another time 17
久音が姿を見せるようになって、また、襲われないかとショウは家に一人でいるのが怖くなっていた。
久音はショウが一人でいる時に少しでも眠ると、それをきっかけに現れるようだった。寝ないように頑張っていても、知らない間に眠っている。
すると現れてナルシが帰ってくるまで、久音は一方的に昔のことを話し続ける。
ショウが頷いたり首を振ったりすると喜んでくれるが、ナルシやショウの事を責めることも止めない。
相変わらずこちらからの呼びかけに一切応じない。おそらくこっちの音が聞こえていないので関心が余りないのだろう。
何故、どうやって世界を超えて此処に存在したり帰ったりできるのか久音は話そうとしない。
ショウとの思い出を何回も繰り返し語る久音が堪らなく可哀想で彼の孤独を思い悲しかった。
ある日、とうとう恐れていたことが起こった。
久音からいつものようにやってきて思い出を静かに話していたが、段々ショウを責める言葉になり、最終的に興奮した久音についに無理矢理押し倒された。
外に逃げようとしてもドアは中からもロックされているし、その前に物凄い力で捉えられて動けなくなり、ベッドに運ばれてしまう。
それからナルシが帰ってくるまで延々と抱かれ続けた。
いろんな体位をさせられて、遂に嫌になって泣いても喚いても許してくれなかった。前は強要されたことがない口淫も無理矢理させられた。
気絶すると、髪を掴まれて頰を強かに叩かれたり、首を絞められたりで起こされた。何をされても後で全く痕に残らなかったが、苦しくて痛みだけが残った。
ようやく、ナルシが帰ってくる気配を察知したのか行為を止めた。
グッタリしているショウを、片手で脇に手を入れ抱き上げて、ずるずる引きずっていく。もう片手はショウの寝巻きの上着を掴んでいる。
疲れ切って抵抗できずされるがまま、何処いくの?と聞いてもやはり返事は無く、無言で和室の前まで来た。
「ここに居ればナルシは入って来んのやろ?今日は僕だけで充分可愛がったんやから、もうええやろ?はよ入って寝とけよ」
ぶっきらぼうにそう言うと上着をショウの上に落として消えた。
『どうして畳部屋の事知ってるんやろ?』
久音の買う通り、確かに、この上ナルシの相手は無理だった。
ショウは上を羽織ると這うようにして入り口のドアが開く前にどうにか中に入り、引き戸を閉めた。真っ暗な中、布団を出す余裕もなくてそのまま気絶するように眠った。
朝アラームの音で目が覚めた。
だが、身体が鉛のように重く、関節があちこち痛い。
やっとのことで立ち上がり、戸を開けてナルシの寝ているベッドまで行った。
ナルシは広いベッドで一人なのに左の方で寝ていた。
居ないのに僕の寝るところ空けてるんや。
クスッと笑ってそこに倒れ込むように横になった。
「ショウ?おはよう!」ナルシはベッドの振動で目覚めて横にショウがいたので喜んで抱き寄せた。
「なんだ、そんな格好で。朝から誘って、ショウ⁈」
『ナルシ、僕は本当は―僕は本当は違う世界から一人転移してきて、でも、ずっと言っていた久音がそこからやって来て、僕を責めるんだ』言いたくても無理だった。
代わりに涙が溢れてきた。
「ショウ、どうした?熱いぞ?熱がある!」
「そうなん?ナルシはいつも僕の事気にかけてくれて、有難うな」
ショウは起きようとしている彼に必死に抱きついた。
「当たり前じゃないか。いつでも僕は君に夢中になんだから」
「僕、ナルシに返されへん」
「いいんだ、僕がしたいだけだから」彼はそう言って額にキスしてショウを抱きしめる。いつも言われる事だ。
「相手にしてくれるだけで充分だ」
申し訳なく思いつつも安心感に包まれてショウは今度は意識を失った。
久音にされたことがショックだったのと肉体疲労からか熱を出し、それから三日間寝込んだ。
その間寝たり起きたりだったので、久音はさぞ喜んでやりたい放題するだろうと悲壮な覚悟していた。
実際はナルシのいない間に二、三回来て心配そうに覗き込んでしばらく手をショウの額に当て、何も言わずに消えていくだけだった。
やっと起き出すと、ナルシにはひどく心配されたが事務所に仕事に行った。
蒼海さんも気遣ってくれたが、仕事が溜まっていたので例によってとても嬉しそうに割り振ってくれた。
しばらく久音に会いたくなかったので、ナルシが帰ってくるまでは外で時間を潰して、家に入らなかった。
しかし、ナルシのいない時にある覚悟をして家に帰った。久音に文句を言おうと手紙に書いてすぐ見せられるようにズボンのポケットに入れた。
家に入った途端、昏倒した。
「ショウ」
久音の呼ぶ声に起き上がった。
「久音、いきなり酷いな。頭打ってたらどうすんねん」
思わず言った。
「床に着く前にベッドに乗せといたから大丈夫やで」
