time 16


「あ、来た」

話の途中で、こたつの部屋にいたショウが呟いた。


向かい合って座っている久音が首を傾げた。

なんの音も聞こえなかったが。


「夕凪が来た」

ゆっくり立ち上がった。

隣の部屋へ向かう。

訝しながら久音も付いて行った。


窓が開いていて、カーテンの下から夕凪が頭を突き出していた。


「ビショビショー。早く入れてー」

引き攣った笑いを浮かべていた。


「取り敢えずタオル持ってくるから、そのままりや」

夕凪から濡れた靴を受け取ると玄関に持って行った。


久音はタオルの場所を思い出したの

で取りに行き、1番上のを取った。


怖々夕凪に渡すと

「ありがと。もう!勝手に取ってきて」

と嫌味たっぷりに言って受け取った。

そして、三つ編みをタオル越しにぎゅうぎゅう絞った。


ショウの部屋の窓越しのやり取りに久音はまだ慣れない。


残された2人は憮然と見つめ合った。

「何でいっつも窓からなんや?玄関知らんのか?」

「知らんわ!いっつも窓の前に出るんやもん」

「方向音痴か」


お互いショウに対する言葉遣いとは打って変わって態度も悪くなる。

「あんたこそ何でいるのよ!あんたは研究対象外よ!」

「なんやそれ?モルモット違(ちゃ)うで!」

「興味無いってこと!古川さんは私が見つけたのよ!」


「そうか」

久音はおかしそうに言った。

「俺は見つけられた方やが?」

「だから何?」

お互い一歩も引かず、声が大きくなる。


「もう、ええやろ?お風呂入る?」

ショウが戻ってきたが、ゆうなを見て怪訝そうな顔をしたので、久音は

「ゴメン、勝手に取ってきて渡してん」と謝った。

「別にええよ。わかりやすいとこに置いてあるもんな」

「しゃわーでいいので、できたら、お願いします。寒くて」

よく見ると夕凪は細かく震えていた。

「拭いたら上がっていいから」

「あまり綺麗な川じゃなかったから臭いよ」

声だけは強気なままだった。

「じゃあ、何であんなことすんねん」

ショウはまるで見てきたかのように言うので「川って何や?」と久音は突っ込んだ。

「女には引いちゃいけない時があるのよ!」と震えながらも尊大な態度を崩さなかった。

「だーかーらー、川がどうしたんや」

「久音、取り敢えず手伝って。中に入れたるから」

久音は少しムッとしたが、ショウと2人がかりで夕凪を窓から引き入れた。

ショウは何か考えているようだった。


彼女の濡れたセーラー服姿に「ほんまに高校生やったんや」と久音が呟いた。


「頭だけのお化けと思ってた」

「はあ?しっつれいな!こんな可愛いお化けがおる訳無いわ!古川さん、この男にちゃんと説明してくださいよ!」

「どう説明すればいいか、僕はわからん」

困ったように笑った。


夕凪は立つと久音より頭一つ分下位の背丈だった。タオルをつかむ手は細くて小さい。


「絶対覗かんどいてや!」と言い残し、ショウからスウェット上下とバスタオルを借りると風呂場へ悠然と去った。

「誰が覗くか!いちいち五月蝿いやっちゃな」

久音はうんざりして言った。


ショウはヨシヨシと久音の頭を撫でながら

「同級生に川へ落とされたんや。そりゃ腹立つし、気が立ってんやろ」

「え、川ってそう言う事?なんで?」

「さあ?」

ショウはのんびり言って再びこたつの部屋へ促した。


「もーなんなん!風呂場が北極のように寒かったー」

バスタオルを頭からかぶって夕凪がやってきた。


「おこた、入り」

「ドライヤー貸して下さい」

「あ、無い」

「無いの?」

ゆうなはびっくりしてショウを見つめた。


「だって、必要ないやん」

「まぁ、確かに」

ショウの頭を見てため息をついた。そして夕凪は渋々こたつに入ると頭を拭き始めた。

「洗濯乾燥機はあるのに!」

とぶつぶつ言っている。


「お前文句ばっか」

久音はたまりかねて言った。

「感想を言って、要望しているだけで、文句を言った覚えはありません」

「屁理屈すげえ」


ショウはいつの間にかお茶を入れて戻ってきた。

「ありがとうございます」


夕凪は推し頂いてお茶を啜った。


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