて、ひとつ羽休めとばかりに大きなため息を吐く。永遠のような無音。スマイリーMの四人にはまだマヤに話して貰わなければならないことがあった。
しばらくして質問という形でアカリが講じた。
「うん。マヤちゃんが普段どうやって過ごしてたかやっとわかって嬉しい。だけど、これからどうするの?」
「どうするとは?」
「アイドルにならないとして、将来は何するの? 学校にはもう行かないの?」
そういうことならとマヤは目を伏せた。
「……すみません、学校は一時的に休んでいただけです。最近少しショックな事が起って。それもお話ししますね。――このせいで数日ひきこもったんですけど、ロイ隊長――
「「「ええっ!?」」」
「あの合唱コンクールがあった日の夜に言伝てのニュースで聞きました。覚悟はしていました。これまでグループとしてさんざやりたい放題やってきましたから。個人が暴れたことの責任が全部リーダーに行ったんだって。
ターゲットの出会い厨たちは騙されていたことに気づくと大抵懲りるなんてなく怒り狂います。ロイ隊長もネットとリアルを問わず、ターゲットと揉め事になることなんてしょっちゅう、現場でその様子を配信していたら警察に追いかけられたこともある人でした。
意外だったのは、ロイ隊長は組織の活動とまったく関係ない喧嘩沙汰で逮捕されたってことです。尤も未成年なので、戻って来られないことは無いでしょうけど。それでもマークはきつくなりますし、このまま引退してしまう可能性だってあります。
……考えたくなかった、こんなことは起こって欲しくなかったんです。でも、きっといつか他の因果でもこうなったんでしょうね」
こうしたことを語るマヤの表情には悲しみの色があった。
「インターネットのゆるいつながりの組織ですから、衝撃は計りしれません。ロイ隊長の個人ファンみたいな形でついてきた部分には大打撃でしょう。内部でも解散論が出ているくらいなんですよ、実際に。カリスマのある人でしたから。今はまだウワサが真実かわからないし、しばらく様子見をしようって口裏を合わせてますけど、幹部クラスでは情報は確定していて、初代リーダーのロイ隊長が戻ってくることはもうありません。
それでここ数日、本当に悲しくて、わたくしのなかで大事なものが失われてしまうような気がして、ほとんど徹夜でこの状況をなんとかしようと駆け回って、でもロイ隊長が戻ってくることはないんだって分かって、落ち込みっぱなしで、とても学校どころじゃなかった……ぐすん」
そこでアイコが
「じゃあこれを期にさ、そんな組織なんて抜けてアイドルを目指そうよ。ちょうどいい機会だよ!」
ところがあくまでマヤは首を振った。
「……部屋に籠もってずうっと考えたんです。わたくしにとってSpyCって、何に代えても維持しなきゃいけないつながりなんだって。なぜってSpyCが失くなってしまったら、それは振り出しに戻って、またしぃちゃんみたいな被害者がいっぱい出てしまうということですから。そんな悲劇を許さない為に組織を大きくしようと頑張ってきたんです。少なくともそういう目的意識をもってこれまでやってきた自分がSpyCのリーダーになることは次善の策です。……いま名乗りをあげさえすれば、わたくしはSpyCのリーダーになれるんですよ、お膳立てはもう整っていますから」
そうしてマヤは注意深く、ブルーライトの投影する瞳で4人の表情を伺った。このおそろしく世間擦れしないアイドルたちが、いまいった言葉の綾をどのように受け取るのか興味を持って。
「リーダーになる? いや、よそうよ。マヤちゃんはまだ中学生だよ? 逮捕されるかもしれないような集まりなんて、そもそも抜けなきゃいけないからね」
アイコがもっともらしく勧告した。するとマヤは
「そんなこと言ったら、SpyCのメンバーはだいたい未成年ですよ。ロイ隊長からして、そうですし。ちなみにいまはタナシンさんという方が臨時で指揮を執っているんですけど、有り体に言うとすごく穏健派な幹部で、過激派のグループはついてこれません。タナシンさんは成人済みで逮捕のリスクが重いぶん、そっちに傾くのは仕方のないとこではあるんですけどね……。やはり、リーダーは未成年でないと務まらなくて、中学生だったらなお良しということです」
アイコは納得しなかったが、待たずにキリエが言った。
「私からもちょっと理解できないわ。アイドルになる代わりに他の職業に就くならまだも、ちがうでしょう?」
それにマヤは
「分かります。SpyCってほんとに、意味がわからない組織ですよね。だって所属しても一円の金銭も支給されないんですから。それどころか、
でもやっていることはキリエさんの好きなボランティアじゃないですか? 一円の得にもならないのに、好き好んでSNSからロリコンを撲滅するために働いて。
これは
つまりSpyCがやっている仕事って本来、警察がやるべきことなんですよ。なのに法律が追いついていないから、わたくしたちがボランティアをやるしか現状ないんです。それで逮捕されるリスクがあるとして知ったことかです」
「……確信犯だね」
アカリが小さく言いやった。マヤはしかるべき方向に手を伸ばし、マグカップ一ヶの底にわだかまっていたジュースを飲み干した。そうしてひとつ言い加える。
「ごめんなさい。SpyCについてはシンパして貰えなかったみたいですね。みなさんを突き放す手前と思って説明はしましたが、こんな短時間で複雑な全体図を伝えきることはとても無理です。分からなくても今は放って置いてください、そのうち。
そのうち時代が追いつくかもしれません、きっとそういう風になりますから」
アカリが提案した。
「スパイシーとして裏でマヤちゃんの活動を続けながら、あたしたちと一緒にアイドルを目指すのは?」
マヤは歯牙にもかけない。
「それは無理筋です。SpyCの活動をしていることはアイドルとしてスキャンダルになりますし、アイドルになって名が売れるのはSpyCでの活動に支障をきたします。虻蜂取らずで、どっちか選ばせてください、せめて」
これまで会話に混ざらなかったナナが、ものすごく真剣な顔をして、そのときマヤを見据えた。何か口を開こうとして、しかし「うーん……」と考えこんで黙る。かつて無いほど慎重に言葉を選ぼうとしていた。それを見て、ほかの4人は思わず黙ってしまい、吸い込まれたように固唾を飲んで見守る。
マヤは普段遣いの回転椅子に腰掛けたまま、スマイリーMのリーダーとしてナナが何を言い出すのかと非常に興味深く気にしているつもりで、ふと意識も遠くなって回想の中へと引き込まれた――それはまだアイドルたちとも出会っていない、ほんの一年半ほど前の出来事である。
(つづく)
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