弐.その愛は本物ですか??

「……えっと⁇」

 太陽の光を浴びてキラキラと輝く金髪、引き締まった筋肉、まるで少女漫画のような展開に、私はどのように反応すればよいのか困惑していた。

「ありがとうございます……」

 私はお礼を言うと、立ち上がった。

 だが、この男は私の腕を放さないのだ。

「……あの⁇」

 男は真顔のまま、私を見つめていた。

 男の顔はキリッとした眉に鋭い眼光だ。

 見た目に反して、真面目そうな顔立ちに少しずつトキメキが高鳴ってきたのだ。

 すると、男はにっこりと笑ったのだ。

 笑顔がとても可愛いのだ。

「うわぁーっ!!溺れている人がいると思って、引っ張り上げたらこんなに可愛い女の子だったなんて、俺チョーラッキーじゃん!!!!」

 突然褒められたことに、私は照れかけた。

 だが、喋りを聞いて固まってしまった。

 見た目がチャラくて、顔は真面目、性格はチャラい……ただのチャラ男じゃないか!!

「おっ、おっお⁇おぉっ⁇」

 私は何を言えばいいのかわからなくなり、海に浮いているはずの浮き輪を横目でちらちらと探した。

 だが、そこには浮き輪は無かった。

 無くなってしまったのかと、海全体を見渡すが、浮き輪はどこにもなかった。

 その代わり、遠くの方に黒い人間の影が見えたのだ。

「……あれ⁇」

「ん⁇どうしたの⁇」

 私は黒い影を指差すが、男には見えていないようだ。

 海……呪い……

「あっ!!!!」

 私は思いだしたのだ。

 ただ単に溺れただけかと思ったが、これは私が書いた小説だ。

 岬の呪いで思いだしていた作品のもう一つの話だ。


 真夏の海、ひと夏の恋。

 女は新たな出会いを求めて、海水浴へ訪れたのだ。

 周りはカップルばかりで、一人で来たのは自分だけだった。

 こんな状況では、ひと夏の恋ができないと女は落ち込んだ。

 人々が集まる海岸から少し離れた浜辺で、一人静かに座っていたのだ。

 折角の休みが無駄になってしまう……そう思い、せめてここに来た思い出を作ろうと上着を脱いで水着になったのだ。

 年齢は大人の女性だが、水着姿になるとそこいらの高校生の方が大人っぽく見えてしまう。

 せめてくびれをつけようとウエストを引き締めたが、それでも子供体型から抜け出せなかった。

 少し悲しくなりつつ、海に入る。

 海水は生暖かくて、心地よい。

 女はゆっくりと浮いて、空を眺めていた。

 何も得ることなく終わるなんて悲しかった。

 ぼーっと浮いている時だった。

 突然、人の顔が目の前に出てきたのだ。

 驚いた女は身体を丸めてしまい、海に沈んでしまった。

 すぐに人に起こし上げてもらったが、沈んだ時に海水を飲み込んでしまったのだ。

 咳をする女の背中をポンポンと叩く人、落ち着きを取り戻した女はその人を見ると、金髪で色黒の男だった。

 彼女は彼に一目惚れをしたのだ。

 まさに自分の求めていたひと夏の恋の相手に相応しいと。

 男も女に一目惚れをしたのか、彼女の容姿を褒めた。

 お互いが見つめ合い、まるでカップルのような空気が漂っていた時だ。

 男が女に言ったのだ。


 と。


『ホントウニ⁇』


 その瞬間、身の毛がよだつ声と冬のような冷たい風が襲った。

 目を瞑り、身体を縮こまらせた。

 そんな女を守るように、男は女を強く抱きしめたのだ。

 冷たい風が止んで、二人は目を開けた。

 すると、先ほどまで明るかった海岸が薄暗い世界に変わっていた。

 空は暗い紫色で海はどす黒くなっていた。

 困惑する二人に、海からゆっくりと黒い影が近づいてきたのだ。

 じっと見つめていると、徐々に姿を現したのだ。

 真っ白なぶよぶよの肌に、わかめのような真っ黒く長い髪、目や鼻は膨れた肌で潰れているが、大きな口だけはニヤリと笑っているのだ。

 女と男は海岸まで下がり、ゆっくりと近づいてくる何かを見つめていた。

 身体部分が少しずつ見えてきたのだが、左肩部分は普通で、黒っぽく汚れたシャツが見える。

 だが、右肩側は無いのだ。

 見えない部分は真っ黒くなっているだけで、血が出ているわけでもなかった。

 腰から下が見えた時、二人は驚いたのだ。

 もし人だったとしたら、溶けた様にくっついた足がつぶれているのだ。

 まるで蛇の舌のような下半身なのだ。


 徐々に近づいてくるバケモノに硬直していた女の腕を掴み、海から離れようとした。

 だが、壁でもあるのか、浜辺より先へ進むことができないのだ。

 海岸を走りながら、二人は隠れられる場所を探したのだ。

 洞窟の中には入らず陰に隠れていると、バケモノは洞窟の方へ入って行った。

 あのバケモノは何なのか、どうしてこんな目に遭うのか、男は困惑しつつも女のことを絶対に守ると約束するのだ。


 そんな男に女は言ったのだ。

 あれはこの海に出る都市伝説の生き物だと。

 女はそれを見たさに、ここで相手を探していたのだと。

 女は都市伝説の究明をする記者だったのだ。

 あの生き物は昔は人間だったそうだ。

 恋人に海に沈められて、死んでしまったそうだ。

 恋人は浮気性な男で、いつも浮気ばかりしていたのだ。

 だが、子どもができたことで結婚をする決意を固めたのだ。

 そして、二人で思い出の海に遊びに来た際、恋人が永遠の愛を誓ったのだ。

 二人で夕飯を海辺のレストランで食べた際、恋人は睡眠薬を仕込んだのだ。

 そして、眠らせた状態で足に重りをつけて、ボートで海の真ん中まで行き沈めたそうだ。

 海の中で死んだ人間は、海のバケモノとなった。

 そして、自分と同じように海で愛を誓う人間に問うのだ。

 それは本当の愛なのかと。

 そう言うと、女は男を見つめて言うのだ。


 永遠の愛が本物であれば、自分達は助かるのだと。

 女は男に抱き着き、愛を囁くのだ。

 だが、男から返事は無いのだ。

 女が男の顔を見ると、男は何とも言えない顔をしていた。

 そして、少しだけ一人で考えさせてくれと言い、女から離れて行ったのだ。

 女は男を待ち、海を見つめていた。

 すると、女を呼ぶ声が聞こえたのだ。

 女はその懐かしい声に振り返る。

 そこには十年前に喧嘩けんか別れした彼氏がいたのだ。

 あの生き物は大切な人の幻覚を見せる。

 そして、誘惑してくるのだ。

 女はそれを理解していた。

 だから、そんなものに騙されないと高を括っていた。

 予想通り、元彼は自分と寄りを戻すように言ってきたのだ。

 女は鼻で笑い、今の自分には大切な人がいるのだと伝える。

 すると、幻は消え先ほどと同じ場所に立っていたのだ。

 女は男のところにも同じように行っているはずだと男を探すが、男は見つからないのだ。


 浜辺を探すが、どこにもいない。

 ふと、海の中にあの生き物を見つけた。

 どんどん海の奥の方へ向かっているのだ。

 その傍に男がいたのだ。

 どんなに声をかけようとも男は反応せず、生き物と共に姿が見えなくなってしまったのだ。

 この世界からは二人でしか脱出することができない。

 女は浜辺にへたり込み、男が消えて行った海をただただ見つめるしかなかったのだ。

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