その13

 ひとしきり話をしたあと、おれと先生は花子さんと春子さんを部屋まで送っていくことにした。放っておくと粘られそうだし、そうなると調査ができない。

 ごねられるかと思ったが、

「先生スキャンダルとか炎上とかやばいもんね〜オッケー」

 という感じで、案外あっさり引き下がってもらえた。

 花子さんを送り届け、続いて二階にある春子さんの部屋の前まで来たところで、おれたちはまた二郎氏に出くわした。手に書類を持ち、窓際に立ってどこかに電話をかけている。

「はい、そういうわけで明日の会議の出席は難しいかと……はい」

 などと言いながらこちらに目礼をする。事件のことをオープンにしているのかどうかはわからないが、父親が突然いなくなったので忙しいのだろう。電話を切った二郎氏はこちらに近づいてきた。

「春子、お客様と何をやってたんだ?」

「へへへ〜、おしゃべり」

「ご迷惑をかけるんじゃないぞ」

「は〜い。じゃあね〜先生。おやすみちゃーん」

「はーい、おやすみちゃん」

 春子さんが自室に入ったのを見届けて、二郎氏はため息をついた。

「まったくあいつは……ああ、こんなところでうるさくしてすみません。山奥なせいで、たまに電波が入りにくくなるんですよ」と、窓の近くでスマートフォンを振ってみせる。

「それはさておき、妹がお部屋に押しかけたようで。申し訳ありません」

「いやいや、とんでもない。こんな場合ですから、春子さんも落ち着かないんでしょう」

 先生はキリッとした表情に切り替えて二郎氏に応対した。

「二郎さんも大変でしょうね」

「ええ、まぁ、とりあえず父の直近のスケジュールはキャンセルしないと。いずれグループの後継者も、重役の中から決めなければなりませんしね……」

 あれ? 後継者は一郎か二郎かでもめてたんじゃないのか? 意外だったのでつい、

「えっ、後継者って二郎さんじゃないんですか」

 というすっとんきょうな声が出てしまった。先生が鬼のような顔でこちらを振り向いた。(迂闊なことを言うんじゃない)という顔だ。

「私はまだ若輩者ですから。能力でも社歴でも、私より適任のものがいますよ」

 二郎氏はさも当たり前のようにそう言った。なんだ、この人は次期社長の座を狙ってたんじゃないのか?

「ときに二郎さん」

 突然廊下に、先生の朗々とした声が響き渡った。

「最近よく、亡くなった一郎氏の部屋に出入りしていたそうですが、何か事情がおありなんですか?」

 おれはぎょっとして先生の方を見た。

 先生は目を細め、二郎氏を……いや、二郎氏の背後を、まるでそこに何者かがいるかのように、じっと見つめていた。むろん、おれは知っている。これは演技だ。先生には幽霊など見えない。

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