第2話 外れスキル【古代召喚】の大覚醒! 龍、召喚します!



辺境の地・テンマ。


文官だった頃から、その存在は知っていた。


あまりに辺境にあることや、他種族も多く住むこともあって、広々とした辺り一帯が国の支配の行き届かぬ土地なのだとか。



俺が赴任することとなったのは、唯一、一応は管轄下にあるらしい、小さな村とのことだった。


しかし、あまりに過酷な環境に前領主は逃げ出してしまって以来、後任はいなかったという。




そこは、王城のある都からはあまりに遠い。馬車を使っても、二週間以上かかる距離だ。



海と山に囲まれた場所にあり、交通の便がとかく悪いのである。


そこまでの遠出となると、まともな運送屋はほとんど受けてくれなかった。


そういう訳で仕方なく、俺はボロボロの馬車に揺られている。



王都とは、悲しい別れだった。


とんだ嘘だとはいえ、罪を背負い王都を去る身だ。

なにも言わず、ひっそりと夜中に去るつもりだったのに、


「本当に行っちゃうんですか!? あなたのような素晴らしい文官がなぜ…………!」

「いつも、本当に助かってたのに。民の声も聴いてくれたあなたがどうして」


「あぁ、私も連れていって欲しかったなぁ。お嫁さんにして欲しかったのに」

「また酒飲もうって話してたのによぉ! ディルック様ぁ、どうしてぇ」


だなんて惜しんでくれる人が、騒ぎになるほど集まっていた。


交流のあった、公爵令嬢であるナターシャもお忍びでやってきて、


「絶対また会いましょう、ディルック。そのいつかを信じてるから」


と涙を浮かべてくれていた。


無の令嬢。

そう呼ばれるほど、普段の彼女は感情をなかなか表に出さない人だ。


そんな彼女が俺などのために泣いてくれたのだから、思い返しても胸が熱くなる。



ーーだが、そんな彼女たちの声も今は遠く。



馬車は、俺と荷物だけを乗せて、まるで人気がなく瘴気に満ちた森の中をしずしずと進んでいた。


夏も近い季節だ。

植物たちの勢いは、いまや盛りを迎えているから、なおのこと。



瘴気とは、魔素を含む濁った空気のことを言い、魔物を引きつける特徴を持つ厄介な代物だ。


さっきから、それがあたりに充満し続けている。


空は綺麗な夕焼けだというのに、なんとなく空気が重い。


もう村は近いはずなのに、どうしたことだろう。なにか周囲で異変でも起きているのだろうか。


俺は念のため、刀に手をかけておく。


「ディルック・ラベロ様。もうすぐ、テンマ村に着きますよ」


到着を告げた御者の声と、耳を刺すような悲鳴とはほとんど同時のものだった。


すぐあとに、人ならざる唸り声がしたから、魔物に襲撃されたのだろうか。


「御者のもの、ありがとう。荷下ろしだけお願いするよ。終わったら早く帰るといい。ここは俺が請け負う」

「は、はいっ! かしこまりました!」


俺は、刀を手にして、馬車を飛び出していた。


襲われているのは、老人が一人に、若い女性と子供の三人だ。

どうやら、コボルトの群れに捕まってしまったらしい。


俺はさっそく剣を抜き、


「ラベロ流・星影斬り!」


さっそく数体を切り捨てた。

相手の影へ潜むように沈み込み、その背後を切りつける技だ。


魔法の適性こそないとはいえ、実家であるラベロ家は、代々王家の護衛騎士を務めてきた。


俺とて、幼い頃から叩き込まれてきたので、剣の心得はある。



コボルトたちの敵意が、一斉に俺へと集中する。


コボルトは比較的、危険度の低い魔物だ。

倒すのは、どうということはなかった。


単調で、本能に任せた彼らの攻撃を読んでいなして、斬り伏せる。


「おぉ、なんだ、なんでこんな凄腕の剣士様がこんなところに!? わしゃ、夢でも見とるんかの」


村人と思しき老人は恍惚とした目で、俺の姿を見ていた。


俺はひっそりとまつげを伏せる。


いいや、これはそんな大したものではない。


魔力を帯びさせることができない以上、いかに剣の腕が立つとも、威力は知れている。


コボルト程度でよかった、と一息つきかけたのが大間違いだった。


「……な、なんでだよ」


不意に頭上から影がさしたと思えば、黒い液体がしたたり落ちてくる。

あたりの雰囲気が、さらに悪化していた。


「みなさん、離れてください!」


これは毒性の液体だ。

ふれればすぐに肌がただれて、溶けてゆくなんて話も聞いたことがある。


そこにいたのは、大蛇・サーバント。



俺を、いや、乗ってきた馬車ごと飲みこみそうな大きさの魔物だった。


先ほど馬車で感じた瘴気に、誘われてきたらしい。


「……こりゃ、コボルトとは訳が違うな」


どうやったら敵うというのだろう。


俺は、舌を噛んで考えを巡らせるが、芳しい案は浮かばない。


冒険者ギルドにおける危険度ランクはA、手練れのものでも一人では敵わないとされる相手だ。


「ひ、ひぃ! なんじゃ、こんな大蛇、長年生きてきたが初めて見たわいっ」

「け、剣士さん!」


恐れて、身を縮こめ合う村人たち。


挙句に、子供は大声をあげて泣き出してしまう。



どうすればいい……!? 俺は速くなる胸の鼓動を感じながら、考えを巡らせる。



村人たちを守らなければならないのは、まず第一に当然のことだ。


それに俺とて、ここで死ぬわけにはいかない。


どうせなら、ヒギンスらを見返してやる、立派な土地にしてやる、とそんな意志でここまで来たのだ。


