忘れられない味

山本 あかり

忘れられない味

シングルマザーの私にはもうすぐ四歳になる娘がいる。

娘の結月ゆづきはよその子より言葉が早くおしゃべりであるが優しくて機転が利く頭の良い子だと思っている。


つい先日のこと。

仕事と育児に追われる日々を過ごしながらも久々に少し時間ができて娘と一緒にデパートへショッピングに出かけることができた。


随分久しぶりだった外出にはしゃいだ娘はデパートに入るとつないでいた手を振りほどいて駆けだしてしまった。


「ユヅキー!走っちゃダメ!ユヅー!」


声が聞こえていないのか結月は私の視界から一瞬にして消えてしまった。

あり得ない状況に一瞬呆然となったが、なんとか平静を装う程度に頭は回復したものの心中では焦りまくっていた。


誘拐、事故、怪我……死?

たった一人の娘、たった一人の家族を思って気が気ではなくなる。


落ち着け!落ち着け私!

魔の二歳児と呼ばれる時期だってちゃんと凌いで今を迎えているじゃないか。

自分に言い聞かせて周囲を見回してもう一度娘がいないか確認をする。

が、いない。


視界が暗転しそうになり、よろけて近くにあった休憩用のベンチに腰が抜けたように座り込むと私がよろけるのを見かけたおばさんから声をかけられた。


「あなた、大丈夫?顔が真っ青よ」


「あ、娘、娘が……いなく……なって……」


聞かれたことに返答をしたが声がかすれて言葉にならない。


「え?娘さんが?どうしたの?」


おばさんにもう一度答えようとした時に明瞭な声の店内アナウンスが耳に入ってきた。


「ベージュのお帽子に赤のシャツ、紺色のスカートに白の靴をお召になった結月ちゃんがお待ちです。お連れ様は1階の総合サービスカウンターまでお越しください」


あ!間違いない!結月だ!


「あ……すみません。あの、ありがとうございました」


声をかけてくれたおばさんにお礼を伝え、その後は考える余裕もなく必死にサービスカウンターを探し走って辿り着くと結月は座って前を見つめていた。

私の顔を見るなり結月は立ち上がり大きな声で話し出した。


「もう、ママ!どこ行ってたの!急にいなくなったら結月が困るじゃない!探して呼んでもらったんだからね!」


結月の言葉にビックリするやら呆れるやらで、従業員の皆さんから苦笑されたけど、なりふり構わず娘を抱きしめた。

娘を、結月を抱き締めた瞬間にいろんな思いが溢れてきて嗚咽を漏らした。


「結月、くふっ、、無事で、、無事で良かった……本当に……ふっぐぅ……」


「ママ?迷子になって心配だったの?結月、怒ってないからね……、ママが泣くと結月も……結月も、、、うぁぁぁんん、ふっうぁぁぁ……」


二人とも号泣して抱き合い結局その日は買い物もせず帰宅した。

家に帰る電車で結月は泣き疲れたのか眠り、駅についてからもぐずぐずしていたので諦めてタクシーで家までたどり着いた。


家に帰り着くと結月はこれまでが嘘のように元気になってお腹がすいたという。

買い物をしていないので冷蔵庫にあるもので。と、考えたが私自身も疲れて作るのが面倒になって買い置きしていた赤いきつねと緑のたぬきを食べることにした。


「どっちにする?」


2つのカップを掲げて聞くと結月は緑のたぬきを指さして得意顔で答える。


「緑の方!だってこっちの方が早く食べれるんだよ!」


「よく覚えてたね。緑は三分、赤は五分だものね」


「そう!だから結月のほうが早く食べるんだ!」


「そうだね。結月のほうが早く食べれるね」


そう話しながらお湯を入れる。


スープをこぼさないようにゆっくりとフタを剥がし、食べながら今日のことを思い出す。

他人からすれば何気ない一瞬の出来事かも知れない。

でも、私にとっては一生忘れられないような出来事だった。


結月が見えなくなった瞬間の恐怖と絶望感、そして見つかった時の安堵感、泣きながら結月と抱きしめ合ったことは無事だったからこそ良い思い出になっていくだろう。


つい、笑みをこぼしながら思う。

思い出しながら食べた今日の赤いきつねの味、それはずっと、ずっと忘れられない味になったよ。

結月はきっと成長と共に忘れていくと思うけど私は忘れられないからね。

こうして赤や緑のフタを開けて一緒に食べるたび結月に今日のことを話すことだろう。


結月、無事でいてくれてありがとう。


--了--

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忘れられない味 山本 あかり @yoshidaya

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