another time 6

事務所のドアを開けると、スーツを着た男が向こうもドアを開ける為かこちらへ向かって立っていた。


「ショウさん?」丸顔で目もまん丸な男性だった。思ったより若かった。

「はい、初めまして。ショウは通称で古川祥一郎と申します。蒼海さんですか?」

「そうです。マネージャーです」


彼は名刺をビシッと両手で差し出した。ショウは合わせて姿勢を正してから礼をして受け取った。

「僕は名刺無いです。鳴島さんはまだですね」

「そうですね、お約束は17時ですよね。まあ、いつも遅れてきますので、すみません」

「いえ、こちらが無理言ったので構いません」

あまりにも恐縮するのでフォローしといた。


蒼海は部屋の真ん中にあるソファーにショウを案内して座らせ、お茶を持ってきた。

「僕は個人的な用で伺ったので、構わなくてけっこうです。お仕事なさって下さい」

今度はショウが恐縮した。

「そうですか、それなら」おもむろに蒼海は向かいに腰掛けた。


「ショウさん」

急に値踏みするようにじっとこちらを見つめてきた。

向かい合うソファーの真ん中にあるローテーブルの上に置かれたお茶を飲もうと手を出しかけたのだが、蒼海の雰囲気が変わったので思わず居住いを正した。


「何でしょうか」

「あなたは僕の手伝いをしにきてくれる人でしょう?」

思いがけない質問に目を瞬いた。

「蒼海マネージャーの?」

「前から頼んでたんですー。此処のビル管理人と事務所の運営両方1人は無理ですって!付き人までさせられたら事務仕事ができなくて残業ってか一日中働いても終んない!」

大きな溜息をつく蒼海にショウは申し訳なさそうに言った。

「それは大変ですね。1人では無理そうです。でも僕は無名の短大卒で恥ずかしながら25の今迄ずっと働いてなくて引きこもりだったんです。僕が居ても役には立たないです」

ぺこっと頭を下げた。

「今日は社長がご飯奢ってくれるから来たんです。待ち合わせがここじゃ無ければ来なかったです」


「そうなんだ…違うんだ…」あからさまにガッカリされて呆然としていた。

ショウは居心地が悪くて両手を膝の上にぎゅっと握って置いた。


ガチャン。ドアの開く音がした。気まずかった彼らはドアの方へ身体ごと向けた。

隙間からペーパーバッグが幾つもぶら下がった腕が突き出された。


「駄目だーオフなのに買い物ばっかしちゃったよー、ちょっと置いといて」

もう片方の腕にもぶら下げて男性が疲れた様子で入ってきた。


「もーノックして下さいといつも言ってるのに!まだ前のもあるんですけど?颯人はやとは買いすぎなんです」


ショウは入ってきた彼を見て、あっ!と叫んでピョンと飛び上がった。


「「ん?」」蒼海と彼は同時にショウを見た。

「コーディネーター!本職だったんですね!」


嬉しくなって両手を広げて上半身を捻ってみせた。

「どうです?着てるところ見て欲しかったんや!あと、お礼も何も言うてなかったし。コーディネート有難うございました」とペコリと頭を軽く下げた。


「ちげーよ!あーあの時の。おい、アオ!コイツ誰?」ペーパーバッグを下に落としてショウを指差して言った。

「君達こそどういう関係?」と蒼海は2人を見比べた。

「モデル友達?」

「違います!」ショウは顔の前で両手を激しく振った。

「こんなチビが成れるわけねーだろ」と颯人。


「彼は服屋で僕の服を見立ててくれたんです。僕、持ってる服がスウェット上下セットが3つとTシャツとジーパン一つずつしかない。あと、6年ほど前に買ったスーツとシャツとコートがあった」

「「酷過ぎる」」青海と颯人の声がダブった。


「あなたモデルさん?」ショウはそんなことより颯人のことが気になった。


「一応ね、ほら」颯人は顎をしゃくって横の壁を示した。

見るとポスターが貼ってあった。

香水の広告でポーズを取っている彼は何とも妖艶な雰囲気を醸し出していた。

少しばかり見惚れてしまった。

『今の不機嫌な様子とは全く違う』

「悪かったな、普段はこっちだよ!」ズカズカとやってきて買い物類の全てをショウの横に置いた。


口に出してしまっていた!「御免なさい!悪気は無いねん」ショウは口を押さえて青くなった。

「いつも家で1人なもんで、気持ちを口にする癖があって」


「「可哀想に」」また二人が同時に言った。

二人の口調は大阪弁では無いのに、どうしてこうツッコミ早いんだ?