だが、良策が思いつくかどうかはそれと別問題だった。



時間を作るため、ひとまず大蛇の攻撃を防ぐ。


そのとき、頭の中にそれは流れ込んできた。



『スキル・古代召喚を利用できます。領主就任特典のため、0ポイントで召喚可』



との一文だ。


訳がわからなかった。

これまで、全く使えなかったくせに、今になって、どうして。


だが、おちおち考察している暇も、くよくよ外れスキルだったことを恨んでいる暇も、もちろんない。


「なんとでもなりやがれ! スキル発動!」


ちょうど、大蛇がその巨体を俺へと打ち付けようとしてくるところだった。


俺は、詠唱を唱えながら大蛇に切り掛かる。身体を半分に割いて仕舞えば、絶命してくれるはずだ。


「ラベロ流・半弦斬り!」


真正面に剣を振り下ろす、渾身の一撃。


それを見舞うとともに、俺はつい目を瞑ってしまった。


死ぬかもしれない、と思った。

悔いだらけだが、仕方ないとまで考えたし、世話になった人の顔が駆け巡る。


しかし、どういうわけか俺は生きていた。


というか、痛みの一つ襲ってこない。そろりと目を開いてみて、驚いた。


「シャァァァ!!!!」

「我輩のなりそこないが、偉そうに吠えるでない。蛇よ」


花弁のようだと思ったが、そうではない。これは白色の鱗だ。わずかに脈動している。


龍が一匹姿を現していたのだ。


目を疑わざるを得ないが、その容姿は完全に龍。


伝説上の生き物とされる、龍そのものだった。

宙に悠然と浮きつつげるその姿は、資料などで見た姿形と一致している。



全身を純白の鱗で覆い、雄大な羽を動かす。立派な髭に厳しい顔つきをしているのだから、間違いない。


その龍が、鉤爪で蛇の尾をしっかりと掴んでいた。


まるで物を投げるかの如く、龍は蛇を遠くへ放り投げる。

それから、身体を返してこちらを見た。


「主人よ、いかがする。主人。主人、聞こえておらぬのか」

「な、なに、主人って、もしかして俺のこと……?」

「そりゃそうとも。ディルック・ラベロ様。あなたが、吾輩を呼んだのだろう?」


……いや、【古代召喚】を使いはしたが。龍を呼んだとは思っていない。


せいぜい、古代遺物の剣でも振ってくるものかと考えていた。



にしても、真正面から見ると、すごい迫力だ。

さきほどの大蛇でさえ、この龍の前では小さく見える。


言葉が喉元から消えてしまった。

それは村人たちも同じらしい。爺やに至っては、気絶してしまっている。


……俺もそうしたいくらいだった。


冷静になろうとしてみても、わけがわからない。

文官として、魔法の知識はある方だが、それらを超越してきている。



龍が喋っているのだ。


しかも、明らかに俺を主だと呼ぶ。



「初召喚まで偉く時間がかかったが、吾輩が出た以上、心配は要らん。この程度の魔物は、小物だ。もう主人一人で、あっさり倒せるだろう」


「いや、魔法もろくに使えない俺に倒せるような相手じゃ…………」


「それなら、心配無用だ、主人。

 今みたところ、主人のスキルは召喚したものの能力を一部、手にできるものらしい。

 主人からは今、かなりの魔力が溢れておるぞ。それも、歴戦の龍たる吾輩が震え上がるほどのものだ」


「は、はぁ?」


「嘘ではないぞ、主人にそんなしょうもない虚言は吐かないのだ、吾輩は。火の玉なら吐くが」


「……つまりなんだ、俺も火の玉が吹けると?」

「うむ。それも、吾輩と同じレベルの威力を持った龍火球だ」


半信半疑……というより、常識的に考えてあり得ないことだと思った。


さんざん魔法には憧れたが、一度だって使えた試しがない。



だが、ここはもう信じてみるしかない。

俺は剣に、息を吹きかける。


すると、体の中でゾワっと魔力が動くのが分かった。

そして、口からは本当に炎の息吹が出ているではないか。


「うむ、それこそ吾輩の技・龍火球じゃ」


俺にとっては、初めての感覚だった。

身体の底からうずうずと、なにかエネルギーのようなものが湧き起こってくる。


……これが魔法を使うということか。これが魔力の流れであり、力の源。


火を纏った剣を、思わず見つめてしまう。


「シャァァァッ!!!!」


大蛇は、龍にあしらわれたせい、ご立腹らしかった。


息を荒げて、今度は牙を剥いてくるが、もう怖くはない。

身体の底から溢れる魔力が、底知れないが確かな自信を生み出していたのだ。


それに従って、


「ラベロ流・星影斬り!」


俺は相手の動きを読み、隙を得たところで、蛇の腹へ太刀を振り下ろす。



次の攻撃に備えようと、足首の力だけで身体を捻り、すぐに方向を転換するが…………



それで、終わりだった。


首と胴体に分かれ一刀両断された蛇が地面へと落ちて、焦げる。



……もはや、即死だったらしい。


「な、吾輩のいう通りであったろ? 主人よ」


龍がそう言ったのち、


「すごすぎる、なんなんだこの剣士様は! なんぞ、大きな生き物を手懐けておる!?」

「ありがとうございます、ありがとうございます!!!」



村人たちからは歓声があがる。


先ほど泣いていた子供も今は泣き止み、俺の方へと笑顔を見せていた。


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