その12

 そのとき、ドアがまたノックされた。開けると、立っていたのは奥様の花子さんである。

「ごめんなさいね、ゴタついておりまして、夕食の自宅が遅れておりますの。こんな山奥ですから出前をとるわけにもいかなくて……」

 と告げる花子さんは相変わらずビシッとした着物姿で、夫の死が堪えているようにはあまり見えないのだが、それを言うならファルコンのほうがよっぽどである。

「わざわざすみません。お気遣いなく」

「本当にごめんなさいね先生、こんなものしかないんですけどよろしければ」

 と言ってトレイに載せてきた焼き菓子とティーセットをテーブルに置き、戻るのかと思いきやベッドサイドにあったもう一脚の椅子を持って、先生の横に座ってしまった。春子さんとは逆サイドだ。

「あのぅ先生、こんなことお聞きしたら大変失礼かとは存じますが……」

「何でしょう?」

 花子さんが来たので、先生のフワフワしゃべりは一旦中止されている。歯磨き粉のCMに出てもよさそうな爽やかな笑顔と口調である。

「いえね、本当に霊能力で犯人がおわかりになるのかしらと思いまして……」

 それはまぁ、気になって当然だろう。

「正直に申し上げまして、絶対にわかるとはお約束できません。霊視というのは再現性に欠けるものです。私の修行が足りないせいでもありますが……」

「まぁ」

「しかし、できるかぎりのお手伝いはさせていただきます」

「やだぁママ、お金ならおばあちゃんが払うんじゃないのぉ〜? 心配すんなし〜」

 春子さんが突然口を挟んできた。客前で母親に喧嘩を売るんじゃないよ……小心者のおれがハラハラするでしょうが。

「まぁ、春子ってば何を言ってるの。先生に失礼でしょ……」

「いやいや、やっぱり気にされる方は多いですよ」

 険悪になりかけたところに、先生が和やかな口調で割り込んだ。

「よろしければ、事前にお見積りを出しましょうか」

「まぁ、そんなことおできになりますの」

「大体の目安になりますが、こんな感じですね……」

 と言いながらタブレット端末を取り出し、簡易見積りを作成し始めている。

「え、何なに〜どういうアプリ? これ〜」

 春子さんも加わって、何やら楽しそうにし始めてしまった。こうなるとおれは見ているだけだ……というかふたりともおれを見てすらいない……。

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