第20話 マヤの過去編④



”マヤちゃんとそのSpyCって組織はどういう関係なの?”


それに対してマヤは淀みなく答えた。


「それはですね、しぃちゃんが出会い行為による性的被害に遭ってしまった話まで戻ります。くだんの手口は置いて、まぁ幸い大事にまでは至らなかったみたいですが、問題はそのあとでした。

 しぃちゃんはネットの世界から消えてしまったのに、問題行為をやらかした相手はアカウントも消えず、悪事もまったく追及されなかったんです。……今思えば性被害で泣き寝入りなんてよくあるパターンですし、サイトの違反報告が役に立たないのもいつものことです。だけど当時のわたくしは悔しくて泣くほどでした。

 そのときSpyCに助けてもらったんです。つまり、わたくしが死ぬほど恨んでいた相手をSpyCはまとにかけて、ネカマをつかって名前や住所の個人情報を割り出し、二度とあんなことができない状態まで追い込んでくれました。もちろんアカウントも消えて」


「それからわたくしはSpyCに入ろうとしましたが、一旦は断られました。でもずっと見ていました。そのうちSpyCは有名になってきて、メンバーもだんだんと増えていきました。ターゲットもそのへんに転がっている小物ばかりでなく、もっと大物を狙う需要が出てきました」


「うーん、”有名になった”って割に、全然きいたこともないけど」


アカリが懐疑的に呟くと


「スマイリーMよりは知名度ありますよ?」


とマヤは虚心坦懐にうそぶいた。


「しんらつだぁ……」


「事実です。それでですね、とにかくSpyCは小物を狙うだけでは満足できなくなっていたんです。さっき出したベンチャーの社長みたいな、SpyCの活動形態を攻撃してくるちょっと立場のある人間のほうが作戦を仕掛けるときずっと盛り上がります。それこそお祭り騒ぎみたいに。

 会社員とか官僚とか、そういった立場ある人物の悪事を暴くときは何週間も前から入念に準備をします。以前こんな悪行をしていたみたいな証拠を集めたり、生活パターンを調べたりして、ディスコで何時間もかけて議論して、そもそもやるかやらないかまで長々と話し合って、やっと作戦が実行できる下地が整います。

 絶対に失敗できない作戦というものが出てきます。ネカマがバレるリスクは無視できなくなりました。単なる出会い厨を相手にするだけならネカマバレしてしまってもまったく問題ありません。失敗は失敗ですが、バレるまで無駄な時間を相手に消費させた上に、『このサイトにはこういう不味い餌もある』と思わせて遠ざければ勝ちですから。SpyCの活動上、雑なネカマにも悪いことなんか何一つなかったんです。

 だけれど大事な作戦の途中で相手の男から「声を聞かせて」とか「写真を撮って見せてくれるまで信じない」と疑いを抱かれたら、やっぱりネカマなので声も出せなければ今撮った写真も出せないわけです、そうして失敗に終わるというケースは痛手でした。一度ネカマのイタズラを受けると、警戒されて二度目はないみたいな事もありますし。

 結論としてSpyCは、100人以上いる下位メンバーの中からひとりくらいいるであろう女性を募ったんです。絶対にバレないネカマですね。誰がこの役をつとめたのかはもうわかりますね?」


スマイリーMたちは顔を見合わせた。


「そんなことしても一銭の得にもならないのに、やったの!?」


とびっくりするアカリ。


「あの企画だって一銭も出なかったじゃないですか」


マヤは口を尖らせた。


「それに言ったでしょう。これはお金のためでなくてしぃちゃんへの個人的な感情です。人間ひとは感情で動くんです。

 話を戻します。重要な作戦でターゲットと接触する本物のネカマのことを内々では『女優』と呼んでくれました。

 この『女優』の役目は、さっきも言ったように、ありもしない待ち合わせの約束を取り付けるか、規約違反や性犯罪に引かかる類の発言を相手から引き出すか、あるいはURLで誘導してウイルスを踏ませるか、利用できるような非公開の個人情報を会話で引き出すかです。

 けっこう疲れますし緊張もしますけど、幸いいままで仕事で失敗したことはありません。まあチートですよね。殿方が苦労して「どうすればうまくネカマできるの?」、「どうすれば本物の女性っぽく振る舞えるのかしら?」なんて反省と努力を重ねて練習したり女装自撮じょそうじどりまでしたりするのに、かたやわたくしは女性であるというだけで、どんな任務も楽にこなしたんですから」


「チートスキルで重要な作戦を成功させたことによって、わたくしはSpyCの幹部になりました。学校ではパッとしないのに、ネットでは数百人いる組織の上に立つ5人です。しかもわたくしは組織の紅一点サークラてきなポジションで、ぶっちゃけとてもちやほやされました。しかもSpyCはもとから出会い厨ぶっ飛ばす!!というグループなので、どれほど多人数からちやほやされようと誰もわたくしに言い寄っては来ないんですよ。そんなことしたら普通にぶっ飛ばされますからね。まあ快適でした。

 わたくしはSpyCにすごくいい思いをさせてもらって、逆に恩返しをしたくなったのかもしれません。なんだかすごくやる気が沸いてきたんです、組織の幹部として活動することに。

 だんだん学校にも行かなくなりました。服や化粧品も、全部ターゲットを騙すための必要経費みたいに考えるようになりましたね。暇があればあるだけチャットとかしていましたし、ツイッターで精力的に動きまくったおかげで、4つのメインアカウントのうち3つまではスマイリーMの公式アカウントよりもフォロワー数が多いです」


スマイリーMの公式アカウントフォロワー数は2000を切っていたので、これ自体はそれまで驚嘆することではなかった。しかし四人はびっくりした。こんなことは今まで全然打ち明けてくれなかったと言って。マヤは「だから今打ち明けたじゃないですか」と反言した。


 アカリが言った。


「撮影のないプライベートのときあたしたちと遊んでくれなかったのは、そっちの活動があったから?」


そういわれるとマヤは申し訳無さそうに謝った。


「ごめんなさい、アカリさん。ゲームは付き合い程度にプレイするんですけど、SpyCとして活動するほうがわたくしにとってはずっと大切なんです。あんな企画がはじまってからも、裏ではいつもそういう仕事をしてました。ひきこもりを卒業して登校しはじめた最近になるとさすがにちょっとキツかったですが、昼は学校に通って、夜はレッスンを受けながらも空いた時間はSpyCとしての活動に費やしました。目が回るほど忙しかったですけど、やめるなんて発想はしませんでした。

 わかったでしょう? わたくしは全然、アイドルになるなんて相応しくない人間なんです。アイドルのみなさんと一緒にいるより、ネットにつどって未成年に手を出そうとする犯罪者チャイルドマレスターをやっつけるための作戦を練るほうが有意義な時間って意見なんですからね」




(つづく)


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