言われる通りベッドの上だった。
「ショウは相変わらず軽いからな」
心なしか、いつもより口調に覇気がない。
「久音、どうしたの?元気ないね」
返事がないのはわかっていたが久音の様子が心配になって声をかけた。
彼は泣きそうな顔になり、横に立ったまま頭を下げた。
「ごめん、熱出すまでやるなんて。嫌がってたのに余計腹が立って、無理矢理、ホントごめん。僕ホンマに酷いヤツになってしもうた」
「久音、聞こえてるの?」
「お前がなんか言ってる事は分かるけど、聞こえへんねん。今までそれをいい事に、迷惑やと、思うてたけど、止められへんかってん」
「新しい世界でも楽しそうで。僕がいなくても普通にやっていけてて羨ましくて。ショウは相手もできて、僕だけ一人で悲しくて、恨めしくて気が狂いそうやってん」
「久音」ショウの目から涙がポロポロ溢れた。やっぱりそうだったんだ。
「ショウとしてる時が一番身近に感じられて、気持ち良くて。ショウも感じてくれとったからメッチャ嬉しかった」
ちょっと間が空いた。「それは違うよ」抗議したショウを久音は見た。彼に書いた手紙を渡さねば。
「どうして僕が、こんな不完全状態でもショウが来た世界に居れるんか知ってる?」
ハッとした。1番聞きたかった核心に触れられる事に固唾を飲んでこちらも見つめた。
「僕、あれから十年後に死んだんよ」
「十年⁈」衝撃の告白に息を飲んだ。
「嘘だっ、久音!何で?」
こちらの世界は自分の年が変わらなかったから、そんなに時差ができていたとは思わなかった。今まで前の世界のその後のことはわからなかった。
よく考えたら充分あり得ることだ。
そのまま違う世界に同じ時間軸でスライドしていたのは自分だけだったのだ。
「君が忘れられんで何回もあの家に行こうとしても、辿り着かれへんかった。
鍵を家のポストに入れてもうたせいちゃうかと後悔したわ。手元にあれば、繋がったかもしれんて。どうかわからんかったけどな」
「だから癌になっとうことが分かって嬉しかった。やっと死ねるって。死んだらショウのとこ行けるかもしれんて。もしくは無になって、こんな虚しい苦しみから解放されるって思うてな」
「そんな、そんな、久音、そこまで思い詰めとったんか」
「早く死にたかったから治療受けへんかってんけど、痛みがひどくて、あまりにもしんどくて、死ぬまで待てんかってん。とうとう耐えられへんで首吊って―」
「久音、もう、いいよ、言わんでええよ」大声で言ったが独白は終わらない。
「死んだはず、だったのに消える手前で止まってしもうて、魂だけになった自分が気が付いたら何もない薄暗いだけのところにいたんだ。しばらくしたら、なんか不思議な力が出てきたんや。それで其処から平行世界が見えて破れ目がわかるようになった」
「破れ目?世界に破れがある?」
「其処から無理矢理他の世界に行って探したよ、ショウを。最初の頃は他の世界に入る時、破れ目を無理矢理通るから、体がちぎれそうになる位痛かった。力もごっそり無くなるし。そんでやっと別の世界へ入ると先々で居るんだ、古川祥一郎を名乗る別人が。僕のショウを随分探したよ。顔や声は同じなのに、みんな性格ちゃうねんで、知っとう?」
久音は泣き笑いの顔でショウの頬を撫でた。
「ショウ見つけんのにどんだけ時間かかったか、わかる?そして、やっと、やっと見つけた」
ショウは久音に抱きついた。
「久音、そんなに僕を探してくれてたなんて!」
涙が止まらなかった。ショウは久音に会いたいと言いながら周囲の人間に寄りかかるだけで何もしてなかったからだ。
久音はショウの肩をドンと押して自分から引き離した。
「久音?」
「ショウ、もう、逃がさへん、二度とな!」
低い声で言うと、久音の目が赤くぎらりと光った。
青白い肌、真っ白になびく髪が徐々に現れる。
「久音、だよね?」
見る間に様子が変わっていく久音に云い知れぬ恐怖を感じた。思わず後ろに下がった。
久音はショウに飛び掛かると彼の細い首に手を掛けて締め上げた。
「昔、刃物で刺し殺そうとしたけど、重い物は持たれへんかってん。これで逝けるんや!」
「久音、どうして」
ショウは手を剥がそうともがいたが、久音はショウの首を容赦無く締めながら、身体を軽々と持ち上げた。
この前首を絞められた時の加減とは雲泥の差だった。
息が全くできないまま、頭に血が上り目の前が真っ赤になり、次第に暗くなっていく。
久音の手を掴んでいたショウの腕が力を失いぶらんと垂れ下がった。
「覚えてるか?凛音は夕凪を締め殺して、何もならんかったよな!ショウはどうなると思う?ああ、楽しみや!」
ああ、やっぱり、久音は変わってしまった。僕のせいや。
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