another time 4
古川はこの世界に来て、一月経った。
はっきり言って暇を持て余していた。
バイトですら働いていないので、気は楽だった。
この世界は元と同じで、僕だけ環境が変わった感じ。だからバイトしたいとは思うが付いていけるか不安でネットで検索してるだけだ。
しかし、規則正しい生活はすぐに成立しなくなり、起きたい時間に起き、寝たい時に寝るような自堕落な毎日になってしまった。
適当に起きたら水を飲んでパソコンを付ける。
それから一日中ネット小説や漫画を読む。たくさん登録していたが殆ど課金してない。
飽きると時々思い出したネタや小説のプロットを入力する。残念ながら自分の記憶に頼るしかない。
せっかく書いてた話も登場人物の名前すらうろ覚えだ。
夕凪の小説用の話なんかほぼ頭に残ってなくて、あの乱筆でも、原稿が残っていればよかったのに全部入力した後ほかしてしまった。(ほかしてしまった訳 捨ててしまった)
夕凪が知ったら激怒するやろな。ごめんやで、と心の中で手を合わせて謝っておく。
やる事はずっとネット頼みだ。歌ってみた関連の歌い手をチェックして聴いてる。好き勝手に書き込む掲示板やまとめサイトを読んだりしてるがコメントは入れた事がない。
この世界にどこまで干渉して良いのか分からない。
前は気にせず暮らしていた。他人に、久音に積極的に関わった。
転移は起こらず、このまま此処でずっと暮らしていけると思ってた。久音に一緒に住もうと言われて承知したのだ。
でも、僕の周辺は次元の歪みを引き起こし、おかしくなっていった。自分の家の間取りが変わったり、家の出入りもできなくなる時があった。
僕自身も身体が怠くて起き上がれなくなったり、食べ物を全く受け付けない日も出てきた。
ついに、ある日自分の存在が希薄になってしまった。転移する時が来てしまった、と急いでパソコンを持ってスマホで久音に連絡しようとスマホを手にしようとしたが駄目だった。
スマホを持とうとしても手がすり抜けてしまった。絶望した。
最後に久音が来て、会えて良かったのか悪かったのか。
あんなの見せたくなかった。
夕凪は夕凪で違う世界から僕を見つけて干渉していたが、終いには夕凪が二つの世界に分離しそうになっていた。
異物扱いになった僕が転移する時についでに夕凪が元居た世界に押し出したからかろうじて戻れた。
ただ、最後に見た時は一人になっていたけど人格は二つに分かれてしまったかもしれない。
転移してこの違う世界の古川祥一郎と入れ替わってしまった。
彼は心を病んでいた。新たな世界でやっていけるのが心配だ。もし、立ち直る事ができなくて彼が自死しまったら、それだけ転移する時間が早くなる。
僕はどうなるのだろう?
そんな心配したのは初めてだ。
自分の存在が異質なものだから、これからもどの世界にも属することができずにふらふら渡り歩くのだろうか。
改めて、久音と夕凪が居ない孤独と不安を思い知らされる。
1日の最後にベッドに入り、ニュースをスマホでチェックしてるといつの間にか寝落ちしてる。
洗濯と掃除は週に1〜2回。シーツはいつ洗ったか覚えてへん。
前の時はマメやったのに。
ご飯は1日1回。野菜炒めとか、簡単な料理を作り、2日位で食べきられる量。
一回だけ餃子を作ったが1パック全部は流石に食べれんで、残りも焼いて冷凍したが、当分食べたないな。
カレーはキーマカレーで少量作って食べた。何日も同じものは食べたない。野菜は傷むから頑張って食べている。で野菜炒めが多い。
誰とも話さん毎日。
部屋にあったスマホには雅詣と棚中と珠州の登録があった。でも、どんな付き合いかわからんから、まだ連絡をしてない。
久音は登録が無かった。でも、またこれから会うかもしれんと思って、『久音』と名前だけ登録したら、その時は少し気分が上向きになった。
仕方無いから、好きな曲をかけながら歌ったりする。上手くならんけど。
話し相手に犬や猫を飼ってみたいが、僕は何時居なくなるか分からんし、一緒に移動できへん。
移動できるんやったら久音を絶対連れてきたのに。本人が嫌がっても。
次にここに住む古川祥一郎、若しくは誰かにペットの世話させんのも悪いなと思うと踏ん切りが付かない。
SNSで短い小説を書いた先へリンクを貼ってるが、積極的に発信せず反応はない。
此処にいたショウは一体何をして1日過ごしてたんやろ?
今の僕と一緒だと、かなり暇なんだが。
両親が亡くなったのがショックで引きこもりになったみたいで、此処1.2年は精神的には立ち直りつつあるが、まだ引きこもっていた。
家探しの最中に抗鬱剤と睡眠薬の入った紙袋を見つけた時はギョッとしたけど、袋の日付が3年くらい前だったから治療を止めたんか、治ったんかはわからない。
僕は不規則ながら眠れてるし。
前の持ち主の情報が少なすぎて不安になった。
いっその事、処方箋を書いた精神科医師のもとへ行ってみた。
「俺、どんなヤツでしたか?」なんて自分の事を他人に聞きに行くなんて怪しさ満点やけど、精神科の医師なら受け止めてくれた。
短大の2回生の時に、両親が交通事故で亡くなった。暮らしていくのに十分な保険金が降りたが、両親がいっぺんに亡くなった事でやる気をなくし、就職活動もいい加減で、面接が嫌になり、中途でできなくなった。卒業はできたらしい。
そのうち眠れなくなり、気分が死にたくなるほど落ち込むようになった。元から内向的な性格も災いしたらしい。誰にも相談できず、最後にネットで自分がうつ病ではと思い至り受診することになった。
二年かかって漸く落ち着いたと思ったら受診しなくなったので心配して電話や手紙を送ったが返事はなかったそうだ。
今は眠れてるし、鬱のように落ち込むことも無くなったと言ったら
「生きててくれて有難う。私は一つ報われたよ」先生はしみじみ言った。
「何かあったらいつでも来なさい」別れ際にそう言ってくれて心強かった。
とにかく最低限の情報は得ることができた。悲しい過去やったが。
僕の身体が、この世界の祥一郎と一緒かどうか分からないし、一緒なら悩みは僕と同じなんで、多少はやり易い筈だ。
引きこもりだったらしいが、外に出るのに抵抗は無い。あまり食べんのでスーパーへも週1〜2回。
ネットスーパーで買い物をしている履歴が残っていたが、水しか買ってない!
水好きはどの祥一郎も共通なんだろうか。
何食べてたんだろう?思いながら自分はいつもアイス食ってるけど。ちなみにバニラとたまに抹茶が好き。
住んでるとこは変わらず大阪梅田。中津の方が近いかな。
以前住んでた家はどうなったんかな。
「鍵ポストに入れといて」って、最後に我ながら間抜けなお願いやな。
最後に触れた久音の硬い短い髪の感触。丸い大きな瞳を更に広げて叫ぶ姿が遠ざかる。
「僕の事忘れんといて。僕も忘れんように頑張るさかい」この世界で言っても久音には何も伝わらない。
どうして僕は此処にいるんや。何故僕は一人になってしまうのか。
いつの間にか泣いていた。
知っているのに知らない街で、1人、静かに泣く。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます