第55話 もう二度と、別れない(下篇)

まさかここに連れて来たと思わなかった。


陸翔は車から降りて、周りの景色を見渡した。ここは二人にとって思い出深いのキャンプ場だった。20年ぶりだけど、ここは二人での初旅行、そしてカップルになってから初めて陸翔の誕生日を祝った場所でもあった。しかし、ここに来たのはあれきっりで、その後陸翔は俳優デビューしたから、またここに訪れることはできなかった。


「驚いた?」

「当たり前だろう。わあ、ここに来るのは20年ぶりだな」

「前に来た時は秋ごろだね」

「冬の景色もいいなあ、白銀の世界って…しかし、寒い!」

「スーツのままだから、着替えを持ってきただから、早く着替えて」

「ええ、晴夏はこれいつ準備したの?」

「マネージャーさんに頼んで、リクの家から持ってきたもの」

「晴夏は?」

「私のも持ってきたから、心配いらないよ。さあ、早く着替えて、終わったたら前のキャンプ場で会いましょう」

「前と同じ位置を確保した?すごいなあ…」

「感嘆するなら後にして、早く!」


先に着替えを終えた陸翔は、20年前に来たあのキャンプ場へ歩いた。そこにはすでにセットアップされたテントとキャンプ用具などがあって、アイスバックスにもバーベキュー用の食材が入っていた。陸翔は焚火の前にある椅子に座って、晴夏が来るのを待っていた。


「ええ、そんなに早く着替えたの?」

「ああ。これは全部晴夏が用意したもの?」

「実際にやったのは友達なの。彼女の家はキャンピング用具をレンタルする会社を経営しているので、特別に私のために事前セットアップまでやってくれた。ちなみに、食材も彼女に買い集めてくれた」

「なるほど、だからすべてが用意してくれたんだ」

「今日は、慰労会をやろうと思って、だからあなたをここに連れて来た。じゃ、バーベキューを用意するから、リクは先にビールを飲んで」


晴夏は手際よく料理をし始めた。陸翔は途中から手伝いたいとか言い出しても、晴夏はそれを断った。


「今日のあなたは主役だから、私に任せて」


そうは言っても、陸翔の考えでは、本当の理由は自分の料理の腕前が信頼されていないから。やることはないので、陸翔は晴夏を見つめながら、昔のことを思い出した。


今のこの寒い時期、キャンプ客はかなり少なかった。20年前のあの秋でも、同じような状態だったので、キャンプ場は二人だけの世界になっていた。付き合い始めた頃の初々しい姿と20年後の今と重なって、陸翔は少し感傷的になった。なぜなら、今回ここに来た時、彼らはもうカップルじゃなかった。


料理が出来上がった時、二人は他愛ない話をしながら、夕食を堪能した。食後のお茶を飲んでいた時、晴夏は陸翔を見つめてこう話した。


「リク、お疲れ様。そして、これからすべてがうまく行けるように祈っているよ」

「何だよ、急に改まって?」

「ここへ連れて来た理由は知ってる?」

「思い出の場所だから?」

「それもあるですけど、やっぱりここから始まったものはここで終わりにしたいの」


これを聞いた陸翔は急に嫌な予感をした。


「晴夏、それって…」

「別れたから、私はいろいろ考えた。一体私たちはどこから間違っていたのか?そして、何か悪いことをしたのか?それと、もし私たちはもう一度一緒にいたら、これからは同じことが起きるんかな?だから、私はどうしても前に踏み出せなかった」

「俺だって別れてから何度も考えた。正直、今更気づいたけど、俺はすごく幼稚だった。あなたをマネージャーとして来てもらったのに、結局俺は仕事とプライベートの境界線をはっきりしなかった。俺が期待していたのは、晴夏は俺を恋人のように甘やかし、そして自分の好き勝手で仕事をさせたかった。しかし、あなたから見ると、マネージャーである以上、俺のキャリアを優先し、俺にとって一番いい選択をすることは俺の機嫌を取るより重要だった。だから、俺たちたちはその仕事の不調和を二人のプライベートまで持ち込み、結局俺たちの恋愛関係はダメになった。もちろん、それだけじゃない。あなたへの八つ当たりでわざと他の女と曖昧な関係を持っていて、でもそれはあなたにとって一番許せないだから、俺を振ったのは当たり前だった」

「そうね、やっぱり恋人同士は一緒に仕事しない方がいいかもね。でも、20年かけてそれを気づいて、もう遅くない?」

「一生気づかないよりもマシじゃない?」


晴夏は陸翔に笑顔を見せながら、彼の手を握りしめた。


「問題を気づいても、やっぱりリクとは付き合えない」


これを聞いた陸翔はショックだった。何かを言おうとしたが、晴夏は彼を止めた。


「最後まで聞いて欲しい。またリクと付き合っていても、自分の不安と自信のなさで、私たちの関係はもう一度崩れると思う。私はずっと恋愛と結婚を信じてないのは根本的な問題だよ。この2年間、陸翔の気持ちをよく分かった。だから、私は自分を変えようと思って、あなたにある提案をしたい」

