ー フュルギアの囁き(3)ー

神々の娘レギンレイヴなんて大それた名前で、さぞかし大精霊エネルゲイアのお強ーい加護のもと、素晴らしい魔法セイズでも何でも使えるんでしょうって?

「ふふ…っ」

思わず自分で笑ってしまう。


「役に立たないどころか、戦場で目立つだけの異端児よ!」

独り言なのに、つい語気が荒くなる。

はっと我に返って咳払いをすると、どこからともなく現れたヘスティアがお茶を淹れてくれた。心情を慮られた行動に、少しだけ恥ずかしさを感じる。


「はぁ…、ごめんね。ヘスティア。いつもありがとう」

彼女は相変わらずニコリと微笑むだけだ。

カマイメーロンのハーブティー。私の大好きなお茶。

優しい香りで、ささくれ立った心を落ち着かせてくれる。


…けれど、やっぱり気に入らないものは気に入らないのだもの。

ティーカップをソーサーに戻し、むうと考える。


光の加減や角度によって虹彩が多彩に変化する、遊色の瞳。

同じ色に煌めく喉元の逆鱗。尾の鱗の縁や角先。

しかも、神々の娘レギンレイヴは外見成長まで大精霊エネルゲイアの特徴を持っている。

つまり、内在魔力ないざいデュナミスが成長しないと体も成長しないのだ。


「もう成人して35年も経つというのに…」

妖魔族ファフニールの成人年齢は50歳。

つまり私は85歳なのだが、見た目は10歳かそこらの幼女にしか見えない。


妖魔族ファフニールは、800年前に妖精戦争を終結させた魔王の血族が統べる、いわば戦闘民族だ。始祖の魔獣である古代竜リントヴルムと、当時の妖精王ロヴンの血を引いている、妖精戦争の最中に生まれた種族。

戦場で生き、戦場で死ぬのが誉れなのに、10歳かそこらにしか見えない幼女が混じっていては、威厳もなにもあったもんじゃない。


ぱらり、と次のページをめくる。


————妖魔族ファフニールが住まう国、【ミュルクヴィズ】

現在は、第四代魔王であるユングヴィ・リジル・ミュルクヴィズが統治している。

魔王の存在こそが絶対であり徹底的な実力主義社会だが、弱きを助け強きを挫く高潔な精神を持ち、祖先に近い血を持つほど潜在能力・実力ともに高いため、血族の結びつきが強い。次代の魔王を輩出し得る、初代魔王直系血族の「四家」に属する者は、成人と同時に男女問わず軍へ属する。

また、常に頑健な鱗状の結界が肉体を覆っているため、強靭な魔法耐性セイズたいせいを持ち合わせており、その身体能力の高さと、魔王への忠誠心、闇属性エレボス魔法セイズにより圧倒的な軍事力を誇る。


魔法セイズねぇ…」

ひとくち、お茶を含む。


————妖魔族ファフニールは、忌まわしき妖精戦争を終結させた際に、人間族ヒト妖精族フェアリー双方の抑止力として存在することを誓約した。

妖精族フエアリーを害す人間族ヒトと、人間族ヒトを害す妖精族フエアリーおよび、魔獣フォボスの狩りを生業とする。


「そして、『同胞狩り』なんて安易な蔑称をつけられたのよね」

同胞狩り。つまり魔獣フォボス妖精族フェアリーの血を引く癖に、というわけだ。


ぱらり、と次のページをめくる。


————妖魔族ファフニールの容姿について。

夜に溶けるような濡羽色の髪を持ち、瞳の色彩は多様である。

やや尖った耳と牙、喉元にある逆鱗、竜の角と尾などの魔獣フォボスの特徴を持ち、妖精族フェアリーの羽翼は、必要時にのみ顕現させる。

内在魔力ないざいデュナミスの成長最大値を迎えると、身体成長が著しく遅くなるため、見目が若々しい者が多い。一般的な寿命は200年ほどだが、始祖の血に近いものは800年ほどと長く、寿命が近づくと徐々に老い始める。


