第6話 ポンコツ担当はサプライズが好き

 俺は繭梨先生と別れてすぐに足早に会社に向かう。自分のデスクに座ると仕事を猛スピードで終わらせ、定時ジャストでタイムカードをきる。

 そして無駄な寄り道なんて一切せずに自分の部屋に着くと、すぐにパソコンを立ち上げてオンラインでの打ち合わせ用のアプリをクリック。すぐに担当さんの名前を選択して接続。


「はやくはやく……ってくそっ! オフラインじゃねぇか! さっきメール入れといたのに! あの人の天然は今に始まったことじゃないけど、今回のばかりはダメだろ!」


 俺の担当編集である烏丸からすま怜奈れなさんは仕事は出来るけど少し天然な31歳独身。仕事への熱意は凄くて、それに影響されたことも結構ある。

 だけどなー、俺への連絡をちょいちょい忘れるんだよなー。公式が発表して、俺が気付く。みたいな事が何度かあった。


「あ、思い出したらイラついてきた」


 イライラした俺は、パソコンの横に置いてあるグミを手に取ると、数個まとめて口の中に放り込んで一気に食べる。

 と、そこでようやく担当さんと繋がった。


『なんでしょうか空園先生。でも良かった。ちょうど連絡事項があったんですよ』

「あ、お疲れ様です烏丸さん。あと、なんでしょうか? じゃないですよね?」

『……何のことでしょう? あ、連絡事項から先に伝えさせて頂きますね。先生の作品のコミカライズが決まりました。おめでとうございます』


 こ、こいつ……しれっと言いやがった……。


「コミカライズですか。ありがとうございます」

『ん? なんか普通ですね。一巻の重版の時にはとても喜んでいましたのに。まぁいいです。そしてそのコミカライズの担当に関してなんですが──』

「繭梨先生が候補なんですよね? もちろん即決です。繭梨先生にお願いしたいです」

『…………なぜそれを?』


 そこから俺は一連の流れを説明した。お祝いの食事の事、コミカライズの事を聞いたこと。この辺を言うのはちゃんと繭梨先生に許可を貰っている。

 それをふまえて俺は烏丸さんに聞く。


「で、一ヶ月も前に決まっていたことを俺は昨日初めて知ったんですが?」

『そ、それは……サ──』

「サプライズとかは無しですよ? それは前も聞きました。PVの時に」


 そう。宣伝用PVの時も公開直前に聞いたのだ。だからそれは俺には通じない。さて、どう出る?


『編集なんてみんなそんな感じですよ』

「あー! またそれですか! ホントにそうなんですか!? こっちが内部事情知らないからってそんな言い方して!」

『それはそうと空園先生、繭梨先生に会ったんですよね? まさか……手を出したりなんかしてないですよね?』

「出すわけないじゃないですか!」

『だって見たんですよね? 繭梨先生を。あの可愛さを』

「見ましたけど、あの人は穢してはいけない存在です。繭梨先生はあのままでいて欲しい」

『わかります。とてもわかります。本物の天使はいたんです』


 さすが俺の担当。感性が一緒だ。

 ただ、感情の振れ幅が大きいから盛り上がり過ぎると、手がつけれないくらいに語り始めるのはやめて欲しい。以前、打ち合わせという名の食事に行った時に、八時スタートで終わったのは深夜二時だったからな。あれはキツかった。


「ただ、僕らは大丈夫ですけど、他の人はどうなんですかね。他の担当した作者さんとか」

『いえ、それは大丈夫だと思いますよ。私が知ってる限りで繭梨先生が実際にお会いしたのは空園先生だけですから。繭梨先生、滅多に外に出ないんです。同人時代の即売会などでも代理の人を頼んでいましたから』

「なら安心ですね」

『あ、でも……』


 ん? なんかあるのか?


「どうしました?」

『いえ、考えすぎだとは思うのですけど、繭梨先生が表紙を担当した来月発売の作者さんが、このところ頻繁にそんな大事な用でもないのに会社に来るんですよね。ちょうど繭梨先生と打ち合わせした後くらいから』

「んー……怪しいと言えば怪しいですけど、流石に考えすぎじゃないですか?」

『そう……ですよね。あ、私、そろそろ帰る時間なので失礼しますね。そういえば最新刊なんですけど、重版難しいかもしれません。コミカライズの発表で伸びるといいですけど。では』

「わかりました……え? なんて?」


 聞き捨てならない事を聞いたような気がして、確認する為にモニターを見るけど、既にオフラインの表示。逃げやがった。

 つーかなんて言った? 重版難しいって言ったよな? 普通そんな大事なことをサラッと言う? 締切倒して復活したメンタルがまた崩れ落ちそうなんですけど!?

 確かに烏丸さんはなんでもスバっと言う人だけどさ、そこはもっと濁して優しく言って欲しかったよ……。


 俺が突然の知らせに力抜けしていると、部屋にノックの音が響いた。


「朋也、ご飯」


 母さんだ。


「わかった」

「無いからなんか買ってきて」

「ないのかよっ!」


 なんかもう色々疲れる……。


 

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