オニヒキさん

@aikawa_kennosuke

オニヒキさん

私が幼い頃、通っていた保育園で起こった奇妙な事件の話をしようと思います。






保育園って、年がら年中いろんな行事があるじゃないですか。


遠足とか、プールとか、おゆうぎ会とか、運動会とか。




私の保育園はすごく田舎の方にあったので、その他にも地元の地理や施設を活かした行事も多くありました。




その行事の一つに、「節分の日のお参り」というのがありました。




節分の日は、その年の年長組が近くの山にあるお寺に参拝するという行事なのですが、事件があったその年は、ちょうど私の代が年長組にあたる年でした。






節分の日は、クリスマスや元旦とも違う独特な空気がありました。


何かプレゼントがもらえるわけではないのですが、大人たちも少しそわそわしているのが分かって、なんとなく浮ついた気持ちになるような、そんな空気でした。




節分の日、保育園では午前中に園全体で種まきをしました。


庭に向かって、全員で声を揃えて「鬼は外福は内」を唱えながら、我先にと競うように豆を投げます。




私達の組では、ちょうどくだらないことを面白がってやる年頃なので、わざと「鬼は内福は外」と言い換えてはしゃいでいたりしました。






午後になると先生を先頭にして、毎年恒例の節分参りのお寺へ向かいました。




お寺は近くの山の中にあり、その途中少し険しい道もありました。


年長になって、やっと行ける参拝のため、みんな楽しそうにわいわいがやがやとしながら歩いていきました。




お寺は、段の大きめな階段を上がったさきにありました。


広めの境内の奥の方にポツンと、焦げ茶色の木で造られた、古びたお寺が建てられていました。


常駐している人はいなかったと思います。


そのため、淋しげな雰囲気が漂っていました。




そのお寺には“オニヒキさん”という神様が祀られていて、地元でもよく知られていました。


なぜ呼び方が“オニヒキさん”で、“オニヒキさま”ではないのかは分かりません。親しみを込めるためだったのかもしれません。




お寺の中が見れるわけではなく、ただ参拝しただけなので祀られているオニヒキさんの本体像などは確認できませんでしたが、二人ずつお寺の前に立って、手を叩いてお辞儀をしていきました。




