another time 11
いつの間にか眠っていたショウは、身体が熱くなったので毛布を退けようとしたが手が動かない。いや身体もだ。
身体が重いので目を開けたらナルシが被さっている。
「えっ?ちょう何で?」
身じろぎしたら身体の中で何かが蠢いた。
「嘘、また?」ナルシのが中に入っている。
「止めろ、抜けよっ」彼は無言で動き始めた。
ずんずんと来る振動に、次第に気持ちよくなってきて思わず声を上げた。ああ、駄目、イきそう…
ダーン、ガラガラ…
衝撃音と何かが崩れる音がした。
思わずそちらを見た。
「ショウ!何してんねん、そいつ誰や」
ひゅっと息が止まった。横を見ると少し離れた所で真っ青な顔をした久音が立っている。久音の前の透明な壁がそこだけ崩れていた。
「ショウ、会いたかった、ずっと会いたかったのに!お前は違ったんやな…」
とんでもないところを見られたと羞恥で体が震えた。気持ち良さなんて吹っ飛んだ。
ナルシが退かないので必死でずり上がった。
「そんな事あらへん、僕は久音のことずっと思っとったんや。僕だって会いたかった。でも、夕凪もおらんし、僕には転移を止める何の力もないんや」
「なんやねん!僕はずっとショウのこと探してたのに。見つけた思うたらすぐ違う男に抱かれとるやないか、裏切り者!」
「ちゃうよ!こいつは無理矢理僕を!そや、こいつは身体だけやねんて!つい、寂しくて。本当に好きなんは久音だけやから。待ってぇ、久音!今そっち行くから!」
ショウは慌てて抜け出そうとしたが、ナルシが上から押さえ込んで身体が動かない。
久音が泣きだした。
「ずっと寂しかった。一緒に居たかったのに。会って抱きしめたかった。なのに自分だけ相手見つけて、酷いやないか!」
早く行かな、追いかけな、せっかく開いた境目が閉じてしまう。
透明な壁の崩れは段々逆回しの映像のように戻っていく。
「放せ、放せ!」叫ぶけれどナルシにがっしり抱え込まれて全く近付けないまま、久音が離れていく。
「久音!行かないで行かんといて!お願い、待ってーや!一緒に連れてって。僕が好きなんは久音だけや!久音!」
「駄目だ、ショウ!ショウ!目を覚ませ!それは夢だ!」
両腕を掴まれてナルシに揺さぶられる。
「除け!止めてや、離せ、久音が行ってしまう!久音、久音!」
大声で喚いて思い切り暴れた。
あんまりや。よりによって何でこんな時に会うんや。
ショウはナルシに頭も押さえ込まれた。
「静かに、静かに!ショウ、落ち着け」
またや、またこの男に!何で僕に構うねん。
「ほっといて!あっちに行け!」
割れ目が元通りになって透明になった久音と共に壁が消えてしまう。声が聞こえなくなった。青白い顔をして落胆した久音を、最後に目に焼き付けたまま号泣した。
「行ってもうた!行ってしもうたやんか、久音、僕が悪かってん、許して」
気がつくとショウはナルシに膝に乗せられて毛布ごと抱かれたまま頭を撫でられていた。
「ショウすまない、遅くなって。また熱が上がってるんじゃないか?こんなにうなされて可哀想に」
ショウは彼には反応を返せず一頻り泣いた。
しばらくして自分をずっと膝の上で抱えてるナルシをぼんやりと見上げた。
ナルシはやっと自分に気付いてくれたショウにホッとした。
「凄く汗かいてるから着替えよう?な」ショウのベッタリと張り付いた前髪をかき揚げて、囁く様に言う。
「悪い夢を見てたんだ」
「悪い夢?そんな事、あらへん」
涙が流れるまま辺りを見渡した。
「やっと久音が、僕を見つけてくれたのに?」
「また、久音か。此処には誰も居なかったぞ」久音の名を出すと腹立たしいのか舌打ちした。
「此処じゃない、あっちなんだ」
ショウは即座に否定して下を向いた。言ってからハッとした。
「訳わからんやろ?単なる夢やし気にしんどいて」
「気にしんどいて、とは?」
「気にするな」
ショウは言い直したが、どうにも理解できないナルシは苦しそうにため息をついた。
「タオルと着替え持ってくる」とショウを下ろして端にある収納ロッカーへ行った。
『着替えって、一体何着買ったんや?』
ナルシが蒸しタオルと寝巻き、下着まで持ってきた。
ショウはナルシが側にいるので少し躊躇したが、汗で濡れて気持ち悪かったので、思い切って全部服を脱いだ。どうせ全部見られている、と開き直る。
タオルを奪うと、少しの間顔に当ててから身体を自分で拭いた。その後ナルシは頭と背中を拭いてやった。ショウは拒むのも面倒になってそのままさせておいた。
着替えるとバニラアイスがあると言われたので貰った。熱い口の中が一瞬冷たくなるが直ぐに溶けてしまう。それを食べてからまた薬を飲んだ。
「落ち着いたか?」
こっくり頷いた。目の周りが痛くて腫れぼったいし、身体は熱いまま、先程の狂態で疲れ切っている。
ナルシは散らばったクッションをどけてショウを丁寧に横たえた。
「シャワー浴びてくる」毛布をかけて頭を軽く撫でられてからバスルームへ去っていった。
グッタリと横たわったまま首まで毛布をかき上げた。
あれはなんだ?