「典型的な引きこもりだな」

「いや、誰かさんと違って凄く礼儀正しいし、外に出てきてるから違うでしょ」

「どさくさに紛れて何言ってるんだよ。コイツの持ってる服やばいで。ジーパンも古そうだったし、声掛けてきた店員にキョドってた」

「でも、買えたんなら凄い進歩だよ!」

「だから、俺のお陰なんだって!」


二人は本人の前で堂々と本人について言い合っていた。

「で、引きこもりが何しに?ここで働くの?」

「僕的にはそれが良かったんですが」

2人は同時にショウを見た。

「ですから、僕は社長と夕食を食べに行く約束をしてて、待ち合わせが此処だったんです。それだけです」

颯人は胡散臭そうにじろっと見た。

「そうなんだ、じゃあ、社長との関係は何?」

「あ、僕もまだ聞いてません」と蒼海。


二人とも当たり前だけど、興味津々だ。

だが、彼らにはナルシが自分にした事を言う訳にはいかないので、苦慮した。

「出先で知り合ったんですけど」つっかえながら考えながら

「僕がナル…社長に迷惑かけられたんで、お詫びしたいと」

と漸く言った。


颯人は嬉々として「何だよその迷惑って!何されたんだ?俺からも怒ってやるよ!賠償請求しろ!」と迫った。

「すみませんすみませんお願いします裁判はやめて下さいこれ以上時間がないんです本当に私も謝りますし社長からも」

「いや、その、それほどの事は、あるかも」失敗した。颯人は「弁護士呼ぼうぜ。蒼海も被告人な!」と面白がってるし、蒼海は真っ青になって「すみません」と繰り返して90度近く腰を折ってペコペコ謝り出すし、もうカオスだ。

今迄一人の空間に篭っていたショウには、これら強烈な人達に対処できなかった。


「お疲れー、おーい、ドア開けっぱなし!」

こんな時にもう一人来てしまった。縋るようにその人を見て固まった。

ナルシだった。

今日はあの時とは雰囲気も全く違って見えた。ダブルのグレーのスーツをかっちりと着て、髪は襟足近くで結ばれて整髪料で固められている。

彼と待ち合わせだったのに二人のせいで頭から抜け落ちていた。

「ショウ、待たせてすまん、何みんなで言い合ってるんだ?」

「いえ、僕は何も」

「ナルシ!」「社長!」二人は同時に叫んだ。


「「こいつに『この人に』何したんですかー!」」


「もう大丈夫ですから!」ショウはついに大声で言った。

「鳴島社長!早く行きましょう!僕お腹空きました!」

鳴島はお、おうとショウの勢いに飲まれてもう一つのドアを指差した。


「ちょっと部屋に荷物置いてくるから」

「此処に住んでんですか?」つい興味を持って言った。

「仮眠室代わりににベッド一つ置いてあるだけだ。見てみる?」

ナルシはちょっと意地悪そうに言った。

「別にいいです此処で待ってます」彼から視線を逸らして即答した。二人きりで部屋に入るなんてとんでもない。



「親しそうだ」颯人がボソッと言った。

「違います」即座に言い返した。


「実はな、俺がパフォーマンスでクラブ上げてたときに受け取り損ねて、彼の頭に当たりそうになったんだ」

ナルシから背後から肩に手を置かれて一瞬震えた。

「社長ー」

「ド下手の癖に嬉しがってやったんだろ?ちゃんと練習しろよー」

動揺した自分に気付かれないよう我慢した。

「彼、今日の為にわざわざ服買ったんだって!」蒼海がサラッとバラした。

「え、悪い事したな」ナルシが驚いたので

「引きこもりで服なかったから。たまたま颯人君に会ってコーディネートしてもろてん。颯人くん親切やよね」

「うん、似合ってる。流石だな」

「それ程でも有るよ」颯人は得意げに言った。

「じゃあ、行ってくる、このまま帰るからアオも適当に切り上げろよ」

「誰のせいだよ、全く」

「俺も行く!」颯人が焦った様子で言った。

「颯人、また今度な。今日は予約してるしショウに用事があるから」


颯人は盛大に舌打ちした。「またかよっ!次はコイツか!いい加減にしろよ!」捨て台詞を残して颯人は怒りながら出ていった。結局買い物した物は一袋も持って帰らなかった。蒼海がぶつぶつ言いながら隣の部屋に持っていった。


『またかよ』?この人惚れっぽいのか?

蒼海さん優しい。颯人は絶対誤解している。あれだけ説明したのにどうしよう。


ショウは不信感を露わにした目付きでナルシを見上げた。

「良いんですか?放っといて。一緒でも構わなかったのに」「いいんだ、いつもの事だから。それより行こうか、ショウ!近所なんだ」人当たりの良い笑顔だった。

今ならその表情が何か悪い事を隠している時だと分かるようになった。(多分)


不安を抱えながら彼に従った。

「行ってらっしゃい」

蒼海が何か含んだ声で言って見送ってくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る