先生からは「オニヒキさんはいつもみんなを護ってくれてるから、感謝とこれからもお願いしますということを心の中で伝えなさい」と言われた記憶があります。




全員のお参りが終わると、そのまま帰る流れになったので、私を含め園児はみんながっかりしていました。


ちょっとした遠足のように思って、お寺の周りで遊べると考えていたので。




私達はまた、階段を下り、もと来た道をしぶしぶ引き返して行きました。






しかし、その途中のことでした。




後列の方から悲鳴が聞こえたんです。


キャーという甲高い女性の悲鳴でした。




すると、最後尾にいた先生が先頭の方へ走っていきました。


なにやら焦っているような、怯えているような感じで、先頭にいた二人の先生と何なら話しているのを見て、みんな内心これはただ事ではないぞと思っていたと思います。


そして、さっきの悲鳴は走ってきた最後尾にいた先生のものだったとなんとなく分かりました。




そして、引率していた3人の先生全員で、私達を急いで誘導し始めました。




山道で危険もあるのに関わらず、走るように促されるのは、後ろから何かに追われているような恐怖心を私達に煽りました。


先生たちも何やら焦っているようでしたから、何人もの子が泣き出していました。






獣道を駆け抜けて、やっと山の出口にたどり着いたところで、先生が慌てて園児の数を確認し始めました。




しかし、数を数えていた先生が顔を真っ青にしていました。


また先生たちで何やら話し始めたのですが、どうやら、何度数えても園児の数が一人多いらしいのです。




私達も顔を見合わせてお互いがいるかどうか、なんとなく確認していったのですが、特に違和感は無かったと思います。


しかし、知らない子が一人混ざっているかもしれないという状況を聞かされて、ゾッとしないわけにはいきませんでした。




そこで、先生が園児の名前を一人ずつ呼んでいったところ、どうやら全員いることは確認できたようで、少しだけ腑に落ちない空気のまま、保育園の方へ進んでいきました。






道中、泣きべそをかいている子もいました。


しかし保育園に着くと、子ども特有の元気さで、教室までみんな我先にと駆けていきました。




私は列の後半だったので、後から保育園に入って、靴を脱いで教室へ向かいました。


しかし、先に保育園に入った子たちが教室に入らずに、教室の前に立っているのが見えました。


人だかりができて、騒ぎが起こっているようでした。




「何かいる。」




教室の前にいる子たちは、そんなことを言い合っていました。




そして、気になった私もみんなに混ざって教室の中を覗いてみたんです。






教室の中は荒らされていました。


壁やまどには泥のようなものが塗りたくられ、先生用の椅子や机がひっくり返されていました。


隅にあった本棚も倒されてしまっていて、何冊もの絵本が散乱していました。




そして、私達がいた廊下から見て、反対側にある教室の窓の前に、“それ”はいました。




毛むくじゃらの動物のように見えました。


夕日を背にしていたからか、その姿は真っ黒でした。


身をかがめて、こちらの様子を伺っているようにしていた“それ”は、巨大な猿のように見えました。




そして何より、臭い。


ちょっとした獣くささというか、薄いアンモニアのような臭いが教室から漂っていました。






私たちは急いで先生を呼びました。




「変な動物がいる」




というようなことを言って、先生を引っ張って来た子がいました。




先生も教室の状態を見て、卒倒しそうなくらい真っ青になっていました。


しかし、さっきまでいたはずの奇妙な獣は、跡形もなく消え去っていました。


一瞬私達に向かって、犯人はあなたたちでしょという猜疑の目を向けてきたような気もしますが、こんな短時間で子どもができることではないと悟ったのか、すぐにそわそわして他の先生を呼び、何やら話し始めました。




私達が参拝している間、他の組はそれぞれの教室にいたため、犯行は不可能です。


そうなると、不審者によるものと判断したのか、先生たちは警察を呼びました。






教室は使えないので、私達は園の庭で遊んでいましたが、保育園の前に停まっていたパトカーを見て、みんなでわいわいと騒いでいたのを覚えています。


先生たちも、警察官から事情聴取を受けていました。




結局、犯人は分からずじまいでした。




第一発見者の私達に聞いても、奇妙な獣の話しか出てこないので、警察も頭を抱えていたと思います。


足跡等は無かったですし、うちの地域に野生の猿なんているはずもありませんから。






その後の数日間は、獣臭が教室に残っていました。


壁や床にこびりついた泥の汚れもなかなかとれず、しばらくは否応なしにあの不気味な獣の姿を思い出すことになりました。






そして、子どもたちの間で、あの獣は“オニヒキさん”だったのではないかという話が広まりました。




ちょうどおのお寺からの帰路で奇妙なことが起こった直後でしたし、山からオニヒキさんが降りてきて、教室までついてきたのではないか、と私達は思ったんです。






オニヒキさんはそれ以降に姿を現すことはありませんでした。




ただ、私達が卒園するまで、保育園の周辺で猫等の小動物の死骸が落ちていることがたびたびありました。




私も一回だけ猫の死骸を目撃しましたが、腹の辺りに抉られたような傷を受けて、息絶えていました。




それらがオニヒキさんと関係があるかは不明ですが、私達はオニヒキさんが殺したのではないかと囁きあっていました。








教室を汚されたこと以外は、私達に特に害はありませんでしたが、今でもときどき思い出します。




荒れた教室にいた黒い獣は一体何だったのか。






なぜ帰りの道中、先生は突然悲鳴をあげたのか。


子どもの人数が一人増えていたのか。




今では真相を確かめる術はありませんが、オニヒキさんを祀ったお寺は今でもあります。






そして毎年、そのお寺の境内で屋台を並べて、お祭りをしているのを見ると、あの獣の姿がよぎって少しだけ背筋が寒くなります。


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