another time 14

次の日、蒼海のモーニングコールがキッチリかかってきたが、気力が無くて休ませてもらった。


その次の日も当然の様にかかってきたので、やっと行くことにした。

蒼海の満面の笑みで迎えられ、箱を渡された。

「名刺ができました!」

「いや、まだ今日で二日目で半日しかおらんのに」


呆れたが一応受け取った。

「ずっと来てくだされば大丈夫です。こういうのは形から入らねば」

「働かす気満々ですね」

「逃しませんよ」


もともと空いていた事務机に座らされて置いてあるパソコンを開けるとナルシと颯人の予定表が途中から空白になっていた。

「最近二人への仕事依頼のメールが来過ぎて把握できなくなって…メールチェックして予定表に入力して下さい」


「う、面倒ですね」

「被ってたら別に書き出して下さい。よろしくお願いします!」

来る時間に文句は言われないので、仕事は真剣にやらんとなあと渋々始めた。


今日は十時から来たのだが、来た時から上から時折大きな音がする。

止まないのでついに言った。

「社長の家、リフォームかなんかしてるの?」

「はあ、まあ、急に頼まれて。此処に入ってる建設会社に無理言って紹介してもらって、今朝からやってもらってるんです」


パソコン越しで蒼海の顔は見なかったがウンザリしているようだった。

「各階の会社に連絡するのが面倒で。まあ、大規模なものではないので、直ぐ済むとは思うんです。気になるだろうけど、気にしないで」

「気にはなりますよ、絶対」

ゴトン、とまた音がした。


十二時になって昼飯に誘われて断ったが「社長命令です」と強引に連れ出された。

「昼休みが取れるなんて夢の様」と蒼海は本当に嬉しそうだ。

でも、毎回ナルシの奢りと言われて逆に気を使う。


夕方は急ぎの用事が無ければ五時で、あっても六時で帰される。


朝は毎日のモーニングコールと目覚ましを新たに買い、スマホの目覚ましと三段の構えで何とか生活リズムを変えて九時、時に二度寝しても十時に出社できるようになった。


事務所に通い出して一ヶ月程経った。

最近ナルシの誘いはずっと断っている。たまに食事には行っても、飲みにも行かず、それで帰る。


当然ナルシは不満タラタラで、ついに新しい恋人ができたのか聞かれた。

そう嘘をつくか迷ったが、自分の演技力の無さではボロが出そうで、久音しかいないと改めて答えた。


翌週の火曜日、蒼海に休みをもらってる水曜の予定を聞かれた。

ナルシは用事があると言ってた。別に聞きたくは無いのに、一々ショウの休みの日や、自分の仕事が早く終わる日の自分の予定を伝えてくる。蒼海にナルシの予定を聞かれるほどだ。


「夕方買い物に行くけどそれまで家に居ます」と答えた。

「遊びに行っていいですか?」

と蒼海が珍しく遠慮がちに聞いた。

どうしたんだろう?

「いいけど、社長は連れてこんどいてや。部屋の番号も下に着いたら教えますから!」とこれだけは言っておいた。


住所とマンション名までは履歴書に書いたが部屋番号は書いてない。ナルシに車で送ってもらってもマンションの前までだ。洗濯物は外に干さないし表札も出してないので探しようが無い、とこの時は単純に思っていた。


「勿論です。颯人君は連れていってもいい?前から行ってみたいと言ってたから」

意外な人物に驚いたが反対する理由はない。

「彼ならいいよ。でも、うちは何にもないよ」

「大丈夫です!つまみや酒は持っていきます」

被せ気味に言う。

「昼間から飲むんですか?」

「ゆっくり飲ませます」

「そうじゃなくて」

「そうだ、颯人君は綺麗好きなんで軽く掃除さえしてくれれば」

と言われた。

「それは、意外ですね」聞いたことがなかった。

「彼はホコリアレルギーが多少あるので」

「そうでしたか」

ちょっと強引なような気がしたがどうせ休みの日に掃除するので了承した。


「では、一時に来ますから、絶対家に居て下さい」

と念を押されて

「じゃあ、午前中に掃除しときます」と答えて帰った。



水曜日。

十時位に起きて掃除を始めた。人が来るからと気合が入ったのか普段掃除をしない所をしたり、ついでに前の祥一郎が置いていた古い雑誌や要らないものをまとめてゴミ捨て場に捨てた。


