ー 揺れるアールタラ(3) ー

「こちらのリボンでよろしゅうございますか?」

「ええ、特に希望はないわ」

差し出されたのは、漆黒のシルクに軍服と同じ朱殷しゅあんの糸で細やかな意匠を施したスカーフリボン。もちろんお父様のお手製だ。

サイドは残し、他を全て一纏めに高く結い上げた髪にスカーフリボンを結び、その結び目に家紋のポニーフックを差し込む。


「お嬢様、お疲れ様でございました」

「ありがとう。完璧だわ」

礼服も髪も完璧に仕立て上げてくれた侍女が下がったと同時に、どこからともなくヘスティアが現れ、お茶を淹れてくれた。


「ふぅ…。やっぱりヘスティアの淹れるお茶が一番美味しいわね」

しみじみと呟くと、彼女は優しくニコリと微笑む。いつも通りのやり取りだ。


「さて、そろそろ行こうかしら」

妖魔族の王城スキーズブラズニルへ登城せよと言われても、部屋までは指定されていないので、とりあえずはお父様の執務室を訪ねましょう。もしかしたら、途中でお義母様とすれ違うかもしれないし。


ちなみに魔王軍は、スノトラ隊、ヘルモーズ隊、エイル隊、ノート隊の四部隊で構成されている。リントヴルム竜騎士隊は臨時招集部隊なので、ここには含まれない。


————スノトラ隊。

妖魔族の王城スキーズブラズニルを警護する近衛及び、儀仗隊。

要人警護や儀仗(礼式)を主任務とするため、魔法や武術に長けるのみでなく、礼儀作法や賢さなどの素養が求められる。


軍服は、清廉な月白げっぱくに魔王の漆黒しっこくを基調色としており、刺繍や装飾が多い。装飾に用いられる真紅しんくは魔王に捧ぐ血がモチーフだ。魔王様及び、その妃や御子の近衛に任ぜられた者は【フロッティ徽章】を授与される。

フォルセティお義母様は、ここで副将軍アウルヴァングを務めている。


————エイル隊。

魔王軍の後方支援部隊。

魔法セイズや学術に長けたものが多く所属し、平時は魔術ルーン魔法セイズ、ミード調合研究のほか、支援物資の作成や手配などの雑務も行う。また、要請に応じてヘルモーズ隊と小隊を組んで狩りに同行することもある。

光属性アイテール治癒魔法サナセイズ魔術ルーンは貴重なため、薬学と錬金術を修めた調合士ハーナルヴィトが回復役の主体であり、特に優秀な調合士ハーナルヴィトには【ミーミル徽章】が与えられる。また、有事には後備え(しんがり)を務める者がおり、その者には【スヴェル徽章】が与えらえる。


軍服は、薬草をモチーフとした御納戸茶おなんどちゃが基調色で、礼服はヘルモーズ隊と色が異なるだけの仕様となっている。

テュールお父様が将軍オクソールを、その両輪をなす副将軍アウルヴァングをリーグル・ノルズリ様とエーシル・ノルズリ様が務める。


————ノート隊。

魔王専属の諜報部隊。

任務内容は秘匿性が高く、魔王の命令しか受け付けない魔王の影である。

所属隊員は「ヴァールの誓い」という特別な儀式を持って認められ、ノート隊に所属した者は、以後、他の部隊に配置換えされることはない。儀式では自決用の呪詛が身体に刻まれ、魔王を裏切ろうとすれば直ちに絶命する。魔王の手となり足となり、様々な任務を遂行させ、魔王から特別に厚い信頼を得た者へは【ロキ徽章】が授与される。【ロキ徽章】持ちは、命令がなくとも「魔王の益となること」という判断基準において自由裁量を認められるが、その反面、判断を誤れば呪詛により死んでしまう危険性もある。


軍服は、闇夜に溶け、返り血が目立ちにくい至極色しごくいろが基調色となっており、部隊章や階級章含め、太陽の下以外では全身真っ黒にしか見えない。通常軍服も礼服も、ノート隊は独自の形をとる。

アルヴィスお義兄様は、ここで副将軍アウルヴァングを務め、魔王軍全体の参謀幕僚ラーズスヴィズでもある。


(アルヴィスお義兄様は、いったい今どちらにいらっしゃることやら…)


しばらくお顔を見ていないお義兄様に思いを馳せつつ、屋敷を出たところで妖精の羽翼を顕現させる。

妖魔族の王城スキーズブラズニルがあるのは、最上層である第六層だ。

いつも通り、魔力酔い覚ましケイロンミードも忘れずに飲んだし、行きましょう。


とんっと軽く地面を蹴り、妖精の羽翼の魔力デュナミスをコントロールしながら、ふわりと浮く。そしてそのまま羽翼をはためかせ、私は高き蒼穹を目指した。

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