南極の日


 ~ 十二月十四日(火) 南極の日 ~




 思い立ったが吉日とは言うが。

 そうでもないこともある。


「テスト直前に料理を始めたところで、三日坊主は当然か……」


 折角、秋乃が弁当用のおかずを一品作るようになり出したというのに。


 テスト中は一旦中止。


 このパターン、テストが明けたら。

 また作らなくなりそうだな。


 俺にとっては、テスト期間なんて関係ないし。

 夜のうちに弁当用のおかずを作っておこう。


 そう思いながら階段を降りていると。

 不意に耳に届いたのは。

 ビニールか何かを破いたような物音。

 

 キッチンから聞こえたその音を。

 出した者の正体は。


 舞浜まいはま秋乃あきの


「……夜食か? 作ってやるから勉強しとけ」

「ち、違う……、よ? これは明日のお弁当……」


 褒めたものか。

 叱ったものか。


 非常に困るその行動。


 ただ、間違いなく言えるのは。

 大変な状況なのに、俺のためにお弁当を作ってくれようとするその気持ち。


 それは本当に…………?


「バカなの?」

「そ、それなりには……」


 そうか、自覚があったのなら仕方ない。

 それなら声を荒げることなく。

 優しく諭してあげることにしよう。


「即席めんを弁当箱に詰めるな」

「お、お湯を入れて三分待てば、あったかごはんの出来上がり……」

「できんのじゃ」


 目を丸くさせたこいつの鼻面に。

 ゴミ箱からサルベージした即席めんの袋を突きつける。


 お前はカップラーメンとインスタントラーメンの区別もつかんのだな。


 だが、パッケージの裏面。

 作り方を読み始めた秋乃は。


 茹で時間と同じだけの時間をかけて。

 顔をゆっくりとしかめっ面にさせていった。


「そういうゲームあるよな。じっくり見てると何かが変わってくってやつ」

「こ、これ……。何が違うの?」

「は? 何がって、何?」

「カップ麺と」

「ちがうやろがい」


 カップ麺は。

 お湯を沸かしてカップに注いで。

 時間だけ待ったところにスープを入れて完成。


 即席めんは。

 お湯を沸かして麺を入れて。

 時間だけ茹でた所にスープを入れて完成。


「…………あれっ!?」

「こ、工数はいっしょ……」


 確かに。

 器へ移さなければまったく一緒。


 いや、一般的には。

 鍋を使うか使わないかの差はあるのかもしれねえけど。


 俺んちにはポットがねえから。

 カップラーメンを作る時にはケトルで湯を沸かすからな。


「ひょっとして、その弁当箱にお湯を注いで蓋すると……」

「食べれるかもしれない」

「まったく同じ考えに行きついたな、俺達」

「まったく同じ……、ね」

「まあ、実験したくはねえが」

「ぜひ実験してみたい」


 真逆じゃねえかよ。


 俺が、思わず呆れてため息をついてる間にも。

 秋乃は熱湯を弁当箱に注ぎ込む。


 そして蓋をして。

 三分間の暇つぶし。


「……日本で初めての即席ラーメンは、南極観測隊が持って行ったものらしい」

「へえ……! 世間に発売される前?」

「と、聞いたことがあるな。ちゃんと調べたわけじゃねえけど」

「面白いね……。誰かが南極でラーメンを食べたいって思ったから、今のカップ麺文化がある……」

「そうな、そういう観点で歴史を楽しく勉強してもらえると助かるんだが」

「そ、そんな感じで立哉君が全部話して聞かせてくれたら助かるんだけど……」

「なんて身勝手な切り返し」


 そんな話をしてる間に。

 キッチンタイマーが音を奏でる。


 そして秋乃は蓋を開けてスープを入れて。

 箸を突っ込んでみたところで俺の顔を見つめると。


「失敗……」

「そうか。麺がほぐれねえのか」


 秋乃から箸を奪って。

 それなりふやけた麺をほぐして一口すする。


 うん、これは酷い。


「け、結果は?」

「外はゆるゆる、中はガチガチ」

「なーんだ?」

「なぞなぞじゃねえ。やっぱ、ちゃんと茹でないとダメっぽいな」

「違いはあった……。でも、同じ作業量だったら、安いインスタント麺の方がお得……」

「金額の違いは、洗い物の手間賃だと思うべきかもな」


 下らない考察ではあったが。

 それなり楽しんだ。


「じゃあ、実験はおしまい。弁当は俺が作っとくから、ちゃんと勉強しとけ」


 俺は、実験結果に満足げな秋乃を横目に。

 生煮えになったラーメンを片手鍋に入れて。

 ちょっとだけ煮て食うことにしたんだが。



 びりっ



「うおおおい! なぜ二袋目を開ける!」

「ラーメンと違うから、こっちも実験しておかないと……」


 何が違うのか。

 秋乃の言ってることが分からない。


 でも、こいつが手にした袋に気付いた途端。

 さすがに大笑い。


「うはははははははははははは!!!」

「え……? 何がおかしかった……?」

「いいや、そのまま実験を続けていい」

「な、なんか不穏……」

「気にすんな」


 はてさて。

 そこにお湯を注いでどうなるのか見ものだぜ。


 思わずニヤニヤしながら。

 やたらふやけたラーメンを鍋からすすっていると。


「さ、三分たった……」

「そうか。その後の工程なんだが、袋にはなんて書いてある?」


 俺の質問に答えるため。

 袋の裏面を見ながら弁当箱の蓋を取った秋乃。

 

「す、水分が飛んだところで、粉末ソースを加えてよく混ぜ……、飛んでない!?」

「うはははははははははははは!!!」


 弁当箱の中には。

 お湯がたゆんと張っている。


 当たり前だ。

 さすがにインスタントの焼きそばはフライパンが無いと作れねえし。


 そもそもそんなにたっぷりお湯は入れない。


 俺は笑いながら。

 その失敗作も調理しようと。

 フライパンを火にかけたんだが。


「あ、そうか」


 こいつは何を思ったか。

 二階へ駆けていく。


 そして息を弾ませながら戻ってくると。

 弁当箱の蓋を手に取って。


 あろうことか。


 糸ノコギリでガリガリ傷を入れ始めた。


「うはははははははははははは!!!」


 ああもう、笑いが止まらねえ。

 天才とバカは紙一重とはよく言ったもの。


 こいつは、俺の予想通り。

 五本の切れ込みをいれた蓋を弁当箱にかぶせて。



 じょろじょろじょろ……



 湯切りをした後。

 粉末ソースを混ぜ合わせ。


 一口すすると…………。


「……おいしい!」

「うはははははははははははは!!!」


 本日の実験が生み出した結果。


 それは。


 新たな発見と。

 楽しい時間と。


 そして。


 テスト期間中だってのに、新しい弁当箱を買いに行かなきゃならんということだ。

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