another time 25

今回の転移が起こったのは風呂に浸かってる時だった。

立ちあがろうとして足を滑らせ、湯の中に後ろから倒れて頭が全部沈んだ。


素早く起き上がって咳き込みながら呼び出しボタンを押した。

ナルシが飛び込んできた。


「転移がまた来る!」

ナルシは咄嗟にショウを湯船から洗い場に出すと座って抱きついた。


ショウの身体が少しずつ透明になっていく。

この頃には中の祥一郎達は四人まで減っていた。

「まさか、まだ重さが足りない?」

「いや、大丈夫な筈だ」

「でも、でも、透明になっていく」ショウは泣きそうになった。

「まだ感触はある、耐えろショウ!」ナルシは更に抱き込んだ。

狭い風呂場に突風が立ち上がる。転移に巻き込まれる!


狭間の祥一郎に習った通り、力を込めてイメージした障壁を自分の周りに作った。しかし、彼とは力の差がありすぎる。

「嫌だ!行かへんで!!」


風に負けそうになりながら叫んだ。



きゃ〜〜〜〜


急に

悲鳴が聞こえた。


すると激しく渦巻いていた風が突然止んだ。


バシャーン!


大きな音がして、湯船のが大きく立ち上がった。



ナルシにしがみついていたショウが恐る恐る顔を上げた。

「風が止んだ?」


「ショウ!透明じゃ無くなったぞ!」ナルシが叫んだ。

「あ、ホンマや!嘘!もしかして、転移無くなった?」

ショウは自分の両手をグーパーしながら確かめている。


「ショウ、良かった、本当に良かった!」ナルシは半泣きでショウを抱きしめた。

「ナルシ、痛いよ!そうだっ、祥一郎達無事?誰も転移してない?」

『〜〜〜〜』「え?」


「ゲーッホゲッホゲッホ、ウェー」

バスタブに盛大に水を吐き出したが、再び湯の中に

沈んだ

女の子がいた。


「うわっ、えーーっ!」「誰だ?」

「祥一郎達、落ち着いて!」言いながらショウもパニックを起こしている。


久々に頭の中で興奮した祥一郎達が、てんでばらばらに何か叫んでいる。

「取り敢えず出さな!」

ショウはナルシと急いでその女の子を引き上げた。


「どっから現れたんや?この子、今ので転移してきたんか?」ショウは自身が裸のことも忘れて、思わずナルシに聞いた。

「僕に聞くなよ、祥一郎達は?」

ナルシはほっとして女の子を抱えたまま座り込んでしまった。

「今パニック状態で、もうちょっとしたら落ち着くと思うんやけど、まだ何言ってとるかわからへん」


ナルシはショウに何かあると必ず祥一郎達に聞いてくる。普通に馴染んでるナルシに苦笑した。


水を吐かせた後グッタリしている女の子を、取り敢えず服を脱がせてバスタオルでくるみ、ソファーに置いた。

「なんか、服が大きいって言うか大人用みたいなんだが?ブラジャーと揃いのパンティがあった」

濡れた女の子の服と自身の服を洗濯機に入れに行ったナルシが首を傾げていた。

「どこから来たんかな」ショウは少女の側に付いていた。

ショウは彼女の濡れた黒い髪が顔に貼り付いていたのを取ってやった。

まもなく、少女は目を覚ました。


「気分はどう?」

ショウが覗き込むと、少女を見た祥一郎達は一斉に叫んだ。


「「「「塩かけ爆弾女〜〜!」」」」


え、それって。そのまんまや。

少女は目をきらきらと大きく見開いた。

開口一番、

「古川さん、やっと会えましたね。感無量です!相変わらずお美しいですね!さすが古川さん!」

と捲し立てた。

「久しぶり!相変わらずありがとう。でも夕凪、なんでか、ちっちゃい」

ショウは驚きと呆れで呆然として呟いた。


「知り合いなのか?」

後ろからナルシがやって来て後ろから女の子を覗き込んだ。

女の子夕凪は上半身を起こすと、目を見開いた。

「あらやだ、男前。私、如月夕凪と申します。古川さんとは古い付き合いです。まあ、10年ほど空いてた期間もありますが」

「礼儀正しい子だね、よろしく、鳴島響だ。でも君10年前は産まれてなさそうだぞ?」

ナルシが可笑しそうに言った。


