弐.迷子の迷子の……⁇

『どーこー⁇』


 機械音のような声とともに、ズルッズルッと言う音が聞こえる。

 私は今、やつから見えない位置の柱の陰に隠れている。


 先ほど和室に座っていた私は、声のする方を振り返った。

 そこにはお河童頭に赤色の可愛らしい着物の少女がいた。

 着物の袖が床にぺったりと付いていて、そこから手がちらりと見えた。

 どうやらやつは手が長いようだ。

 そして、顔は……真っ黒い穴なのだ。


「これ……私の小説じゃないよ」

 私は震えていた。今までは自分が作り上げた小説の世界での出来事だった。

 だから、対処方法はこれだと断言できていた。

 だが、これは小説ではなく絵だ。

 私が小学生の頃に描いた絵だ。

 この思い出は、私にとって忘れられないものだった。


 それは、私が小学校低学年の頃だ。

 両親にどこのかわからないお祭りに連れていかれた。

 当時の私は夢見る少女で私は世界一可愛くて誰もが好きな人気者で、学校で誰も声をかけてこないのは高嶺たかねの花だからと本気で思っていた。

 おばあちゃんに着付けをしてもらい、華やかな模様の描かれた赤い着物をまとい、私は浮かれに浮かれていた。


 美人二枚増しだと。


 会場に着いたのは夕方くらいだったろうか。

 可愛い私を披露するには多すぎる観客に、私はぽかんと口が開いてしまっていた。

「みのり、人が多いんだから絶対に手を離さない。突然走ってどこかに行かない事。わかった⁇」

「うん!!」

 私は母親の顔を見てにこりと笑った。

 そのくらい、猿でもわかるわと内心思っていたが、それを言うと母親にほっぺを引っ張られるので言わなかった。


 私は大人だからと。


 人混みに入って歩くが、何も見えなかった。

 見えるのは、人の足、ズボンとかそんなのばっかりだった。

 人をかき分けて見に行きたいが、右手は母親、左手は父親とつないでいる状態だった。

 まるで宇宙人みたいな気分になりつつ歩いていた。

 その時、視界の隅の方で何かが光った。

 私は振り返り、キラキラ光るものが何なのかを見に行った。

 お祭りなんて人生でこれが初めてで、それがなんなのかわからなかった。

 変なおじさんが座っていて、その人の前にはキラキラ光るボールが水の中にたくさん浮かんで流れていた。

 キラキラと光りながら、回るボールを見て私は宝石か何かに見えた。

「お嬢ちゃん、ほしいんかい⁇」

「うん!!きらきらきれいだもの!!」

 私は目をキラキラさせながら、知らないおじさんの顔を見た。

 誰かを下ろしてきたような強面顔に私は笑顔が引き攣るも、今の自分は無敵だから大丈夫だと過信していた。

「そっかぁ!!じゃあ一回遊んでくれたら、気に入ったキラキラを一個あげるぞ!!親御さんのところへ行ってゲーム代をもらっておいで」

 おじさんに言われて私は大きく頷いて、お店を後にした。


 だが、私はここで気づいたのだ。

 両親がいない事に。

「もしかして……」

 私は口元に手を当てて震え始める。

 これはひょっとして、ひょっとするのではないかと。

「お父さんとお母さん……迷子⁇」

 大人のくせにしっかりしていないのかと驚いた私は、先ほどの宝石回しのおじさんのところへ行こうと思った。

 だが人波に押されて、徐々にその場から消え去るしかなかった。


 混雑した場所のせいで着物は乱れてぐしゃぐしゃになり、なんとか逃げだそうとハイハイして人通りのない草むらを歩いていた。

 泣きじゃくりそうな私がいると言うのに、誰も助けてくれないのにショックを受けつつ、しゃがみ込んだ時、人の声が聞こえてきた。

「……放してください!!」

「お姉さんたちがOKしてくれたら、放してあげてもいいんだよ⁇」

