第五話 得るものと失うもの

 ——聞き間違いか?今、入らないかって言った?


「うちに入らない??」


 もう一回、聞いてきた。疑う余地はなさそうだ。


「その…、僕まだ高校生ですし…、別に鍛えてるわけでもありませんし…」

「問題ないさ!ボクの作ったシステムは完璧さ!」

「作った…?」

「そう!キミの使ったチョーカーは僕がつくったものさ」


 なるほど、あの首輪は、彼が開発している装備なんだな。


「その完璧なシステム、問題があるんじゃありません?」

「なんで?」

「だって…、その…、僕ひどい目に遭いましたし…」


 僕がそう言うと、キドウはなんだかこちらを馬鹿にするように笑い出した。


「ははは、それはそうさ。だって、キミはからね」

「…やっぱり、そういうのがあるんですね」


 『適正ユーザーではありません』か、あの音声はやはり、そういうことだったのか。


「それで…、どうするんだい?」

「……?」

「うちに入ることだよ!」

「ああ…、そんな急に決められませんよ」

「そうかい?」


 キドウはまた近づいてきて、今度は耳元で囁くように言ってきた。


「……………?」

「……‼」


 僕はハッとした。確かに、僕は楽しんでいた…ように思う。でも、それとこれとじゃあ話が違う。


「うちに入ったら、また楽しめるよ~?」

「?それってどういう…」

「そのままの意味さ!」


 キドウは、なにやら楽しそうに、アタッシュケースを取り出した。そして、それを開き、僕にその中身を見せつけてきた。


 ——これは…⁉


「キミに、これを…、【バトルチョーカー】をプレゼントしよう!」


 僕の心は、揺れていた。そこには、自分の求めていたものがある。それは、今まで気づかなかったけど、ずっと僕の深いところに存在していたもの。


「……ちから

「そう!人類が亜人に対抗するための手段。そして、キミの力になるものだ」


 ますます僕の心は揺れる。


 ——すごく欲しい…!今すぐに手に取りたい…!


「さあ、どうする⁇」

「………ます」

「もう一回」

「やります!入ります!」


 気づくと、そんなことを口走っていた。ダメだなあ、思ったことが口に出ちゃう。まあ、どのみち我慢できなかったか。


「いいね!これでキミは今日から正式にうちの隊員だ!ブラボー‼」


 キドウはすごくうれしそうだ。まるで、子供みたいにはしゃいでいる。


 でも、気のせいだろうか?その顔に浮かんでいる笑みが、すごく不気味に思えたのは。


「そろそろいいか?」


 先ほど、話をさえぎられてから、ずっと黙っていたオソレダが聞いてきた。


「ああ、悪かったね。ありがとう」

「まったく、お前はもう少し落ち着きを覚えたらどうだ」

「ああん!チクチク言葉はやめてくれたまえよ!」


 キドウの様子に少し飽きれ気味に、オソレダは僕のほうへ向き、話し始める。


「……、それで、赤根執あかねまもる…だったか」

「はい」

「もう少し、詳しく説明してから、入隊について聞こうと思っていたのだが…、本当にいいんだな?」

「もちろんです」

「そうか」


 オソレダは、少し間をおいてから、もう一度話し出す。


「くどいようだが、いいんだな?もう、今まで通りの生活は遅れんかもしれんぞ?」

「それは仕方ないです、自分で決めたことですから」

「わかった」


 まあ、当然だよな。実際、こんな子供に任せられるようなことじゃあないと思うし。それでも、僕が決めたことだ。むしろ、今の僕は、これから起こる未来に心を躍らせてさえいる。


「それで、赤根の所属先はどこになるんですか?」


 柔楽が、いいタイミングで切り出す。所属とかあるんだな、本格的だ。


「そうだな、まずは実動部隊でいいだろう。そのほうが、こいつの実力も知れるというものだ」

「それでは、配属される班はどうしますか」

「はいはいはいはい!それについてはボクからいいかな⁉」


 この人、一人だけキャラが違いすぎるだろ。自由な人だ。


「ズバリ!43班なんてどうだろうか?」

「それがいいだろうな」


 そんな風にあっさり決まっていくが、僕は質問をする。


「どうして、そこがいいんです?」

「キミが出くわした場面に駆けつけたのが、43班なんだよ。そして、今は戦える二人がケガで入院してしまってね」

「なるほど、欠員補充というわけですか」

「そういうことぉ~」


 クロカワと黄瀬…だっけ?同じ班なんだし、そのうち挨拶に行くとするか。


「それで、出勤についてなんだが、自宅からとここからのどちらか、希望はあるか?」

「そうですね、せっかくなのでここからにします。そのほうが、都合がよさそうですし」


 どうせ、家には誰も居ないしね。


「そうか。細かい書類などは後で作成するとして、何か必要なものがあるなら、荷物をまとめてこい」

「わかりました」

「それと、があるなら、それも済ませておけ」


 ——そうか。これからはできなくなることもあるんだな。


「よし、柔楽。赤根を家まで送ってやれ」

「わかりました」

「お願いします」


 僕は、ひとまず家に帰ることになった。





 家までは、柔楽さんが車で送ってくれた。車内では、いろいろなことを話した。まず、機動さんと、恐田さんの名前がどういう字を書くか。それから、柔楽さんについてもいろいろと質問をした。彼は、見た目ほど怖くないこと、部下から慕われていること、僕のことを心配してくれていること、そして、意外とかわいいものが好きなこと。たくさん話してくれた。盛り上がってきたところで、家へと到着する。


 一日も経ってないはずなのに、妙に懐かしく感じる。本当に、今日はいろいろなことがあった。


「それじゃあ、明日の朝に迎えに来る。準備はしっかりとな」

「はい。ありがとうございます」


 彼と別れた後、僕は家に入る。いつもの家、いつもの香り。


「ただいま」


 もちろん、返事はない。いつものことながら、もうやらなくてもいいよな、と思う。


 そして、荷物をまとめるために、僕は自分の部屋へと向かう。


「ここも、いつもと同じ。まあ、当然か」


 そんなことを言いながら、荷物をまとめていく。といっても、そこまで持っていくべきものは多くないので、荷物は少ないだろう。


「こんなものか」


 ある程度終わったあたりで、僕は決断する。


 ——あとは、あれだな。


 僕は、学校へと向かった。もう五限が終わる頃だろうか、すっかりサボっちゃったな。なんだか、惜しいことをしたと思う。


 ——まあ、


 僕は、学校をやめた。

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