ー リラは爪弾かれる(3) ー

ひやりとした石造りの円卓、それと相反するように私の背中は温かい。なぜなら私は今、アレウス様にお膝抱っこされる形でこの円座についているからだ。いくら背が低いとはいえ、そのまま座っても顔くらいは見えるだろう。


(なのに、どうして……)


恥ずかしさで消え入りたい気分だ。皆が、この状況をさも当然かのように受け入れているのが、私には受け入れ難い。


つい先ほどのことになるが、事前に説明を受けていた通り、ブレイザブリク皇帝陛下との謁見は進行通り…もとい、台本通りに滞りなく進み、なんとも呆気なく終了した。貴族達の好奇の視線は想定の範囲内。それも話が進むにつれ、気にならなくなった。貴族達から嘆願されたらしい『フリュールニルの戦乙女』こと私への褒章は、人間族ヒトの高名な職人が作ったという大変美しい意匠が施されたものだった。通常は質の良い魔晶石イデアが用いられるらしいが、魔力酔いを起こしやすい私のために、一般的な宝飾品に用いられる宝石で作られたものだ。つまり、今後は人間族ヒトの催しに招待されることもあるし、その際は身に着けてこいということである。


確かに、四家に連なる者として、公に出ても恥ずかしくない教養は叩きこまれたつもりだが、あの慇懃無礼な態度を隠そうともしない集団の中に放り込まれるのかと思うと、想像しただけで気が滅入る思いだ。


(もっとも、今は別の意味で気が滅入っているのだけれど)


この会談には、曾祖父様、アレウス様、リーグル様、シグルド様、ディートリヒ様、そして、フローズルフ・ギュルヴィ・ブレイザブリク皇帝陛下と、レイヴン・ヴァラング・アッシュヘレ宰相閣下のみで、他には近衛兵はおろか侍女などの使用人すら一人もいない。皇帝陛下としては完全に私的な場と言ってもよいだろう。


なお、ブレイザブリク帝国で「ヴァラング」のミドルネームは、皇帝陛下の側近中の側近、つまり、人間族ヒトの中で妖精戦争の本当の歴史を知る人物にのみ与えられる隠語であり、血族を示すものではないらしい。今後、同じミドルネームを持つ者に出会っても、正体を隠す必要はないということだ。


「さて…、いつも魔王殿の代理で来られるアウストリの当主殿がこの場にいないとは意外なものだな」


アッシュヘレ宰相閣下が厳めしい顔のまま、おもむろに話を始める。


「がははっ‼我が娘婿殿は、戦支度を終えている頃よ。愛娘をタダで貴族どもの衆目に晒すわけがあるまいて‼」

「えっ」


不穏な返答を当然かのように言ってのける曾祖父様に驚いたのは、私だけだった。


「あの、曾祖父様?」

「お前に何かあれば協定違反とみなし、戦争を起こすということだ。会話はすべて私の魔道具フロネシスを通して筒抜けだからな」

「なっ、アレウス様、いったいどういうことなのですか。皇帝陛下の御前で…もごっ」


供されていた焼き菓子を口に突っ込まれ、言葉を封じられる。黙って聞いていろということか。それにしても、もっと別のやり方があるだろうと理不尽さを感じつつ、もぐもぐと一生懸命に咀嚼する。


「はははっ、これはこれは。先ほども思ったが、魔王殿があんなにも余に会わせたがらなかった理由がわかったな。レイヴンよ」

「……さようで」

「まあ、人数が人数でな。このような場所になってしまったのだが…。気付いておろうが、この会談で畏まる必要はない。今この会話が魔王殿やテュール殿に聞こえておっても問題ない。むしろ、手間が省けるというものだ」


今回の謁見で初めてお会いした皇帝陛下は、さすがは人間族ヒトの最高統治者たる者といったところだろう。威厳があり、冷静沈着。こちら側の牽制にも、まったく動じる様子はない。


「では、ノルン殿。単刀直入に言おう。第三騎士団が守護する我が国の砦に、恐らく妖精族フェアリーからと思われる攻撃が断続的に続いている。今までは持ち堪えていたが、最近になって様子がおかしいのだ。ぜひ、フリュールニルの戦乙女殿の力をお借りしたい」


アッシュヘレ宰相閣下は厳めしい顔つきのまま、私を見やる。私は、美味しく頂いた焼き菓子をごくんと飲み込み、その厳しい眼差しにすっと向き合った。


「……、恐れながら宰相閣下。私は一兵卒に過ぎない身分でございます。人間族ヒトの手に負えない調査が必要であれば、妖魔族ファフニールに援軍を要請すればよいだけのこと。単刀直入にと仰せになられましたが、それが本題だとは思えません」


我々妖魔族ファフニールは、人間族ヒト妖精族フェアリーの抑止力だ。そのような何の変哲もない理由では、『フリュールニルの戦乙女』である必要はない。無論、神々の娘レギンレイヴである必要もないことだ。


「相も変わらず嫌な奴だ。好かん」

「アレウス様っ」

「気にするでない、ノルン。こ奴らはいつもこうじゃ‼」


それはそれで問題ではないだろうか?と言いかけてやめた。宰相閣下とアレウス様が、どちらも腹の底が見えない目で睨み合っていたからだ。恐らく、彼ら同士にしか伝わらない情報伝達方法なのだろうと思うことにする。


「ふむ、さすがは軍神テュール殿の秘蔵っ子といったところか」


皇帝陛下は、得心がいったような声色で頷いた。


「ヘルモーズ隊としての活動の一環であれば、私はそれに従うのみでございます」

「……陛下」

「余から話そう」


そして、皇帝陛下は言葉を続ける。


「ノルン殿。そなたにしか頼めんのだ。すまぬが言葉を選ばすに言うぞ。神々の娘レギンレイヴとして、釣り餌になってもらいたい」

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