ベッドの下が空いたのでそこも掃除機をかけた。

「ホコリ、いっぱいやった」

掃除機の中のゴミが溜まる所がベッドの下半分だけで一杯になった。

そんな所に平気で住んでいた事に愕然とした。


最初に来た時から、家具やベッドは動かしてなかった。模様替えをするような気力も無かった。

前の祥一郎はもっと無頓着だったからベッドの下に埃が溜まるって考えもしなかったかも。下に雑誌を無造作に置いていて、その上にも埃が随分溜まっていたのだ。


全然やってなかった拭き掃除までして、綺麗になったと部屋を見渡して達成感に浸っていると玄関のチャイムがなった。

まだ十二時半で約束の一時にはちょっと早いなとモニターを見ると蒼海が全面に写り、颯人らしき人が後ろに微かに見えた。


「今、開けまーす」

この後、連絡はしなかったのに部屋までやって来た二人に、深く考えずドアを開けた間抜けな自分を、後で注意されしばらく落ち込んだ。



「こんにちは〜」と元気よく蒼海が入ってきた。玄関で出迎えると、立ち止まってニッコリ笑った。後ろに俯いた颯人が立っている。

「狭い玄関やけど、どうぞ入って下さい」手で促して蒼海に背を向けた。

「中も狭いんですけど」


「颯人!」


急に蒼海は叫んでショウの横を無理やりすり抜けた。

颯人はショウの両手首を掴んでを後ろ手にすると片手でまとめて手錠を掛けた。

「え?何?」


前に回った蒼海はいつの間にか手に握られた紐をショウの身体に腕ごとグルグルと巻きつけた。

「痛たたたたっ何や⁈颯人?蒼海さん⁈靴!靴脱いで」

ショウはパニックで正常な判断ができなくなっており、この際はどうでもいいことを言ってしまった。

手錠や蒼海に気を取られていると颯人に両足も縛られた。


「二人とも何なん?遊びにしてはタチ悪いで!僕そんな趣味ないで!」と叫んだら布で猿轡された。ムグムグ言うショウにお構いなく2人がかりで彼の身体を持ち上げて玄関から出ていく。


「お願いしますっ」

とまた蒼海が叫ぶと、「お任せ下さい」と玄関にいた作業着の男性一人と女性一人が入れ違いに入っていく。

「誰?」モニターに映らないようにしていたのか!


ショウはうんうん唸って身体をくねらせたがそのまま運ばれていく。

外へ出ると小型トラックが止まっていて後ろが開いているのが見えた。

一瞬中に放り込まれるのかと身構えたが、そこを通り過ぎたところに馴染みのある車が停めてあって、後部座席の真ん中に詰め込まれて両方から蒼海と颯人が座った。


猿轡だけ外された。

「ナルシっ!これは一体どういうことやねん!」と怒鳴った。飛び出そうとして二人に抑えられる。


運転席には当然ナルシが座っていた。

「引越しする」

「はあ?」

「荷造りを全部業者に任せたから楽だろ?」

「そんなんどうでも…ええ⁈何で?僕はどこへ連れて行かれんねん!」

ナルシは平然と車を走らせた。


「僕ん家だから安心して」

ショウはそれを聞いてざあっと血の気が引いた。

「何でそうなる!」

「リフォーム終わったからな」

「そうか、いやいやいや、そうじゃない!僕は全く承知してへん!」

「だから拘束してもらった」

 

「いやー、人を縛ったの初めてだけど、ちゃんとできました」

蒼海が嬉しそうに言った。

「蒼海さん、何言ってるんですか解いて下さいよ!」


横でずっと俯いていた颯人は肩を震わせていたが、我慢できなくなったようで爆笑した。

「面白かった〜蒼海はバツグンのタイミングやし、ショウは思い切りビビるし。『靴脱いで』とか『そんな趣味ないですよ』っておかしー。腹痛い〜サイコー!」


「みんなヒドイわ。あんまりや。こんなん誘拐言うんや!」

半泣きで訴えたが誰も取り合わなかった。


「もう着くよ、蒼海、また猿轡して。騒がれたら面倒だ」

冷静なナルシに唖然とした。


ショウは二人を見ると、二人はにっこり笑った。

「え、また?ちょっ、やめて下さい!下ろして!」

「叔父さん、思い切り悪人じゃん」

と颯人は笑い過ぎて涙をこぼしてヒィヒィ言っている。


颯人がショウを押さえ込み、蒼海は言われた通りに口を縛った。

更に上から布を被せられたショウはまた二人に持ち上げられ、さっさとエレベーターに乗せられてナルシの家まで運ばれた。中に入れられ、ソファーの上で降ろされた。


猿轡を外されたが、拘束はそのまま、颯人は笑いながら、蒼海は「何かあったら下にいるからー」とすました顔で去っていった。


「今、正に何か起こってるやんか!蒼海さん、助けてー嘘だろー、颯人ぉ、置いていかんといてー、縄と手錠取ってー」

叫んだけど返事は無かった。

入れ違いにナルシが入ってきた。


「ひぃっ」近付いてくるナルシを見た途端悲鳴が出て震えが止まらなくなった。

拘束されていたが、そのままピョンと立ち上がる。


最近ショウが誘いを受けず、ナルシを避けているのを、不満に思ってついに暴挙に出たんか!

