伍.甘い言葉はいかがですか??

「さて、ダリ―。次に起きるのは、あのバケモノが私達二人を別々に幻覚を見せてくるの。だから、どんな相手が出てきても、私のことを愛していると言うのよ!!」

 そう言うと、私は照れてしまった。

 照れた顔が見えないよう、ダリ―に背中を見せた。

 今、二人とも体操座りをしている。

 くっついてはいないが、遠目から見れば恋人に見えるかもしれない。


 偽装とはいえ、私のことを愛していると言わせるのは悪い気がする。

 だが、呪いを解くためだから、頑張ってもらうしかない。

 だが、愛を囁かれたら、さすがに勘違いしてしまいそうだ。

 ダリ―には好きな子がいるけど、勇気が無くてチャラ男に進化しようと頑張っていたのだ。

 私なら、ありのままのダリ―を受け止める覚悟はある。

 あぁっ……段々と本物の愛になっても、良い気がしてきた。

 小説はホラーでも、現実世界ではラブロマンスなんて最高じゃないか。

 最初はお互いを知らなくたって良い。

 ゆっくりとお互いを知っていけばいいのだから。

「……ダリ―⁇」

 ダリ―の返事がないので、私はダリ―がいる方に振り返った。


 そこには、ダリ―はいなかった。

 それどころか洞窟も海も砂浜すら無かったのだ。

 灰色の世界に、私は一人ぽつんといるのだ。

「……幻覚⁇」

 辺りを見渡しても、誰もいない。

 物語の主人公には元彼はいたが、私にはいないのだ。

 だから、幻覚も出せなくて困っているのではないだろうか。


「みーのり!!」

「ぐぇっ!!⁇」

 突然、首を絞めるように抱きしめられた。

 この声は父親の声だ。

「可愛い美乃利!!将来はパッパーのお嫁さんになるんだもんな⁇」

 顔にじょりじょりと髭を当てる父親。

 顔を見ると、今よりも若い姿だ。

 まさか、私に相手がいないからって、父親で愛を語らせようとしているのか。

 これは本当にふざけているとしか言えない。

「っちょ!!おとーさん⁉また阿保なことを言ってると、お母さんにどやされるわよ!!」

 そう言うと、父親はひっ!!と弱弱しい悲鳴を上げて離れた。

 私はげほげほと咳き込みながら、父親が泣きながら消える姿を見ていた。


「……まさか、これで終わりなの⁇」

 幻覚が終わるのであれば、私は砂浜で目覚めるはずだが、まだ灰色の世界に取り残されている。

「……海藤さん」

 また声が聞こえてきた。

 次は背後から聞こえたのだ。

 振り返ると、そこには山田が立っていた。

「……山田さん⁇」

 私の忌々いまいましい作品を発掘した男、私を小説家デビューさせてくれた担当者だ。

 段々と口調は悪くなるし、階段から落ちた私を避けるような薄情な男だ。

「海藤さん、次の作品の進捗はいかがですか⁇」

 いつもより口調が優しい。

 いつもなら、モリモリを送ってくるか、メールで催促メールが届くくらいだ。

 幻覚になると優しくなるのだろうか。

「はい。まだ一文字も書いていません。さっぱりです」

 本当は半分は書けている。

 だが、ここで本当のことを言っても相手に私をべた褒めさせる隙を与えてしまう。

 それなら、怒らせるくらいの姿勢でいないといけないのだ。

「そうですか……わかりました」

 そう言うと、山田はにこりと笑った。

 本当にそんなことを言ったら、叱責メールにモリモリ応援隊を派遣されて、終わるまで眠らさせてくれないだろう。

 山田はそんなやつだ。

 これはその山田じゃない。

 偽物なんだ。

「いいんですよ、海藤さん。無理をしないでください」

 笑顔でこちらを見つめながら、山田は優しい声で話しかけてくる。

 やはり現実ではない。

