決断

銀ビー

決断

 男は悩んでいた。


 目の前のテレビからは賑やかな歌が流れている。歌っているのは長髪で化粧している男だか女だかの区別もつかない歌手だ。


 何となく耳にしたことがあるようなリズムだが、最近の歌は似たり寄ったりでこれまた区別がつかない。大人数でお遊戯会みたいなのもいるが更に分からない。分かるのはそこに芸はなく、レベルの低い賑やかしの見世物だと言う事位か。


 大体、曲名も歌詞も横文字が多くて何を歌ってるのか分からないから覚えて口ずさむ事も無い。元々、歌に興味のない男にとってはどれもただの音だった。


 そんな男でも年越しだからと習慣で見ているような歌合戦だ。男の今の悩みもその長年培った習慣に由来する。


 今年は大変な年だった。男の環境にも影響があった。仕事が減り、給料も減った。そして毎年、年越し蕎麦を食べていた近所の蕎麦屋が閉店してしまったのだ。確かにいい年の夫婦が営む店で、今年の騒ぎが無くても閉店はそう遠くなかったのだろうが、騒ぎに後押しされるように店を閉める決心をしたようだった。


 だから今年は年越し蕎麦を食べていない。あと十数分で年を越してしまうのに。


 こたつの上には「赤いきつね」と「緑のたぬき」。うーんどちらにすべきか。


 年越しというくらいだから「緑のたぬき」が正解のような気がするが、「赤いきつね」の甘いお揚げの誘惑も捨てがたいのだ。


 両方食べるかとも思ったが、新年早々胃もたれで苦しみたくはない。もう、いい年なのだ。カップ麺二杯は厳しい。


 歌合戦のステージには出場者が集まり、フィナーレを迎えようとしている。


 残された時間は少ない。決断の時が迫る。


「よし、決めた」


 男は独り言と共にカップ麺を手に取ると包装を破った。二つとも。


 徐に蓋を開けると、スープの素と具を外に出す。


 緑のたぬきにスープの素を入れると、そこに赤いキツネから取り出したお揚げを放り込み、石油ストーブに載せていた薬缶からお湯を注ぐ。


 自分の居場所を奪われた天ぷらは、未開封のスープの素と共に慣れないうどんの上に載せられカップの蓋は再び閉じられた。


「うん、これなら両方食べられる。年越しはやっぱり蕎麦だな。うどんは明日だ。そうだ、餅を入れてもいいかもしれないな」


 そんな独り言を呟く男の前でテレビは参拝客で賑わう雪景色の山門を映し出していた。


「旨っ。年越しはやっぱりこうじゃなきゃね。緑のきつねも十分いける」


 三分後、年越しに駆け込みで間に合ったお揚げが浮かんだ器から蕎麦をすする笑顔の男がそこにいた。



 来年はいい年になりますように。

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決断 銀ビー @yw4410

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