伍.もうじき年が明ける

 適当な修理に、市松人形はぶつくさと文句を言っていた。

 私の冷たい視線に気づいたのか、咳払いをして苦しゅうないと言わんばかりの殿様ずわりに座り直した。


『それじゃ、仕切り直して。……お主、今大きな悩みを抱えているじゃろ』


 突然、占い師のような事を市松人形は言い始めた。

 何を言っているんだと、私は首を傾げる。

「……いや??」


『いや、あるはずじゃ。その人の事を考えるだけで、胸がはち切れそうな……そう。苦しくなるのじゃ』


 何を言っているんだろうかと市松人形を見つめるが、そう言えばっ引っかかっている事はある。

「胸ははち切れないが、ある人を思うと胸がグッと苦しくなる事はある」

 そう言うと、まるで私はわかっていましたよと言わんばかりの表情をして、ほれほれと大喜びしている。


『ほっほっ。やはりお主にもあるよの??それを解決する方法はあるのじゃ』


「へぇー何するの??」


『簡単じゃ。思いの丈を今すぐ電話で伝えるのじゃ』


 市松人形は、キリッとした顔で私を見つめる。

 人形なのに、妙に表情筋が豊かな気がする。

「相手に嫌がられない??」


『相手から好意を感じているなら大丈夫じゃ。思い当たる節はあるじゃろ??』


 好意を感じた事は……ある。

 私は思い切って、電話をかけた。

 電話の呼び出し音がとても長く聞こえる。


「……はい。もしもし」

「あっ、私。海藤美乃梨です」

 私の名前を聞いた途端、相手は驚いたようだ。

「えっ??美乃梨ちゃん!?きゃー電話くれたのー!?」

 すごいテンションが高く、電話の向こうで飛び跳ねてそうな気がする。

 電話の相手は、この前久しぶりに会った高校の友人だ。

「きゃーもうめっちゃ嬉しいわ!!何か急用だったりしちゃう??会ってお喋りしちゃう??」

 私は息を吐き、真面目な顔をした。

 市松人形を見ると、監督のような感じで見守っていた。

「あのね、聞きたい事があるの」

「うんうん。なーにー??」

「あなたの名前、何だっけ??」

 

 結論から言おう。問題は解決したのだ。

 彼女の名前は、横川よかわ早紀さきと言う。

 私の質問にも優しく答えてくれた。

 地元に帰省していると言ったら会おうとまで言ってくれた。

 まぁ、外に出る予定が無いので、断ったが。

 これにてハッピーエンドと電話を切ると市松人形に飛び蹴りされた。


『失礼すぎるじゃろ!!卒業写真とか名簿を見て、そのくらい調べんか!!』


 また暴れたために外れた足を、私は拾って市松人形に戻してから市松人形をベットに戻した。

「終わり良ければ全て良し。解決したからいいじゃーん」

 思い切って行動したのにこの仕打ちだ。


『違う、もっとこう……心にグサグサと刺さるような……』


「あぁっ」

 心にグサグサと刺さるやつ、あれしかない。

 私は机の引き出しからいつのか忘れたが、年賀状を取り出した。

「中学の時の友人から毎年、年賀状来てるみたいなんだけど結婚報告から返送してないね」

 そう、私の初恋かもしれないあの男子と結婚した友人だ。

 ショックを受けすぎてそれからは送っていない。

 母親から電話で子供が生まれたとか年賀状の音読をされ、年明け早々心にグサグサ刺さっていたのを覚えている。

「みのみの、ハートブレイクよ」

 テヘペロポーズを取り、市松人形を見ると鬼の形相になっていた。


『ばっかもん!!早う書きんしゃい!!!!』


 そう言うと、市松人形は私の顔面に飛びついてきた。

 着地した途端、ワシャワシャと頭の方へ移動した。

「何すん……」


『よしっ!!今までの非礼と近況を書き、今後の抱負を書いて送るのじゃ!!』


 そう言うと、市松人形はロボットを動かすように私の髪を引っ張る。

「いてててっ!?わかった!!わかったから引っ張らないで!!」

 

