弐.無駄にノリが良い

「おっっっしい!!みのみの、三秒オーバー!!」

 モリモリは指をパチンとして、その場に崩れ落ちた。

「くっ……無念なり」

 ゼーハーと息が切れた状態で、私も同じくその場に崩れ落ちる。

「くぅぅっ!!これも含めて、残念会でパァーッと発散しましょ!!」

「うぇぇぇぇいぃっ!!!!」

 モリモリの陽キャパワーのせいか、私も深夜テンション並みになっていた。

 間に合わなかった理由は、穴の開いていないジャージと柄物パーカーで悩んでしまったからだ。

 結局、柄物パーカーを着てきたわけだが、飲み屋で浮かないだろうか心配である。

「まぁー時間はまだまだあるので、ゆっくり会場に向かいましょう」

「えっ……余裕なんですか⁇」

 さっき時間がないと急かされた気がしたのだが、今は時間があるというのか……

「はい、山田先輩に話をした時にめっちゃ時間かかるから早く行けって言われたんですよー。あれですかね⁇みのみのの支度に時間がかかるって事ですかね⁇」

 いや、山田の事だ。

 それは違う。

 多分、私がモリモリの姿を見て恐怖のあまり外に出ない事を見通したのではないだろうか。

 だが、モリモリと私は謎に波長が合ってしまったせいで、山田の目論見は崩れ去った。

 こんな真昼間から飲み屋でどんちゃん騒ぎしていいのかと少し良心の呵責に苛まれたが、もう良い歳だ。


 大人なのだ。


 いいのだ、これで。


「さぁ、モリモリ。会場で先に盛り上がりましょう」

 私は多分、今までにないほどのニヤケ顔をしているだろう。

 そんな顔でモリモリを見つめているが、相変わらずモリモリは爽やかな笑みを浮かべていた。

「よっしゃ!!じゃあ行きましょう」


 そう言うと、モリモリはエレベータの前まで歩いて行った。

 少しして、チーンと言う音とともにエレベーターの扉が開く。

 モリモリと私はエレベーターに乗り込み、一階のボタンを押して扉を閉めた。

 チャラいと思っていたモリモリだが、実は紳士ではないかと驚かされる。

 エレベーターの扉を押さえてくれたり、ボタンの前に立ってサクサクと操作してくれる。

 そして、一階に着くとまたも扉を押さえてレディーファーストをしてくれるのだ。

「モリモリ……君はとても紳士なんだね……」

「ふぇ⁇みのみの何かあったんですか⁇」

 モリモリは戸惑ったような笑顔で答えた。

 そんな姿も今は神々しいほどの紳士だ。

「さぁ、サクッと行きましょー」

「……はっはい!!いいっ⁉」

 モリモリを見つめながら感動していたが、前を見た時だった。

 私のマンションの玄関、そこの自動扉が開いている。

 開いているだけなら問題ないのだが、その先は真っ暗なのだ。


「今日は一杯飲んで、楽しみましょうねぇー」

 そんな事は気にせずに、モリモリはサクサクと外に出ようとするのだ。

 私は咄嗟とっさにモリモリの首根っこを掴んだ。

「ぐぇっ⁉……みのみの⁇どうしました⁇」

「どうしました……じゃないでしょ⁇前見て」

 目をかっぴらいて無表情でモリモリに言った。どう見ても外の世界が異様だ。

「えー⁇あー、暗いっすね!!大丈夫です、雨降ったら走ればいいんで」

「そうじゃないでしょ」

 にこにこと笑いながらまたも歩き出そうとするモリモリを、私は止めるように引っ張る。

「モリモリ⁉外は絶対危ないから、いったん作戦を立てよう⁇」

「大丈夫ですって。暗いからって空から槍が降ってくるわけ……」

 玄関ギリギリまでモリモリが私を引きずって進んでいたが、突然進まなくなった。私は何かあったのかと前を見た時だった。


 ――目が合った。


 空から人が……髪の長い女が降ってきた。

 こちらを睨みながら、勢いよく下に消えていくのだ。

 それが何度も目の前で繰り返される。

 何度も降ってくる女の顔が、じわじわと脳裏に焼き付かれていく。

 血走った目で私を呪うかのように睨んでいる。

「ひぎゃぁぁぁっ!!」

 私は奇声を上げると共に、モリモリを引きずってエントランスホールまで戻った。


 見た。


 見てしまった。


 あれは、飛び降り自殺……そう、私の書いた小説のワンシーンだ。

 だが、思ったのと違っていて頭が混乱している。

「……モリモリ。だ……大丈夫⁇」

 息を整えながら私はモリモリに声をかけた。

 私はこれで三度目だが、モリモリはこんな事は初めてだろう。

 しかも目の前で飛び降り自殺のループ現象……恐怖でしかない。

「……みのみの」

 ゆっくりとモリモリはこちらに振り返る。

 きっと恐怖で強張っているのだろう。

 私がしっかりしなければならないと心に誓った。

「どうしましょう……会場に行けないっすよ」

「………………はっ⁇」

 モリモリの表情は少し強張っているが、笑顔を保っていた。

 怖さで頭がおかしくなったのかもしれない。

「モリモリ……無理しなくていいんだよ」

「いや、床が無いんじゃ歩けないですよ!!どうします⁉宅配でも呼んで家飲みに変更します⁉」

 どうしよう、どうしようと焦るモリモリを見て、私は無表情になった。

 歩ければ問題なく飲み会の会場に行けるとでも、思っているのだろうか。

 行けないと理解したら家飲みとかほざき始めて、こいつの頭には飲み会しかないのだろうか。

 そもそも目の前に振ってきていた女性について、ノーコメントなのはなんでだろうか。

 と、私は脳内で情報整理をし始めた。

 だが、このような人間がいるなんて私は知らなかったがために、結論が出ないのだ。


「……モリモリ」

「はいっ。何かいい方法あります⁇」

「この呪いから脱出すれば、飲み会に行けますよ」

 私は無表情でモリモリを見つめるが、モリモリは驚いた後、今日一番の笑顔を私に向けた。

「やりましょう!!みのみの!!僕、サポートしますから」

 爽やかな笑顔がなんとなく胡散うさん臭く感じるようになってしまったが、モリモリはどんな状況でも柔軟に対応できる男な気がする。

 だから大丈夫だと思われる。


 多分。


「ありがとうございます。……でも、私が呪いとか脱出とか言ってもよく信じられますね」

 もし私が逆の立場なら、頭のおかしい変な人だと思う。

 そして、距離を置いてとにかく話をしたくない気がする。

 それか、こいつこそ真犯人だと騒ぐ気がする。

「あっ、山田先輩が言ってたんです。呪いとかなんか言い始めたら、とりあえずみのみの任せで大丈夫だって」

 ヘラヘラと笑うモリモリの顔が山田のニヤニヤ顔に変換されて、一気に怒りが溜まった。

 山田は私の話を適当に流して聞くだけだった。

 結局、アドバイスや手助けをするどころか、海に放置プレイするようなやつだ。

 やはりアイツがこの呪いを引き起こした張本人ではないかと疑っても仕方がないだろう。

「……モリモリ。脱出したら、山田をつぶそう」

「はい!!山田先輩には酔い潰れてもらいましょ!!」

 おぉーっと拳を天にかざすモリモリを見ながら、私の潰すと何か違う気がするとモヤモヤしつつ、私も拳を天にかざす。

「とりあえず、今回の呪いについて話をするね」

 私が真面目な顔でモリモリを見ると、ヘラヘラ笑っていたモリモリも真面目な顔をしてこくりと頷いた。

 やはり私とモリモリは、波長が合うようだ。

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