大遅刻中の時計ウサギ 23th January

 はぁぁぁぁぁぁあっ。

 黙って話を聞いていたチクタクが、急にとてもとても、それは大きなため息をついた。


「どうした?」


 ラビは心配そうにチクタクを見上げる。


「そろそろ時間なんだ」

「時間?」

「そう、ピーターパンとフック船長の対決の時間」


 ウンザリした顔でそう呟き、チクタクはよっこらせとその大きな躰を起こす。


「ゴメンよぅ、これから起こる事を思うとつい……ね。まぁ見ててよ、今の話を踏まえた上でさ、本当に……そりゃあもう滑稽な光景だから」


 そう言うと彼は、ゴホンと一つ咳払いをして、自分の腹の部分をドスンドスンッと二度強めに殴った。


「いたそ……」


 ぼそっとラビが呟き、荒唐無稽な純粋無垢ピンク・フラミンゴが激しく同意を示すように、ブンブンと首を縦に振っている。


 それからすぐにチクタクは、のっしのっしとその拓けた草むらへと歩き始めた。


 チックタック、チックタック、チックタック、チックタック……


 いつの間にか、辺りに時計の秒針音がする。

 さっき腹を殴っていたのは、恐らくこの音を出す為のスイッチみたいなものなんだろう。


 チックタック、チックタック、チックタック、チックタック……


 大きな大きなワニと、似合わないほどコミカルな時計の音。

 ガサガサと草木が鳴り、誰か人のやって来る気配がした。それに気づくや否や、チクタクはさっと草陰に伏せる。


「ひいぃぃぃっ、ワニだ、ワニがやってきた。くそぅ……ピーターは! ピーターパンは何処にいる!」


 辺りを警戒するようにキョロキョロしながら、一人の男がやってきた。

 痩せこけて髪は伸び放題、疲れ切っているように見えるその目の下には大きなクマがある。

 だけどその有様でも、男の顔は整っているように見えた。元の顔立ちはかなり美男子のはずだ。


「まさか、あれがフック船長か?」


 彼に気づかれないように、ラビもチクタクのそばの草陰に並んで隠れ様子を窺う。


「さぁ! 今日もこの時刻がやってきたぞう! フックめ、いざ勝負だ!」


 さっきの男の言動より何倍も、それはそれは芝居じみた様子で、どこからともなく一人の男の子が飛んできたのだ。

 軽やかに岩の上に着地した彼は、大げさな仕草でその指先を男へと向ける。


「なんだありゃ!」


 一足先にラビが素っ頓狂な声をあげた。


「ウーン……こいつぁ狂ってる」

「ねっ、ねっ? やっぱりキミも、そう思うでしょ?」


 チクタクが、同意を求めている口調で聞いてくる。


 ピーターパンは、本当に子供・・なんだ。

 第一印象はそれ。


 頭にはシロツメクサ(全部ターコイズ一色だったけど)で作った王冠を。そして何処で拾ったか作ったのかわからない短いマントを身に着けていた。

 ベルトには剣や銃が入れられそうなホルダーがぶら下がっていて。

 彼が振り回しながらやってきた、手にしているそれは。……どう見ても人なんか刺せそうに無い、オモチャの短剣。


「やいフックめ! 今日こそ懲らしめてやるぞ!」


 挑発的に、まるでヒーローごっこをする少年のように、ピーターパンはフック船長に向けてそう言い放った。

 するとどうだろう、先ほどまでワニの気配に怯えていたはずのフック船長の目が爛々と輝き、ピーターパンを睨み返していたのだ。


「いいか! 今日こそ俺の話を聞いてもらうぞピーターめ」

「お前と話す事なんか何もないやい! 僕はまたウェンディを迎えに行かなきゃならないんだ!」


 しゃらん、とフック船長が長い洋剣を自分の腰から引き抜いた。


「いいかピーター、そのウェンディは何人目だ? まったく、何人に振られたらお前って奴は気が済むんだ。どうせすぐ都合よく忘れるくせに」


 その言葉に、ピーターパンは顔を真っ赤にして言い返す。


「違う! ウェンディはいつも僕を待ってくれているんだ。きっと会いに来てくれる、だから僕は迎えに行かなきゃいけないんだよ」

「お前はもう、自分の居るべき場所に返るんだピーター、そうやって誰かを巻き込むんじゃない」

「自分に友達がいないからって、お前は僕が羨ましいんだろう、フックめ。そうやって、僕のウェンディを横取りしようったってダメさ」


 偉そうな口調だけは崩さない、ピーターパンは近くの木の枝に飛び乗ってそう言った。


「お前は間違っている、ピーター。いい加減に……」

「うるさいうるさい! お前はくだらない、そう、くだらない大人なんだ、フック」


 ピーターパンの駄々をこねるような大声と、フック船長の呆れたような溜息。


「何? この茶番……」


 未だ続いている目の前の光景に心底あきれ返りながら、ラビは思わずそう呟いていた。


「でしょ?」

「いや、何がすげーって。本人達はいたって大マジメだって事だよな」


 言葉とは裏腹に、笑いを堪えきれないといった表情でラビ。そしてその後ろには、心底ウンザリだという表情をしたチクタクが。


「でね、こうやって言い合って、ピーターが飛び回るから結局大した決闘もせずに、夕方になったら僕の目覚ましが一回鳴ってお開きさ。それがもうずーっと続いてる」

「よく……飽きないというか、疲れねーな」

「いや、フック船長の方は若干疲れてるみたいだけどね……」


 二人の茶番が、決闘が、今まさに始まらんとしたその時。


「今日こそ、僕かフックだ!」


 ピーターパンの開戦宣言だったのだろうか、そのセリフに思い切り被せるように、


「うわぁぁあっ!!」


 叫び声と一緒に、誰かが空から降ってきたのだった。

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