何されるんねや?無事に済むんか?


ナルシはヒョイとショウを抱えた。

「和室作ったんだ。君の部屋にいいかなって」

そのままの体勢で端に新たにできている部屋に行く。引き戸を開けると、まだ青々とした畳が敷いてあり押し入れもあった。

「僕の部屋やと??」

「6畳しかないけど。だから君のベッドとソファーは悪いけど処分させてもらう。ウチにもあるしね」

「そんな勝手に!」

「和室だから出入り口は引き戸なんだ。だから鍵はかけられない」

「嫌やよ、プライベートないやん!」

まあまあ、とそのまま畳に降ろされた。イグサのいい匂いがする。ショウは懐かしさに思わず嗅いでしまった。


「もう直ぐ業者が来るから申し訳ないけどそこにいて」

上半身の紐は解かれたが猿轡され、手錠はそのまま、足の拘束は膝を曲げさせられて追加された。和室の戸が閉められたので中は真っ暗になった。


ショウはどうにか解けないか畳の上で唸りながらのたうち回っていた。

業者がやってきたようで、段ボールが置かれていく音がしたが、ドア付近までで奥まで入って来なかった。


ナルシが「ご苦労様、これ、少ないけどチップと思って」と言うと二人の作業員達は喜んで「また何かありましたらお気軽にご相談下さい」と引き上げていった。


ドアが閉まると早足でこっちに来たナルシが勢いよく戸を開けた。

「ごめんごめん、明かりつけるの忘れてた」ショウは首を激しく振った。

「それより早く紐とか解け!」猿轡を外されてすぐ噛み付くように言った。

「それもそうだ」

と足と身体の紐を解いた。足の血が止まりそうだった。はあ、っと息を注いで座ったが手錠を外す気配が無い。


「手錠は?」嫌な予感がして畳を後ずさった。

「あ、颯人に鍵渡したままだった」

悪びれずに答えた。


「何でいつも大事なモンが手元に無いねん!」

勢いをつけて立ち上がると、手錠のまま玄関に向かった。外へ出れば何とかなる、かも。


開けようとして、戸惑った。テンキーを小さくしたようなものがドアの直ぐ横に付いている。後ろ手のまま閉じた形跡の無いドアを開けようとしても全く動かない。


「何や、これ鍵か?前はそんなんなかったやん」

余裕で追いついたナルシは彼の方へ振り返ったショウの肩を掴んでドアに押し当てた。

「中から開けるのは暗証番号がいる」ニンマリと笑って言った。


「嘘やろ、そこまでして、僕を閉じ込めたいんか!」

逃げられないと知って絶望した。

「いや、閉じ込めたいけど、ずっとって事はない。ここに住むのを承知してくれたら暗証番号教える。仕事もしてほしいし、オフの日は二人でどこか出かけたい。水族館でもいいよ」


閉じ込め?暗証番号?仕事?水族館?

ショウの頭の中は混乱を極めたが、ハッと気付いた。「部屋は?」「ん?」

「此処に住むって、ほな、僕の住んでた部屋は!」

「解約した。ガスと電気止める手続きもした。後はここへ住民票移すだけだ」

「解約なんて、どうやって?」

「僕の会社の社員寮にしたけど、会社辞めても出て行かないし、家賃も勿論払ってないから、強制退去させるって。ちょっと管理してる不動産屋に凄んだら勘違いされて納得してもらえたよ」


「嘘やろ、そこまでして、冗談と言うて」

肩は緩んだが、ショウは立っていられなくてしゃがみ込んだ。


「最近僕を避けてたろ?だから先手を打った」

「先手打ち過ぎやろ!それで工事してたんか。でもだいぶ前…!その頃から?わざわざ僕を飼う為に?」

「飼うだなんて、とんでもない。ショウの好きな和室有れば良いかなって思って。いつも通り自由にしてくれていいよ。僕の目の届く範囲ならね」


ナルシはショウをソファーに促した。

「アホか!それを飼うって言うねん」

「監禁とは言わない?」

「監禁とも言・う・よ!!」やけになって叫んだ。


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