ー リラは爪弾かれる(2) ー
どことなく漂った気恥ずかしい雰囲気を打ち破ったのは、リーグル様の呑気なお声だった。
「そうだ、お嬢。謁見前に飴でも食べとく?」
「リーグル様?お心遣いはありがたいのですが、私は子供じゃ……」
子供じゃない、と言いかけて言葉が止まる。
「…これは、もしかして……」
「作ったんですよ?褒めて?」
リーグル様が差し出した飴は、
例えば、
では、負担が少なくなるように、それをゆっくりと摂取できるようにすればどうだろう。野営では点滴などの処置が難しい場面も多い上、戦闘時においてはエイル隊のような衛生兵が常に傍にいるわけではない。そこで考案されたのが、個々人で持ち運びが容易なミードの固形化。すなわち「飴」だ。そして、さらにそれを粉末などにすることができれば、今まで以上の量を持ち運ぶことが容易になり、軍事作戦が一気に変わる。まさに革命といって良いものなのだ。
高位の
驚いたのは私だけではないようで、ディートリヒ様が身を乗り出した。
「え、おいリーグル。それってまさか固形化ミードか?」
「まだ試作段階なのでお見せできませーん」
「ふざけるなよ。俺たちはお前ら
「いや、これは本当にダメだって!クソ不味いし、効果がまだ安定しないんだ」
リーグル様はディートリヒ様を制すが、同時に発せられた言葉を私は聞き逃さなかった。
「まぁ、さすがリーグル様。大変お優しい方。そのクソ不味くて効果が安定しない試作品を私に食べろと仰るのですね」
「あーっ、違う違う!お嬢、許して‼」
慌てて取り繕うリーグル様の手から、素早く固形化ミードの試作品をかすめ取り……
「いただきます」
私は、ポイッと口に放り込んだ。
ころ…と舌で転がした感触は、飴というより、もっとねっちりとした固いゼラチン質のように感じる。製作者に『クソ不味い』と評された風味といえば、なんとも生々しい青臭さが鼻の奥にまとわりつき、ほのかな蜂蜜の甘みを感じたかと思いきや、それを打ち消すかのような酸味が襲ってきた。
思わずえずきそうになるが、しかし、淑女として一度口に含んだものを出すような真似はできない。私は額にじっとりと汗が浮かぶのを感じつつ、無心かつ迅速にねっちねっちと奥歯で噛み切り、飲み込むにはやや大きいと思われる状態のままお茶で流し込んだ。カップをソーサーに置く手が微かに震えたような気がする。
「……お嬢?大丈夫…?」
「…そうですね……。これは、まだ改良が必要ですので、ディートリヒ様にはご遠慮いただきたく…っ……」
「なんか…ごめんな……」
ぞっと引いたような表情で謝罪したディートリヒ様は、手早く水差しから水を持ってきてくれた。口の中を洗う勢いでそれもごくごくと飲み干す。
「がははっ‼我が曾孫殿は相変わらずミードのこととなると目がないのぅ」
「これを食え」
アレウス様が、いつも携帯しているハツカ菓子を差し出してくださる。私はその助け舟に乗り、ハツカ菓子を頂いた。ハツカの香りは目が覚めるようなとても強い清涼感をもたらし、鼻の奥に残っていた生々しい青臭さを消し去ってくれる。
「確かに味はひどいですが、これは素晴らしい進展だと思います。リーグル様、ミュルクヴィズに戻りましたら製造方法を…」
教えてほしい、と言いかけて空気が一瞬止まったような気がした。いや、気のせいではない。そうだ。何を言っているのだろう。
————私に、戻れる保証などないのだ。
「是非、研究を続けてくださいませ。これで救われる
「……お前が望めば、この謁見を断れるのだぞ」
アレウス様の申し出に、私は静かに首を振る。
「いいえ。これは魔王様からの勅命。……私は、この誇りを失いたくないのです」
私の頭をぽんぽんと撫でまわす、アレウス様の大きくて優しい手を払い避けながら、その時は着実に近づいてきていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます