その5

 立ち上がった先生は、なぜか部屋の中をうろうろし始めた。

「えっ、何やってるんですか」

「まぁちょっと静かにしろ。ああそうだ、もう一郎の部屋は封鎖されてると思うんだが、一応見てきてくれ」

 先生にパシられて一郎氏の部屋を見に行くと、確かにドアに鍵がかけられており、中に入ることができなかった。偶然通りかかった二郎氏に交渉してみると、

「中に入ることはできません! 殺人事件の現場ですよ!?」

 叱られてしまった。仰るとおりである。

「あ〜でもその、しかしですね、あの、祈祷の準備をですね」

「何と言われようと、警察が来るまでは現場を保存する必要があります。あなた方も捜査にご協力いただくことになるでしょうから、その間はご滞在願います」

「はぁ」

「急なことでお困りでしょうから、必要なものがあれば遠慮なくお申し付けください。祖母の大切なお客様のようですから」

 表情と口調は厳しいが、意外に親切である。おれは礼を言って客間に戻った。


「……というわけでした」

「まんま持ち帰ってくるな! ガキの使いか!」

 先生に怒られた。まぁそれもそのとおりではある……しかし、まさか二郎氏をのして鍵を奪うわけにもいかないじゃないか。

「簡単に諦めるんじゃない。天井裏から隣の部屋に抜けられそうだ」

「なんでそんなことわかるんですか」

「音の響き方でわかる」

 案の定、作りつけのクローゼットの上に点検口があった。ここから天井裏に行けそうだ。

「やっぱりな。じゃあ柳、静かに行けよ」

「えっ、おれが行くんですか?」

「当たり前だろ。柳は身が軽いのだけが取り柄なんだから」

 まぁ、先生の言うとおりではある。役者志望時代のおれの強みは「アクションができる」ことしかなかった。ちなみに趣味はパルクールだ。

「何を見てくればいいんですか?」

「とりあえず、スマホでまんべんなく撮影してこい」

「はぁ、わかりました……」

 急に不安になってきた。なんたって隣には他殺体があるのだ。それに侵入の痕跡を残さないよう注意しないと、おれが犯人として疑われる可能性もある。

「ほら、さっさと行け!」

 文字通り尻を蹴り飛ばされて、おれはクローゼットの中に潜り込んだ。点検口の縁に手をかけて体を持ち上げ、天井裏に忍び込む。

「うわ、わかってはいたけど埃っぽいな……ん?」

 おれは前方、一郎氏の部屋の方角をスマホで照らした。天井裏一帯に、ところどころ埃が積もっていない箇所があるのだ。

 ……誰かが最近天井裏を通ったんじゃないか?

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