第7話 盗賊王

 ガラララ。



 職員室の扉が開いた。


 扉を開けたのは、火のBクラスの担任魔導師、あのうだつが上がらないように見えた、スダレハゲだった。


 自分の席に座る俺を見つけるや否や、授業中の時には決して見せなかった鋭い目で俺のことを睨みつけてくる。


 ズカズカと近づいてきた。俺は椅子に座ったまま。


 俺の正面に立ち、見下ろしてくる。


 互いに見鬼けんきを用いている。

 しかし互いに互いの魔装を崩せない。

 つまりこいつは、ただものじゃないってことだった。



『予定通りと言ったところか? 決死組』



 すだれハゲが口だけを動かす。


 発声せずに相手に意思を伝える口話ってやつだ。


 一般人が健常者相手にこんなことをするわけがない。


 当然このスダレハゲは、裏に属する人間だ。


 まあ『あれ』を見るまでもなく、俺にはわかっていたことだが。



「ま、おおむねな」



 すだれハゲが椅子を引く。

 席につき、お互い向かい合った。



「で? どう思う? 俺はAに上がれると思うかい?」



 この学園は学年ではなく実力でクラスがわけられている。昇級は年四回のテストで決まるが、それ以外にも、クラスを上げる方法が二つある。


 一つは、クラスにおける最優秀魔術師、いわゆるクラスリーダーを、三人以上の魔導師立ち合いのもとで打ち倒すこと。

 

 二つ目は、担任魔導師、移籍先の魔導師、導長、学園長の四人が、上に上がるに足ると、認めること。


 今回俺が倒したのはクラスリーダーの女じゃない。


 つまり、俺が期待しているのは後者。


 今回の一件で、四人の承認を得られるのかどうかというのを聞いていた。


 後者の方法をとるには、こいつの了承も必要になってくる。言い変えれば、敵対心アリアリのこいつの了承を得なければ、俺はAに上がることは不可能、ということでもある。



「上がれないと言ったらどうする」


「決まってるだろ。次はクラスリーダーを潰すさ。ルール上問題ないんだろ?」


「相手が承諾するか、立会人の魔導師三名が承諾すればな」


「なら問題ない。認めさせるからな。どんな手を使っても」



 自然と声が低くなる。

 自分で言うことじゃないが、俺は嗜虐的なところが結構ある。


 だから、誰かを苦しめることにためらいを覚えたことは、ほとんどない。



「……お前の目的は何だ?」



 瞳の色を深くして、男が言った。

 見鬼けんきは性質上、発動すると瞳の色が深くなる。



「楽しむことさ。それがないなら生きている意味はねえ」



 嘘ではなかった。これは俺の信条だ。嘘ではないが答えも話さない。見鬼けんきの逃げ方には、こういう方法もある。


 もっとも、こいつに俺の魔装が崩せるとも思えないが。


 男が口を開く。


 その時。


 ガランガラン。ガランガラン。


 ベルの音。


 そして。


 ガタンガタン。ガタンガタン。


 引き出しから、何かが暴れるような音。


 ほぼ同時に響いた。


 俺は笑って、立ち上がった。



「話はまだ終わっていないぞ」


「授業はいいのか?」


「お前への尋問が先だ」



 俺は笑って、暴れていた引き出しを指さした。


 スダレハゲは俺への警戒を解かぬまま、引き出しを開き、伝書を取り出した。伝書とは、転移させたインクで文章のやり取りをする銀具である。引き出しが暴れていたのは、インクを転移するときの衝撃で、伝書が揺れていたからだ。


 男が伝書を縛る紐をほどく。そして――



 机をグーで殴りつけた。


 あまりのわかりやすさに、俺は声に出して笑ってしまった。



「了承されてたか?」


「あ? ――あ!!」


「答えは、その一言で十分だ」



 足を回した。伝書に何が書かれていたか? 大体察しがついている。そして今の男の反応で確信した。


 伝書に書かれていた内容は、学園長、導長、火のAクラスの担任、それらの、了承印。


 長いものには巻かれろってな言葉がある。北頭ほくとうはそれが顕著で、ハンコの押し方にしても、部下は上司に対して、斜め向きに押さなくてはならない。書面上ですら、部下は上司に頭を垂れろ、ということだ。