「え、何で?私28歳ですよ?そんなに若く見えます?嬉しいな」

夕凪は無邪気に喜んでいる。

「そうじゃない、6、7歳くらいにしか思えないけど。面白いな、夕凪ちゃんは」


「え?夕凪、ちゃん?」いつもの自信満々な態度が落ち着きを無くした。


「鏡見てみ?玄関横に姿見あるから。歩ける?」

ショウが言うと夕凪は変な顔をしてソファーから降りた。


が、歩き出そうとするといきなり前のめりに倒れた。

「夕凪大丈夫?」すぐにショウが起こしたが、夕凪は起きた時に自分の手を見てプルプル震え出した。

「何?この手?」

ショウは腰が抜けてしまった夕凪を、仕方なく頑張って抱っこして鏡の前に連れて行った。


「古川さんに抱っこされてる子は誰です?」まだプルプルしながら鏡を指差した。

「夕凪だよ!認めなよ。君何でか若返ったみたい。えーと、なんやっけ?てんせい、そう転生したんかも!」

ショウは呑気に適当な事を言った。

「下ろしてください!」

夕凪は鏡ににじり寄ると自分を見つめて顔を触りながらブツブツ言い始めた。


「何で私こんなに小さくなってるの?この顔はどう見ても私の小さい時と同じ可愛さ。転生だったら赤の他人になるんじゃないの?それに第一死んでないし、異世界の穴にハマったとか呼ばれた?」

夕凪は立ち上がると鏡の縁を両手で掴んだ。

「いや、そうよ!呼ばれたのよ!よりによってあいつに!いやそうじゃない。祥一郎さんに!

あーでも小さい時から私ってホント可愛いかったんだ〜。古川さんもきっとメロメロね。特に狭間にいる祥一郎様に見せたい〜」


「夕凪、夕凪!僕は間違ってもメロメロにはなんないよ!夕凪なんか混乱して危ないし、話がずれてってる。どうしてここに来たんか、なぜそんなに小さい子になっとるのか、ちゃんと聞きたいんやけど!」

ショウは後ろから苦情を言った。

いつもの夕凪なので、特に気を使ったりしない。


「はっ!私としたことが!」夕凪は我に帰って辺りを見回した。

「転移はどうなりました?」

「聞いてくるの遅いよ、全く。転移何でか治まった。祥一郎達も無事。で小さい夕凪が降ってきて湯船に浸かってた」


「元気ならソファーに座って?タオル落ちてるよ、ジュース飲むかい?」

大人の夕凪を知らないナルシは彼女を完全に子供扱いだ。

「できれば紅茶でお願いします!」ちょっとムッとした感じだったが、バスタオルが落ちて素っ裸になっていた。

夕凪は慌てて「胸が、全然無い!」とバスタオルを巻いた。


小さな身体に慣れないのか、ゆっくりてこてこ歩いてソファーに行って、勢いをつけて上に飛び乗った。

ショウは慌てて自分のトレーナーを持ってきて被せた。

(下着は後で急遽買いに行かされた。)


紅茶の用意ができると、ナルシは「どうぞ」と丁寧に勧め、「ありがとうございます」と夕凪は澄まして一口飲んで言った。

「久音のヤローと祥一郎さんが私の部屋の窓から連絡をくれたんです」

ショウは思わず立ち上がった。


「また、来れるようになったの?」ショウは久音にされた行いを思い出して背筋が寒くなった。


「いえ、久音一人ではもう無理ですって。今回だけ特別に、久音は手助けだけ、祥一郎さんの力を使って窓を開けて、しかも彼の力が強くなったんで声も届けられたって言ってました。まあ、私のいる所が1番繋がりやすかったようです。それで私が古川さんの方で転移が来ることを知ったんです」


「大丈夫そうだよ、落ち着いて」ナルシはショウの肩を抱いて座らせた。

「まだ、久音いるんだ」複雑な心境になった。

「でも、あいつ、今の私と同じくらい、ちっちゃくなってましたよ。髪と目は前と同じだったけど。可愛さは私の方が断然勝ってます」


「可愛さはどうでもええ。久音消えそうやったのに、よく祥一郎が久音の存在を許したね」

ショウはいつも通り夕凪のおかげで冷静になった。

「可愛さは武器ですよ。あの二人意外と仲良さげでしたよ。祥一郎さん、アイツの頭なでなでして怒られてたけど。でも彼らの力の差は歴然でした。今のアイツならあの祥一郎さんに絶対勝てません」

