第3話:妖精の国

 神話の英雄の来店に気をよくしたワタクシは、兄のアレクサンドルと一緒に張り切って店内を清掃していました。

 すると数日後、またクー・フーリンがやってきたのです。


「店主よ。我が槍の破片の行方を知らないか?」


「はい? それは先日お譲りしたはずですが?」


 ワタクシがそう答えると、彼はまた破片がひとつ足りなくなってしまったので探しにきたと答えました。


「あの槍は、投げると三十の破片に分かれて突き刺さる仕組みなのだが……コントロールを失敗して破片がどこかに行ってしまうことも多くてな。探すのに苦労するのだ」


 ケルト神話の英雄クー・フーリンの武器として有名なゲイボルグですが、やはり神器だけあって扱いが難しいものなのでしょう。


「なぁ、どこで無くしたとか思い当たる場所はねぇか? よかったら一緒に探すけど?」


 しょんぼりする彼に、アレクが話しかけました。彼は良くも悪くもフレンドリーというか、相手が誰でもこんな調子で話しかけるのでヒヤヒヤしてしまいます。


「む、それは助かる……スカアハ様にこのことが発覚すると大変なことになるゆえ」


 スカアハとは神話によるとクー・フーリンの師匠である女神で、非常に厳しく恐ろしい存在だそうです。

 彼の落ち着かない様子から察するに、おそらく真実なのでしょう。


「それで、どこを探せばいいんですか?」


「妖精の国だ」


 ――こうして我々は成り行きでゲイボルグの欠片探しに付き合うことになったのでした。


「しかし、妖精の国なんてどうやって行ったらいいんだ?」


「アイルランドの森の奥に特別な入口がある」


「そういや、アイルランドに妖精の森ってのがあったけど、もしかしてそこか?」


「その通りだ。よく知っていたな」


「俺はいろんなところを旅行してるからな。あの森は木にちっちゃい家や扉のオブジェがいっぱい付いてて可愛いよな」


「その中にひとつだけ本物の扉があるのだ」


 人間と妖精の世界の境目がそんなところにあったとは初耳です。


「では、妖精の森の一番大きな樫の木で待つ。目印は青い扉だ」


 クー・フーリンはそう言い残して消えました。


 ……瞬間移動するような力があるなら、一緒に連れて行ってくれればいいのに。

 仕方ないので転送魔術の準備をすることにしました。


「大丈夫か? また魔界に繋がってスライムが出たりしないだろうな?」


「あれはたまたまですから。今度は大丈夫ですって」


 そう答えながら床に転送用の魔法陣を描いていきます。ちょっと文字を間違いかけたのは内緒です。


「……さて、行きましょうか」


「お兄ちゃん、この魔法陣のやつで行くのあんまり好きじゃないんだよなぁ。体がふわ~って変な感じするし」


「贅沢言わないでください。飛行機だと時間もお金もかかりますが転送魔術なら無料ですぐ行けるんですから」


 転送される時の感覚はアレクいわく「エレベーターが動く時のすごいやつ」だそうです。まぁなんとなくわからなくはないですが。


「ではいざ、アイルランドの妖精の森へ!」


 ワタクシが魔法陣に立って呪文を唱えると、足元から眩しい光が現れ、体が包み込まれます。

 そして次の瞬間、森の清々しい空気が感じられました。成功です。

 木漏れ日の差し込む中、遠くから小鳥のさえずりが聞こえてきます。


「さて、目的の木はどこにあるんでしょうね」


 目の前には大小さまざまな木があって、その木の表面には掌サイズの小さなドアや小鳥の巣箱のような可愛い家が取り付けられています。


「これは地元の人たちが作ったオブジェなんだよ」


「可愛いですねぇ」


「一番大きいかはわからないけど、そういや昔行った時にデカいなぁって思った木があったな……」


 アレクの案内で森の奥に進むと、大きな樫の木があってその根元にクー・フーリンが腰かけていました。


「おや、ずいぶん早く来たのだな。さぁこっちだ」


 彼が木の幹に設置された小さな青い扉を三回ノックすると、なんとその隣に大きな光る扉が現れたのです。


「では行くとしよう」


 妖精の国は自然豊かな美しいところでした。色とりどりの花が咲いていて、木々にはリンゴやオレンジの実がついています。

 その果実を収穫しようと手を伸ばす少女の背中には蝶のような羽根が生えていました。

 小川には澄んだ水が流れていて、小さな水車が回っています。なんとものどかな光景でおとぎ話の世界のようです。


「これは素晴らしい!」


「綺麗なところだなぁ」


 我々が感嘆の声をあげているとクー・フーリンが「観光に来たのではないぞ」と嗜めます。


「そうでしたね。さて、どう探したものか……」


「とりあえず最後に槍を使ったところへ行けばいいんじゃねぇか?」


 ならばと、案内されたのは妖精の集まる広場でした。

 緑色の服を着た妖精の子どもがバイオリンを弾いていて、その曲に合わせて他の子ども達が楽しそうにダンスをしています。


「なぁクー・フーリン、他の槍の破片って今持ってる?」


 アレクの言葉に、彼は槍を空中に出現させてそれを瞬時に分解しました。

 すると前に見た赤く光る鉱石のような欠片になったのです。


「よし、聞き込みしてみようぜ」


 そう言って、アレクは妖精の子ども達に近づきました。


「なんだ? 知らないやつが来たぞ」


「俺はアレクサンドルだ。楽しそうな踊りだな、俺も仲間に入れてくれよ」


「踊れるならいいぞ」


 一人がそう答えると急に音楽がハイテンポに変わり、踊りが激しくなりました。しかしアレクは器用に彼らのダンスについていきます。


「あのアレクサンドルとかいう男、妖精のダンスについていくとはやるではないか」


「彼は昔から、身体能力だけは人間離れしてるんですよ」


 アレクは見事にダンスを踊りきり、妖精たちは手を叩いて喜びました。


「アレクサンドル、見どころのあるやつだな」


「仲間にしてやってもいいぞ」


「あはは、ありがとな~。実はお兄ちゃん困ってることがあって皆に助けて欲しいんだ」


「なんだなんだ」


 アレクは彼らの注目を集めると、槍の欠片を見せて行方を知る者がいないか聞きました。

 すると一人の妖精が「ボガートの家で見た」と言い出したのです。

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