参.鶴の恩返し

 朝になったのだろう。

 リビングから物音がした。

「お母さん、起きたみたい」


『そうみたいじゃの』


 相変わらず市松人形は、私のベットを占領している。

 途中眠くてウトウトしていたが、もう朝になってしまったようだ。

「お母さんに市松人形が動いたって言わなきゃ……」


『ほっほっ。私も話したい事があるから連れて行きなさい』


 市松人形と目を合わせて深く頷いた。

 私は市松人形を抱えると、急ぎ足でリビングに向かった。

「おはよう!!お母さんちょっと聞いて」

「……おはよう。あんたねぇ、夜中も今もドタバタうるさい……」

 そう言いながら、寝惚け眼の顔をした母親がこちらに振り返る。

 私の顔を見て、ゆっくりと私が抱えているものを見る。

 私の腕に中にいる市松人形は、じっと母親を見つめていた。

「……ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっっ!!!!」


「……本当にあんたって子は」

 青い顔をした母親はリビングの椅子に座っている。

 私は母親の目の前に正座させられ、市松人形はその間にを座らせていた。

 私は母親の拳骨を喰らい、昨日に引き続き頭を押さえていた。

「違うの……聞いて」

「何??」

 イライラとした顔で、冷たく言い放つ母親は今日も怖い。

 だが、今はそんな事を言っている場合ではない。

 私は市松人形を指差した。

「これ、喋るの!!」

「……はっ??」

 目をキラキラさせながらなるべく可愛く言ったのだが、対照的に母親は淀んだ目でこちらを見ていた。

「ほら、夜中みたいにお母さんにも説教しちゃって!!」

 だが、市松人形は無反応だった。

「……ちょっ何か言ってよー」

 市松人形の頬をツンツンと突くが反応がない。

 ただの人形のようだ。

 これでは私が変な人ではないか。

 恐る恐る母親の方に視線を上げる。


 まるで不審者を見るような冷たい目で私を見ている。

「……朝ごはん用意するからそのまま座ってなさい」

 そう言うと、母親はキッチンへ消えていった。

 その間、私はずっと市松人形に話しかけるのだが、反応がない。

 朝ごはんを食べ終えても市松人形に声をかける私の姿を見ている母親は、憐れみの目をしていた。

 そして大きくため息をつき、さっさと部屋に戻れと手でしっしっと追い払ったのだ。


 作戦会議をしようと部屋に戻り、市松人形をベットの上に座らせた。

「どうしよう」

 昨日まで悠長に話をしていた市松人形が、ただの人形になってしまった。

 もしかしたら、夢でも見ていたのかもしれない。


『いやーどうしようもないわな』


 市松人形はそう言うとため息をついた。

 私はジロリと市松人形を睨んだ。

「……どうしてお母さんの前では喋らなかったの??」

 市松人形が喋らなかったせいで、私は母親にヤバい子認定されたに違いない。

 今まで愛らしく可愛い娘であったと言うのに、なんたる失態だ。


『いや……目前までは動けたが、突然動けんくなったんじゃ』


 市松人形は壊れていない手の方をぶんぶんと回し、見ろと言わんばかりに身体を動かしていた。

「動けない……なぜ⁇」


『今まで動けんかったんじゃが、お主が来たら動けるようになったのじゃ』


「だったら、動くんじゃないの⁇」


『どうやら、お主以外の者に見られていると動けんようじゃ』


 どうやら、私以外の人に見られた状態だと動けなくなるらしい。

 なら話せたのではないかと思うが、もう後の祭りだ。

「あっ!!」


『なっなんじゃ⁉』


 私はスマホを取り出し、小説投稿サイトのマイページを開いた。

 そこには、私が昔投稿した小説の作品がある。

 山田が見たのもこのサイトだ。

 ページ内の人に見られないくらい隅に隠されている黒歴史ページを開くと、私が書いたホラー小説を見る事ができる。

 全面は乙女全開の小説しかないのに、やつは黒歴史を開いたのだ。

 まぁ、それは置いといて。今回見るのは乙女全開の作品リスト内にある心温まる人形の話だ。


 ある少女は大切な人形が壊れてしまい、もう一緒に遊べなくなってしまったので物置に大切に保管する事になった。

 今までずっと家族のように大切にしていた人形と一緒にいられなくなってしまい、その日から毎夜、悲しくて泣いていた。


 毎日、毎日。


 少女の涙は涸れる事は無く、日に日にやつれていった。

 とうとう少女は倒れてしまい、動けなくなってしまった。

 もう明日には命が尽きるかもしれない。

 そんな状態になっても、少女は涙が涸れる事が無かった。


 その日の夜、少女の元にあの大切な人形が現れた。

 楽しそうに歌って踊り、少女に抱き着いてきた。

 そして、少女を連れて夜空へお散歩に旅立つのだ。

 少女は涙が止まり、久しぶりに笑顔を見せた。

 今までの事やこれからの事、いろいろと話をした。

 話が尽きる事はなかった。

 朝日が見える頃、少女は部屋に戻ってきた。

 人形が見守る中、目を閉じた。

 そして、朝を迎え少女は目覚めた。


 少女はその日から毎日、元気よく外で遊ぶようになった。

 もう涙は出る事はなかった。

 少女は大切にしていた人形の事をすべて忘れてしまったのだ。

 周りは気づいていたが、もう少女を悲しませないよう、誰も人形について話す事はなかった。

 人形を捨てようと探したが、大切に保管していた人形はどこかに消えていた。


「つまり、人形は大切にしてくれた少女に恩返しがしたかった。瀕死ひんし状態の少女の原因が自分であれば、自分の記憶を消し、少女を助ける!!これが恩返し……鶴ならぬって感じの話なのよね」


『……それは恩返しか⁇』


 首を傾げる市松人形に私はチッチッと人差し指を振り、にこりと笑った。

「どんな事でも、恩返しをしたと思えばそうなのよ」


『ありがた迷惑な奴じゃな……』


 そりゃあ、自分がやってあげたとしても相手が喜ぶとは限らない。

 私が市松人形をあげたり、見せたりした時のあの反応が良い例な気がする。

 だが、壊れていてもこんなに可愛らしいこの人形を怖がるなんて、本当に遺憾である。

「さて、今回はホラーじゃなくて心温まる話なんだから、やってもらうわよ」


『はっ⁇』


 市松人形は私をじっと見つめてくる。

 今までの話を聞いて理解していない事に、私は非常に悲しくなった。

 大きなため息をつき、目にキリッと力を込めて市松人形を見つめ返した。

「あなたが動いたのは、私に恩返しがしたいから。つまりは、私に恩返しをしなければ成仏できないって事よ!!」

 まるで犯人はお前だと言うように市松人形に指を差した。

 他人から見たら、シュールな光景だと思うが私は満足だ。


『恩返し……のぉ』


 市松人形は悩むようなポーズを取り、何かを思いついたのかニヤリと笑った。


『恩返ししてほしいなら、これから言う事をしっかりとやるんじゃぞ』


「おぅ!!どんとこい!!」

 私は胸を叩いて、やる気満々のポーズを取った。

 そんな私を見ながら、市松人形は不敵な笑みを浮かべていた。

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