「海藤さんはそのままでいいんです。ゆっくりでいいので、良い作品を作りましょう」

「……」

「寝る暇もなく机の前に張り付いて、ゆっくりと書き続ければ良いのです」


 何故だろうか。

 いつもの私の頭の中にいる山田に近い言葉を言い始めた気がする。

「今日中に提出できなければ、今後は馬車馬のように働いてもらいますので、大丈夫ですから。では、私はここで失礼します」

 そう言うと、山田はすたすたと歩いていくのだ。

「まっ待って!!!!せめて優しい声で優しい言葉を言って!!!!そんな現実で起きそうな呪いの言葉を放って去られたら、現実が怖くなるじゃないのぉぉぉっ!!!!」

 そのまま、山田は空気のごとく消えたのだった。

 幻覚でもこんな酷い仕打ちをするなんて……やはり山田は悪魔だ。

 せめて愛を囁いて消えてくれ。


 私は四つん這いの状態で、悲しみのポーズを取ったまま動けなくなっていた。

 まさかあのバケモノは、私に愛を囁くやつがいないから、こう言う精神攻撃をしてくるのだろうか。

 確かにかなり響いていた。

 涙と鼻水が止まらなくてしょうがない。


「……大丈夫っすか⁇」

 その声を聞いて、私はゆっくりと顔を上げた。

 目の前にしゃがみ込みながら、私を心配そうな顔をするモリモリがいた。

 先ほど別れた時と同じ格好をしているので、本物なのか偽物なのかわからない。

「モリモリ……」

「あはっ!!みのみの、ひっどい顔ー!!何があったんすかー⁇」

 鼻水を垂らしながら泣いていた私の顔を、服の袖で拭いてきた。

「いだっ、痛いよ⁉」

 私の顔をごしごしと拭きながら、モリモリはケタケタと笑っているのだ。

 いつもと変わらないモリモリに、私は幻覚なのか本物なのか判断が難しい。

「みのみのって、山田先輩のこと好きなんですかー⁇」

 優しい笑顔で私を見つめるモリモリに、私は絆されそうだ。

「違うよ。山田って性格悪いじゃん」

 その言葉にモリモリはケタケタ笑うのだ。

 山田先輩は性格が悪いんじゃなくて固い人なんだと言いながら、モリモリは腹を抱えて笑っていた。

「あははっ……じゃあ、僕のことはどうですか⁇」

「えっ……⁇」

 モリモリの口から、そんな言葉が出てくるとは思わなかった。

 私の頭の中にいるモリモリは、もっとこう……頭のネジが外れたようなイメージなのに。

「モリモリは良い人だよ。合コン馬鹿なだけで」

「えーっ⁇合コンはとっても楽しいんすよー⁇嫌なことも忘れて、わいわいと盛り上げて飲みまくるの」

 そう言いながら、私の顔をじっと見つめてきた。

「……モリモリ⁇」

「なんで僕が合コン行くかわかります⁇」

 いつものふざけたモリモリとは異なり、真剣な眼差しで私を見つめてくるのだ。

 いつもと違うモリモリに、私は緊張してきたのだ。

「えっ……あっ、楽しいから……でしょ⁇」

「違いますよ⁇」

 そう言うと、モリモリは顔を下に向け、腕の中に隠した。

 少しの沈黙の後、ゆっくりと顔を上げて私を見つめてきたのだ。

「みのみのに嫉妬してほしかったんすよ⁇」


 モリモリの言葉に思考停止した。

 何をどうしたらこうなるのだろうか。

 わからないが、とりあえず今言うことは一つだ。

「私ハ、ダリート永遠ノ愛ヲ誓ッタノヨ」

 まるでロボットのような喋り方をしてしまった。身体をブルブルと振るわせて、ぎこちない動きで立ち上がった。

「私ハダリーヲ愛スルノ」

 徐々に顔が真っ赤になってきているかもしれない。

 私はモリモリに背中を向けた。

「アッ……アッアバヨー」

 そう言うと、モリモリの反対側に向かって全速力で走って逃げた。

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