「呪いの紐が効いてるんだな」中の祥一郎が言ったら他のも頷いていた。「呪いって…」


「転移を塞ぐには此処に来れる私が押し返すしかないって言われたんです。だからこの世界に導いてもらったら、丁度転移が始まったのが上から見えたんです。やっつけるイメージしたんですけど、なかなかできなくて、それで転移の風を外から包んで、力を思い切り込めてグシャって押さえつけたら、消えたんです!!で、そのまま落ちちゃって、こ、こんな姿に」


夕凪はだんだん声が小さくなって終いには泣き出した。

「しかも全然力が無くなっちゃいました。どうしよう帰れない〜」


「えー、ほんまに?どうしよう!」

ショウはオロオロしたけど、彼自身も情けないが夕凪に頼ってばかりいたので、どうすればいいかわからない。


そして単に大声で泣いてる夕凪に手が付けられない。


ナルシが助け舟を出した。

「取り敢えず、様子をみよう。しばらく此処に居ていいから。そうだ、明日にでも服を買いに行こう」

「ナルシさん、優しい」ケロッと泣き止んだ。


「オイ」

「やはりか」

祥一郎達は既に夕凪の性格を読んでいた。

「夕凪はショウの恩人だからね」

「甘やかしたらつけあがるから駄目。ナルシ」

ショウは祥一郎達を代表して釘を刺した。


「どうしてこんな目に」と夕凪はまたグズグズ言い始めたが、やはり力を使いきったのは本当らしく、和室の布団に寝かすと直ぐに眠ってしまった。


「どうしよう」ショウは頭の中の祥一郎達に言った。

「助かったが、あの二人、夕凪に丸投げとは」

「夕凪ならいけると根拠なく思ったんやろね」とショウがしみじみ言った。


「適当すぎる」

「あの祥一郎ならわかる」

「そうだな。まあ、更に彼の力が強まってるし、感覚が鋭敏だから転移の予兆が離れていてもわかったんだろうが」

「え、狭間の祥一郎の事わかるんですか?」とショウ。

「逆にわからんのか?同じ祥一郎なのに?」

「えへへ、さっぱり」ショウはつい口に出してしまった。


今回ショウが試してみた方法は狭間の祥一郎から祥一郎達を経て教えてもらった。ただ、ショウの力は祥一郎達の中で最弱なので、過去久音にも良いようにされてしまった。


「どうしたら夕凪は元通りに?」

「多分、彼女の事だから、本当に力の限り全力でやったからのやと思う。もしかしたら今回は元に戻るまでだいぶ時間がかかるかも。前使った時はすぐ力は戻った。あれで全力や無かったんや」


恐ろしい、彼女の全力って一体。祥一郎の誰もが抵抗できなかった転移を『押しつぶす』力って。


「夕凪預かるの憂鬱だ〜。何しでかすか、わからへんのよー」

「でも、長期間なら学校とか考えないと」

「うわぁ、考えたくない。授業参観とか絶対嫌やー」


二日熱を出して寝込んでた夕凪だったが服屋に連れていってもらうと嬉々として選んでいた。

夕凪に付き添っている二人は色々話し合っていた。


「このブラかわいー」目を離したら夕凪が下着売り場へ行ってる。

「どこ行ってんだ!そしてそれまだ早いから!パンツと肌着でいいの!」ショウは慌てて子供用のところへ抱えて行った。

「お父さん、これ子供っぽ過ぎます」

「夕凪今子供だよ⁈しかも誰のお父さんやと?」ショウの口がひきつった。

「じゃ、お兄さん。誘拐してると思われますよ」

「…叔父さんでいいです」


夕凪は6歳児らしからぬ笑みで言った。

「では、ここの支払いよろしくお願いします、ショウ叔父さん」

カゴに山盛りになった服を見て

「限りなく不安だ」とショウはがっくりした。


ナルシはショウを助けたことで夕凪に深く感謝しており、夕凪も普通にしてると可愛い女の子なので、積極的に世話を焼いた。


更にナルシの事を「お父さん」と呼ぶので

「僕とショウの子供みたいじゃないかー」と喜んでいる。

「こんな子嫌だよ。ナルシちょろ過ぎるやろ」ショウは頭を抱えた。


結局、三ヶ月程で力は戻ったが、姿は子供のまま戻らなかったので、ショウの転移からの防波堤としてこの世界で暮らしていくことになった。

小学校は行ってみたものの、半日で切れて帰ってきた。

「まあ、他人に迷惑かけるぐらいなら不登校の方がいいや」と諦めた。

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