「それは何?」

「桧垣陸翔さん、私と結婚してください」


この答えを予想できなかっため、陸翔の思考が一瞬停止した。


「俺の聞き間違いじゃないよね?結婚って本当?」

「本当」

「俺はもちろんしたいけど…晴夏は結婚を信じないだろう?」

「信じてみようと思って。リクとなら、多分うまく行きそう」

「どうして?」

「お互いを愛しているから?」

「ハハ、それは事実だけど、でもそれだけ?」

「私はずっと求めたいのは安心感かもしれない。だって、リクと一緒にいた20年間、ずっとコソコソしながら、誰にも教えてできない状態だった。もちろん、それはリクの事情を分かってから、自分も納得したことだけど。でも、時間が経てば経つほど、私の不安はどんどん大きくなって、それでリクに不満を感じた。もちろん、結婚するとは言え、関係は永遠に変わらないと限らないけど。しかし、心が落ち着かせるような相手が居たら、私たちの関係もうまく行けると思う。ごめんね、自分勝手な考えだけど、リクは別に同感しなくても…」


晴夏はまだ話している途中、陸翔は彼女の顔に近づき唇にキスした。


「ちょっと、話はまだ終わってないから…」

「よく頑張ったな、晴夏」

「何?」

「やっとあなたの本音を聞けた。遠慮なし、自分の気持ちを俺に話してくれる晴夏は可愛い」

「だから、話のポイントはそこじゃないから…」

「結婚しよう、今すぐでもいいから」

「本当に?」

「それを聞く?プロポーズしたじゃない?」

「だって私の理由に疑問なんか持ってないの?」

「いいって、晴夏と一緒にいられるなら、どんな形でもいい」

「何か適当すぎるじゃないの?無理しているじゃない?」

「あのね、奥さん。人の話をもうちょっと信じてよ」

「…分かったから」

「ああ、明日帰ったら、先に市役所へ行こう。婚姻届を貰わないといけないだから」

「気が早い!お互いの両親に挨拶もしてないで…」

「泰輔さんは多分俺をボコボコにするかな…」


これを聞いた晴夏は笑ってしまった。目の前にいるこの人なら、この先は別れないでしょう、晴夏はそう思った。



2021年4月・静岡


12月のキャンプ旅から帰って来たその日、陸翔は本当に宣言した通り、晴夏を連れて市役所で婚姻届を貰いに行った。しかし、提出する前に、やっぱり両家の顔合わせと挨拶をすべきだと思って、陸翔は自分の両親を群馬県から連れて来た。


お互いの両親の祝福を貰った二人は1月に入籍し、結婚式は天気が暖かくなった春にした。身内と親友だけの結婚式は晴夏の店の前にある庭で行われた。


式が終わったから、真琴は晴夏のウェディングドレス姿を見て、思わず彼女を弄りたかった。


「しかし、結婚に消極的だった晴夏はまさか結婚したなんて。しかも、自分からプロポーズした…」

「そうね、一瞬の気の迷い?それとも、魔が差したかな?ハハ~」

「でもまあ、幸せになれば、それでいいじゃない?」

「どうでしょうね?今はまだ始まったばかりだけど?」

「でも、もう逃げださないし、別れもしないでしょう?」

「うん、どうでしょうね?マコこそ、どうするつもり?」

「今のままはいいじゃない?」

「再婚なしってこと?」

「再婚する理由はないの、それに今は居心地いいよ。私はやっぱり岸真琴のままでいいよ」

「でも、慎也さんはそう思わないでしょう?」

「それはどうでもいいから、今は幸せならそれでいい」

「そうかもね!」


晴夏と真琴の姿を見ながら、慎也と陸翔はなぜか不安そうな顔をした。


「なあ、あの二人、まさか何かを企んでいるか?」

「また北海道へ逃亡するつもり?」

「陸翔も知ってたの?あの北海道の旅行?」

「それは未希から聞いた話で。どうやら、別れを切り出した前に二人はそこへ行った」

「じゃ、やっぱり二人の陰謀を阻止すべきじゃない?」

「そうですね。行きましょう~」


二人の男は目の前にいる愛する女へ向かって歩き出した。陸翔は晴夏の腰に腕を回し、自分の方へ引き寄せた。一方の慎也は、真琴の肩に腕を回し、彼女の耳に何かを囁いた。


春の暖かい太陽の光は四人を包まれて、彼らの笑顔はとても眩しく見えた。


彼らはもう二度と、自分の愛する人と別れないでしょう。


*完*

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今度こそ、別れましょう。 CHIAKI @chiaki_n

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