 女の人達と男の人達が居た。

 私は親を探してもらおうと、木につかまって立ち上がった。

「すみません」

「あっ⁉」

 男の内、一人がこちらを睨んできた。

 だが、その瞬間男は固まった。

「へっ……あっ……あっ……」

「どうしたんだ⁇」

 そう言うと、傍にいた男がこちらを見た。

 その瞬間、その男も青ざめていった。

 私はどうしたのかと思い、ゆっくりと傍に近づくと男の人達は絶叫して走って行った。

 何が起きたのかとこちらを見た女の人達も私を見て、悲鳴を上げて逃げていく。

 私は茫然ぼうぜんとしたままつっ立っていた。


 後ろを振り返るも何もいない。

 どうしたのだろうと思いつつ、私は周辺をうろついた。

 だが、親の姿が見えないのだ。

「おとぉさんとぉぉっ、おがあぁぁさんがいなぐなっじゃったあぁぁぁっ!!!!」

 私は涙をボロボロと流しながら、人混みの中にまた入っていく。

 だが、私にぶつかる人や避ける人しかいなかった。

 賑やかなお祭りで、私の泣き声なんて誰にも聞こえていないようだ。


 その時、腕を掴まれて引っ張られた。

 私は驚いたが、母親だと思って振り返る。

 腕を引っ張っていたのは、知らないおばさんだった。

「っぎゃぁぁぁぁぁっっっ!!おばけぇぇぇっっ!!!!」

 私は大声を出しながら、勢いよく腕を振り回した。

 おばさんの手から離れるなり、急いで奥へと逃げ出した。

 ガンガン人にぶつかっていたが、痛いよりも恐怖が勝っていた。

 運が良かったのか、悪かったのか知らないおじさんがよろけてぶつかってきて、私は人混みから飛び出した。


「うぎゃっっ⁉」

 地面にコケて、顔面を強打した。

 とても痛かった。

 もうやっていられないとその場から立てずにいると、突然大きな音がした。

 驚いて上を見ると、舞台に大きな太鼓があった。

 それを私より小さそうな男の子が力強く叩いていた。

 ドンッドンッと大きな音を立てる太鼓に、心臓を持っていかれそうな衝撃を受けた。

 細い腕なのに、どうしたらそれほどの音を立てられるのだろう、遠めでもわかる飛び散る汗はきらきらと輝いて見えた。

 涙はすっかり止まって、その少年に見惚れていた時だった。

「みのり!!!!」

 お父さんの声がした。

「お父さん!!」

 私は声のする方に振り返り、走っていった。

 お母さんともその後に合流し、お母さんから拳骨を食らったのは言うまでもない……だが、両親の目元が真っ赤っかで猿のようだったので、私はにっこりと笑ってまた泣いたのだった。


 その後、太鼓のおかげで帰ってこれたのだと言って、私も太鼓をやりたいと両親にお願いした。

 まぁ、太鼓を習ったらあの男の子に会える気がしていたので、かなり邪な気持ちだったが。

 両親には反対され、おばあちゃんに泣きついたら買ってくれた。

 あの小太鼓を。残念と思いつつトントコ鳴らすと、あの日の思い出が目の裏に浮かぶので、当初は毎日叩いていた。

 しかし、父親に言われた一言から、私は太鼓を叩く回数が減った。

 そして気づけば、ストレス解消の捌け口になっていた。

 今でも忘れない、あの父親の一言が。


 ――何かに似てるって思ったら、大阪のあの人形だ!!みのり、あの人形のように可愛いぞ!!


 後日、授業で休日の思い出という作文の発表があった。

 その時に父親の可愛いを真に受けた私はお祭りの事、父親に人形のようだと言われた事を発表した。

 クラス内で爆笑されたあの日の事はまぶたを閉じなくても思いだせる。

「……そうか!!それだ!!!!」

 私はカバンからスマホを出して、ある人に電話をかけた。

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