 上に上がるには、学園長、導長、移籍先の魔導師、担任の魔導師、四人の了承印が必要。


 文章だけで見るならば、四回の試験、面接があるように見える。だが実際は、一つの了承印さえあれば事足りる。



 書類上でさえ頭を垂れさせる、学園長の了承印さえあればな。



 問題は、その一番上をどうやって、いつ説得したのか、ということであるが――まあ簡単な話だ。


 学園長の了承印が押されたのは、俺がボーズ頭とやりあっていた、十五分の間につかれたと考えるのが自然。長く見積もっても、ここに来てからあの騒動が行われるまでの一時間と考えるのが普通だろう。


 しかし、あの騒動を見て学園長が了承することを決めたと仮定しようにも、学園長はあの場にはいなかった。


 それでも学園長は了承印を押している。


 つまり、あの場には、学園長より権限を持つもの。俺と同じように、リンを監視するために派遣されたこいつらのお仲間がいた。


 それだけの話である。



「待て、ヒョウ!!」


 

 扉の取っ手をつかんだ俺を、男が声で制止する。



「ん?」


「まだ俺が了承印を押すとは決まっていないぞ」


「押すさ。上に巻かれるのが、お前たちの国民性だからな」


「見くびるなよ、俺たちを」



 どすのきいた声で言うので、俺は背を向けたまま笑ってしまった。


 ったくよー……。


 俺を監視するために人をつけるなら、俺のことをもう少し調べてからにしてほしいもんだ。


 決死組に在籍しているとは言っても、俺はあくまで雇われの野良犬。


 俺を誰だと思ってる? 


 俺はかつて北翼を荒らし回った盗賊王、ヒョウ様だぞ。

 


「かっこいいなー。奥さんもあんたのそういうところに惚れたのかなー?」


「あ?」


「だけど、結婚すると大事な者って変わっちゃうんだよねー。なあ?」



 俺はポケットからそいつを取り出し、中を開いて、見せた。


 振り返って、見鬼けんきで男を見据える。


 すだれハゲは、全身をまさぐって、目を白黒させている。魔装には、これでもかというほど、恐れが溶けていた。


 それはつまり、俺の見鬼が、ハゲの魔装を貫いたということも示している。



「心当たりはないかい? 『アーサー=クロイツ三佐』」



 名前の部分だけ口語にして、俺は言った。


 俺がアーサー=クロイツに見せたのは、肩を叩かれた時にこいつから盗んだ黒い手帳だった。中を見せているから、この場にいる――とはいえここにほとんど人はいないが――魔導師には、家族仲睦まじい写真の入った、ただの手帳にしか見えないだろう。


 だが、表紙を見れば一目瞭然。何せそう書いている。内閣直属守衛隊、ガーディアンウィザード。GWってな。



「お前……っ」


「さっきも言ったよな。俺は目的のためならどんな手でも使うぜ。嘘だと思うなら、好きにしろ。ただ結末がどっちに転ぼうが、お前は命令違反で何らかの処分が下るだろうがな。女はその辺シビアだから、気をつけろよ、お父さん」



 背中越しに放った手帳が、床の上を滑っていく。一応裏面を向けて投げ返してやったのは、俺なりの優しさってやつである。

 

 ガラガラと、今度こそ扉を開いた。



「ヒョウ!!」



 アーサーが駆け寄ってくる。俺は無視して扉を閉めるが、すぐ様その扉が開いた。アーサーが左右を確認するも、すでに俺はそんなところにいやしない。


 アーサーが拳を握り、プルプルと震えた。



「くそがあああああああああああああああ!!」



 あたりかまわず気持ちを吐露する。


 俺はそれを、窓の外のグラウンドに座りながら聞いていた。ちなみに、あいつの表情や動きがわかったのは、棒につけた鏡で、中を確認していたからである。


 俺はハゲの醜態をじっくり楽しんでから、その場から姿を消した。


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