大遅刻中の時計ウサギ

「ウェンディ……っ!!」


 声をあげたのはピーターパン。しかし誰よりも先に動いたのは、無作為無秩序青いフラミンゴ

 ばさりとひろがる青い翼は、そのまま巨大なパラソルへ。


 天上より、叫び声をあげて落ちてきた人物は、パラソルの上でイチ、ニ、サン、と軽くバウンドし。叩きつけられることなく地面に……いや、ラビの上に尻餅をつくように落下した。


「いっ……てぇ。ん? 痛く、ない?」

「むぎゅうっっ」


 ラビの潰れる声に、「わわっ、ごめん!」と立ち上がった人物。


 それは少年が声をあげた人物ではなく……。


「ブギーマン……!!?」

「はぁっ!?」


 思わず睨み、鉄球を構えて立ち上がったラビに、その人物は怪訝な顔をしつつも身構えた。


「ていうか、なんなんだここ! さっきから変なものばっかり話しかけて来るし襲ってくるし、急に落ちるし!」


 ——おや?


 ラビは少しだけ警戒の色を解いて、その人物をまじまじと眺め見る。


 黒髪、東洋人の顔立ち。

 だけど髪はアシメのショートだし、瞳の色は真っ黒。それに。


「ウェンディ! ウェンディ! 会いにきてくれたんだねっ」


 嬉々として飛びついてきた少年に、彼女・・は「くるなっ!!」と叫ぶ。


 そう——彼女、彼女なのだ。

 顔立ちはまるでブギーマンと瓜二つ。違うのは瞳の色と、顔の左半分を覆うほどそこだけ長く伸ばされた前髪と。狼狽したその瞬間に露わになったその頰には、大きな蝶のタトゥーが。


 背格好も少年のように装ってはいるが、この子は違う。


 ラビが混乱しているその間に、ピーターパンは少年とは思えない力でその女の子に抱きついていった。


「ピーター! 彼女はウェンディではない!」


 フック船長が、怒りを抑えきれない様子でそう叫ぶ。

 しかしピーターは素知らぬ顔だ。


「ウェンディ! ウェンディ……、僕に会いに来てくれたんだね!」


 その胸に顔をうずめるようにして、甘えた声を出す少年に。喉が詰まったようなひどく顔色の悪い様子の少女は静かに返す。


「離れて……くれるかな。ボクはウェンディじゃないし、知らない人に抱きつかれるの好きじゃないんだけど」


 これは、一体どういうことだ——??


 ラビと物陰に隠れたままのチクタクは、どうしていいのか判断をしかねていた。


 誰もかれもが、疑い、または怯える中で。

 緊迫した均衡状態を崩すのは、果たして誰か。



「ムダだよ、おじょうちゃん」


 フック船長の声がして、皆の視線は彼に集中した。

 だけどもラビは、抱きつかれたままの女の子。ブギーマンそっくりな彼女が、今にも倒れそうなほどに顔色が悪いその様子に目がいってしまう。


「ピーターはいつもそうなんだ。ウェンディと言っては、彼女の子供達を何度も何度も何世代にも渡って連れてきた。その度に俺は相手をしていたんだから」

「ちがう!」


 その身体にぴったりとくっついたまま、ピーターパンは叫んだ。


「ウェンディはボクとずっと一緒なんだ! 大人にならないんだ、大人になんてならないんだ」


 ねぇそうだろう? そう言って少女に笑いかける少年の顔は、若干狂気じみていた。


「ウェンディはボクのものだ。そしてずっと、ずっとずっとボクとここで暮らすんだよ」

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