「まぁ、私のような異端児は別として、お父様もお義母様も300歳を越えたというのに、まだまだお若くて美しいものね」

以前、軍の演習で人間族ヒトを見かけた。お父様とお義母様くらいの方の年齢を聞いたら、30代かそこらで面を食らったものだ。


「この本…。著者は人間族ヒトなのに、私達について随分と詳しく書かれているのね」

またひとくち、お茶を含む。


————初代魔王直系血族の「四家」について

ノルズリ家、スズリ家、アウストリ家、ヴェストリ家を指す。

魔王は世襲制ではないが、そのから、祖先に近い血を持つ四家から必ず輩出されており、四家の当主には魔王と同じく「リジル」のミドルネームが与えられる。


我が家アウストリ家の当主は、もちろんお父様。

テュール・リジル・アウストリは、軍神と称えられる尊敬すべきお方。こんなちんちくりんの私が軍で前線に立てるのも、お父様が槍術を指南して下さったお陰に他ならない。

妖魔族ファフニールでありながら、光属性アイテール大精霊エネルゲイア…、今は亡きお母様の加護を授かったことから、貴重な回復魔法士だからって今は後方部隊であるエイル隊所属なのよね。


「はぁ…。魔法セイズも、魔術ルーンも練習してるのになぁ…」

こてん、と机に突っ伏す。

そう、私は妖魔族ファフニールなのに、ほとんど魔法セイズを使えない。

生活に必要な魔術ルーンすらも、まともに扱えない出来損ないだ。


ちなみに、魔法セイズ魔術ルーンは似て非なるものである。

「いつになったら上手くできるようになるのかしら…」


魔法セイズとは、魔力回路ヒュレーをコントロールし、自身の内在魔力ないざいデュナミスをアウトプットすることで発動する。扱える魔法セイズは、自らの属性エートスに準じ、道具やトリガーも必要ないが、使いこなすには修練が必要なのだ。


魔力回路ヒュレーは、内在魔力ないざいデュナミスの通り道で、全身に張り巡る回路のようなもの。内在魔力ないざいデュナミスの量、濃度、速度をどの程度まで魔力回路ヒュレーに巡らせるかによって、発現する魔法セイズが異なるというわけだ。

ちなみに、魔力デュナミスの量は範囲、濃度は等級、速度は発動時間に影響を与える。緻密な操作が必要なので、練習あるのみなのよね…。


「アルヴィスお義兄様ほどとは高望みしていないけれど…」

「……。早く一人前になりたいわ」

アルヴィスお義兄様は、自分で新しい闇属性魔法エレボスセイズを開発するほどの天才であり、エキスパートだ。出来損ないの私と比べるなんておこがましい。

くぴりくぴりとお茶を飲んで、鬱々としそうな気分を逸らす。


もうひとつ。

魔術ルーンは、魔道具フロネシスを用いて、周囲の外在魔力がいざいデュナミスを消費して現象を発動させるものだ。魔術ルーンでは、四大属性エートスが主体であり、火属性ヘリオス水属性ネレウス風属性アネモイ地属性レイアが存在する。魔道具フロネシスは使い方さえわかれば誰でも使えるため、生活魔術ヴィタルーンから戦闘魔術ベッルムルーンまで用途が多岐に渡ることが特徴として挙げられる。


「そして、神々の娘レギンレイヴ魔術ルーンが使えない…」

正確には、魔道具フロネシスの機構との相性が悪すぎるのだ。


魔道具フロネシスには魔晶石イデアと呼ばれる鉱石が使われており、そこに術式を刻み、特定の詠唱をトリガーとして魔術ルーンを発動させる機構になっている。魔晶石イデアは、魔力回路ヒュレーが結晶化して水晶のような鉱石に凝固したものだ。

神々の娘レギンレイヴは、その大精霊エネルゲイアの血に引かれて周囲の外在魔力がいざいデュナミスを集めすぎてしまうため、魔晶石イデアが耐えられずに魔術ルーンが暴発したり、使用者自身も体調不良(発熱、めまい、頭痛、吐き気など)を起こしてしまう。


生活魔術ヴィタルーン程度なら、事前対策をしていれば平気なのだけど…ね」

しかしながら、私は軍人だ。戦闘で役に立たなければ意味がない。


ふわ、と空気が揺れた。

ヘスティアが心配そうな顔でこちらを見つめている。

フュルギアである彼女は、物体に触れることはできるが、生物には触れられない。

でも、こうして一番近くで寄り添ってくれる。

…私は、そんな彼女が本当に大好きだ。


「…お茶のおかわり、いただけるかしら」

ヘスティアはニコリと微笑んだ。

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