 私は市松人形を頭に乗せながら、外のポストにハガキを投函した。

 遅い遅いと頭上で文句を言っているが、出すだけマシだろうと思う。

 家に戻ろうと歩き始めようとした時だ。

『おっ……雪じゃの』

 何を言っているんだと顔を上げると、小さな粒が降ってきた。

「あーっ、寒いはずだわ」

 私はそう言うと、そそくさと家に帰り部屋に戻った。

 もうこれ以上やる事はない。


『違うんじゃよ……』


 私がゴロゴロしている横で、市松人形はブツブツと呟いていた。

「何??まだあんの??」


『そうじゃなくて!!異性関係で濃密な関係は無いのかと聞きたかったのじゃぁぁぁっ!!』


 ギャーギャーと騒ぐ市松人形の横で、私のスマホが鳴った。

 どうやら電話のようだ。

「もしもし」

「もっしもーし!!みのみの生きてまーす⁇」

 電話の相手は森山もりやま総一郎そういちろう事モリモリだ。

 相変わらず元気が良い。

 市松人形にも電話から声が漏れてるようで、キラキラとした目で私を見つめてきている。

「生きてますが、何か用ですか⁇」

「えぇーっ⁉みのみのテンション低ーい!!あげあげしてくだっさーい!!」

「……あげあげー」

 モリモリは大の合コン好きだ。

 だからなのか、こんなテンションなんだろう。

「もしかして、合コン中⁇」

「いえっ、仕事中です。今、山田先輩とっ……いでぇっ!!」

 突然スパンッとスリッパで叩いたかのような音と共に、電話の向こう側でモリモリを叱っている声が聞こえる。

 耳を澄まして聞くと、どうやら山田がモリモリに怒っているようだ。

 仕事中に私用の電話をしているから当然な気もするが。

「……すみませんー。今日は山田せんっ……さんが不機嫌なので、用件だけ伝えますね」

「はぁ……」

「明日、みのみのの地元近くで飲むんですけど、前回の飲み会のリベンジしません⁇」

 前回の飲み会とは、私とモリモリが遭遇したマンションの呪いの時に行く予定だったみのみの残念会の事だろう。

 そう言えば、話が流れたままだった気がする。

「……えっ明日……」

 チラリと市松人形を見ると、行け行けとGOサインを出している。

 前回はまんまとモリモリの策略にハマり、外に出かけた。

 だが、今回は家でゴロゴロするのがとても大事なので、非常に悩ましい。

「ちなみに、山田さんのおごりですよ!!」

「行く!!!!」


『今のはお主のこれか⁇』


 電話が終わった途端、市松人形は興味津々に親指を立てて聞いてきた。

「あー、今の仕事の担当さんの……助手的な人だよ」

 そうかと市松人形は下を向いてため息をついた。

 何を期待しているのかわからないが、市松人形の思い通りにいかなかったのだろう。

 何かを諦めた顔をして市松人形はゆっくりと顔をあげて、外を見始めた。


『そろそろ時間じゃ。最後に頼みがあるぞ』


「何⁇」


『ばあさまの位牌に手を合わせたいのじゃ。連れてってくれんかの』


 そう言うと、勝手に私の腕にくっついてきた。

 仕方がないので、私は部屋を出て二階に上がった。

 二階の奥の部屋がおばあちゃんの部屋で、仏壇があるのだ。

 部屋に入って仏壇の前に市松人形を座らせた。

 市松人形は私にお礼を言って、仏壇に手を合わせた。


『遅くなってすまんの。やっと来る事ができたのじゃ』


 そう言うと、市松人形は位牌に話しかけていた。長話が好きなのだろう。よくわからない話をずっとしている。


『……お主が身代わってしまって、本当に申し訳ない。じゃが、主の孫は大きくなっても相変わらずじゃぞ』


 そう言うと、市松人形はふふっと笑い声をあげてこちらを見てきた。


『のぉ、これからも人を大切にするんじゃぞ』


 そう言うと、市松人形は倒れた。

 腕や足が取れたが、もう文句を言う事も話す事もなかった。

 私は市松人形を抱えて仏壇に手を合わせた。

 それから部屋に戻り、窓の外のちらほら降る雪を見ていた。

 明日の朝までには止んで溶けているだろう。

「今度、神社に供養しに行くか……」

 年を明けた辺りに、神社とかでお焚き上げがあるだろう。

 そこに持って行って今度は成仏できるようにしないと、また起き上がるかもしれないから。

 雪が止んだ頃、ふと思いだしたのだ。

「あっ、結局私に恩返しなかったじゃん」

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