久音をあんなに間近に見たのはこっちに来てから初めてだった。
本当に夢だったのか。
久音にあんなに責められたのが全部自分の思い込みにしてはリアルすぎた。
自分の不安定な世界位置の周りで発生したバグの続きということもあり得る。
偶然か、故意か、一時的でも壁が壊れた。平行世界を分ける壁。ショウと夕凪だけが不定期に越えられるが、壊れたことはない。
二人が何故実体のまま移動できるかはわからない。
前の世界と繋がるかもしれない。今までにないその可能性にゾクリと期待と不安が湧いてくる。
でもナルシはさっき帰ってきたようだし服も着ていた。冷静になってくると恥ずかしくなってきた。
要はナルシとsexする最中を久音に見られたという夢で、寝ぼけて我を忘れて思い切り久音と叫びまくって、しかも力の強いナルシがかなりの力で押さえ込まなければならないほど暴れて、号泣してしまったのが現実だ。
しかも自分を好きな人の前で久音と何度も言って。
久音にもナルシにも失礼過ぎる。
ナルシは怒っているだろうな。
罪悪感があるけど、でもどうしようもない。自分の気持ちは常に久音にある。
お互い一方通行の不毛な想いだ。
ナルシがベッドに戻ってきて横になった時、間を空けるナルシに罪悪感を覚えて少しだけ彼の方へ背中を寄せた。
「ごめんな。ありがとう。いつもこんな事はないのに」顔を見れず、そう言うのが限界だった。
「いいんだ、具合が悪い時は仕方ない。それに、僕が好きで勝手にしてる事だから」
ナルシは静かに言うと、手を伸ばしてショウの背中を優しくさすってやった。
ショウはそれが心地良くてリラックスしている内に寝入ってしまった。
寝息を聞いたナルシは手を止めてショウとは反対側を向いた。
「つらいな」
ショウに向けてなのか自分になのかわからなかった。
ショウが夢にうなされて言ったことだが、ナルシを思い切り拒絶していた。
『好きなのは久音だけ、こいつは身体だけ』
はっきり聞こえた。
しかも、ナルシは
まさか、本気で人を好きになるのがこんなに辛いものだったとは想像もつかなかった。
人好きのする整った顔立ちと話術で今まで恋人に不自由したことはなく、ジャグラーとして注目を余計に惹きつけて、気儘に相手を変えて過ごしてきた。
不動産を幾つも所有していた祖父の遺産でこのビルの権利をもらって、大阪に移住して管理をするようになった。遺言で働いていることが条件だったので、半分ふざけて自分の営業をする事務所を立ち上げた。ついでにモデルになりたい甥の颯人を預かって面倒を見るようになったら忙しくなった。
結果、自然と恋人と疎遠になってしまっても仕方ないなと思うだけで別に感傷は無かった。
水族館でのパフォーマンスはあの日を含めて2週間と、土日だけで二ヶ月の契約だった。
あの日、普通に休憩を取ろうとして、最後まで残っていたショウを見た瞬間、何かが変わった。
なんだろう、この儚気な、人間、いや、本当に人間という存在なのか⁈
男か女かと言う次元ではなかった。
そんなのはどうでもよかった。
柔らかな茶色の髪と優し気な透き通った茶色の眼差しで僕を見上げる。大きめのトレーナーで隠しているのだろうが華奢な身体付き。紙幣を持つ白く細い指を持つ小さな手。のんびりと話す声は男にしては高めだったが心地良い。
思わず呼び止めて、昼休憩のご飯を提案した。考えたら彼には食事を奢ってばかりだ。
横に座って美味しそうに少しずつ食べる彼は比護欲をそそられ、度々盗み見ていた。あまりに可愛くて、テンパリ過ぎて味も分からぬまま食べた。
極め付けはショウが何気なく僕の頬についていたソースを拭ってその細い指を舐めたのを見た時。その先の赤い口とちろりと動いた細い舌。
気持ちを彼に全て持って行かれた。今まで恋愛感情と思っていたものなど無いも等しい、強烈な愛欲に囚われてしまった。
ショウと絶対このまま別れては駄目だ、何としても繋ぎ止めたい、いや彼の全てを手に入れたい、等等湧き出す無限の強欲。あの時は本能のような衝動を抑えるのに必死だった。
トイレに行くと言った彼と少しも離れたくなくて連れて行った。
ショウは入ってから個室を指差した。
単にそっちで用を足すと示しただけだったのに、誘われたと思った。いや、都合よく思い込んだ。
連れ込んで抱きしめると華奢な身体に力は無く、そのまま抱え込んで連れて帰りたかった。
その前に彼の身体を暴きたかった。
結果彼の体の秘密を知ってしまったが、少しの嫌悪感もなかったばかりか、更に興奮してろくにほぐしもしないで犯してしまった。小さな身体に無理矢理僕を押し込んで悦に入っていた。最低の行為に及んでしまった。
終わった後のショウの様子に我に返った。彼は見るからに弱っていて、自力で立てなくなっていた。
「恋人がいる」がっくり落ち込んで呟いた声に、更に頭を殴られたような衝撃に襲われた。そんな可能性を少しも考えてなかった。
それでも、駄目だった。一応作った名刺を思い出して渡した。例え訴えられても彼と関われるのなら何でもいい。祈るような気持ちだった。
パフォーマンスを再開してクラブを操って終わりかけにショウが出てきた。僕の方を見ないだろうと思っていたら通り過ぎて離れた所で振り返った。
嬉しくてクラブの演技の大技をした。
彼は憎しみや非難めいた態度ではなく、戸惑っているようだった。演目を止めるわけにもいかず、僕は次の演目のブロック回しを始めた。
何を言うでも無く静かに彼は帰って行った。
それから連絡があるまで、悶々と日々を過ごした。
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