第6話 vsチンピラ

 ガタン!!



 椅子を蹴り飛ばされた。


 俺はそのまま旋回し、床に足をつけた。


 飛んでくる拳。遅すぎて欠伸が出そうである。右。左と規則的に飛んでくるそれを避けながら後ろに下がる。男が更に間合いを詰めようとするが――



「いって!!」

 


男が足をつかんで悶絶する。その足の裏に刺さっていたのは、四点全て針で構成された菱形のトラップ、マキビシ。



 俺は片足を上げて男の顔面に蹴りをぶち込む――寸前で足を止めた。



「まあハンデってやつ? 今風に言うなら舐めプかな」


「ふ、ふざけんなてめえ!!」



 男が足を払う。俺は払いのけられたまま旋回し、背後の扉に向かって外に出た。行儀正しく扉を閉める。



「待てコラー!!」



 男が勇み込んで飛び出してくる。そこを待ち構えていた俺は今度こそ男の顎を蹴り上げ、一撃で昏倒させた。



 倒れた先に並ぶ三人。俺は肩をすくめた。



「やめるか?」



 無論やめてもらっては困る。一撃目を止めたのも、あまりに実力差がありすぎると下がられるからだ。

 この戦いは俺がAに上がるためのもの。当然弱いものイジメがしたいわけじゃない。このハゲがクラスリーダーじゃない以上、少し手順を変則的にしないといかんのでね。

 


 具体的に言えば、ここで倒れてもらっては困るのさ。

 


「バカ言ってんじゃねえ!!」


「そうこなくっちゃな」



 笑って応え、俺はその場から逃走した。そうさせまいと、男らが追走してくる。

 追いつかれるように走っているのだが、人がたむろしている廊下を全速力で駆けるのは素人では難しいらしい。一人は足に怪我をしているから尚更だ。

 追ってきてるのは二人。もう一人は別行動で挟み打ちってところか。

 とすると、行き先は教えとかないとなんないな。



 俺は足を止め、階段前で奴らを待った。奴らの一人が駆け込んでくるのを見て、俺は階段を上る。階段の踊り場を通り抜け、五階に続く手摺から、俺は四階の階段に飛び降りた。



「え?」



 男が素っ頓狂な声を上げる。そんな男の足を俺はポイと払った。

 男はバランスを崩しそのまま落下。昏倒した。階段を登ろうとして、振り返る。



 足に怪我をした男が俺を見つけ、伝書にペンを走らせていた。

 俺は笑ってその場から消え、男の背後に回った。



「ご苦労さん」



 男の首筋に手刀を入れて眠らせる。念のため伝書の内容も確認し、目的を達成していることを知った俺は、倒れている男の背中に伝書を放った。


 

「後一つ」

   


 つぶやきながら、俺は階段を上った。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 五階の廊下を駆けていた。

 A級の教室が並ぶ階層である。

 周囲から注目を浴びる。

 俺は見鬼(けんき)で周囲を探った。

 お目当ての人間を見つけるためだ。



 こいつでもない。こいつでもない。こいつでもない……。



 走っている間にたどり着いた、A級火のクラス。窓から見える、リンの姿。男女に囲まれている。

 資料によれば、特待Sであっても――もちろん俺のようなBであっても――本来はDクラスからの編入らしい。即A編入は今年かららしく、それで物珍しく人が集まっているのかもしれない。

 加えて言えば、リンの年で特待Sは、普通にすごいことだからな。髪も染めなければありえない栗色だし、人が集まる要素はてんこ盛りだ。

 まああいつは根が暗いから、いつまで続くのかってところもあるが――



 リンが振り返る。目があった。驚いた顔をして、口元を手で隠す。俺の見鬼けんきは、リンではなく、その先にいる人物の魔装を捉えていた。


 ふん。やはりな。


 こっちは生徒だ――!!


 殺気。正面。



 バン!!



兄様あにさまあああ!!」



 リンが、机を叩きながら叫ぶ。その声に釣られてやっと気づいたと思われたら心外だが、俺もまた、殺意に向かって目を向けた。


 拳。すぐ目の前にあった。


 俺は悠々と旋回し、その一撃をかわした。そして、互いに互いの尻尾を追うように回転し、同時に離れる。

 

 予定通りの展開に、俺はニヤニヤ笑いながらハゲ男を見ていた。



「よく動くな」


「いやーそれほどでも」


「ならこいつはどうだ!! 仲間の分の、お返しだよ!!」



 男が手を振り上げる。


 距離はあった。足も地についている。投擲か。


 男の手が縦に振られた。それは俺が起こした風のカーテンに遮られ、足元に落ちた。転がったそれは、俺が先にまいたマキビシだった。


 

「あぶねえなー。こんなもん顔面に食らったらシャレにならんぜ。喧嘩も想像力を働かせないとな」


「仲間の足ブッ刺しといてよく言うな。それにしてもやっぱお前ただものじゃないな? 何者だ? まさか決死組だなんて言うんじゃないだろうな。お前がまいたこれ、街の博物館で見た記憶があるぜ。決死組が使う道具としてな」



 見た目によらず博識らしい。

 早速正体がバレているが、まあこれも計算のうちである。



「魔術師なら見鬼けんきで覗いてみたらどうだ? 使えるんだろ? 初手見鬼は、魔術師の挨拶みたいなものだからな」


「一流の魔術師は、死念が思念を食らう魔装の揺らぎから、相手の心まで洞察するというが、実際に読めるのは、喜怒哀楽愛嘘信憎恐の九情までだろ。見鬼で見たところで――」



 そこまで言ったところで、男が言葉に詰まる。

 

 何かに気が付いたようで、男は目を見開いていた。



「お前まさか……」


「あ?」


「……お前まさか、あいつを精神世界アストラルサイドから見たのか……っ」



 フェミニストは、女を見鬼で見ることに怒る者が多い。


 確かに見鬼で読める感情は、喜怒哀楽愛嘘信憎恐の九情と少ないが、精神世界から見られるということは、本来聖域であるはずの心に土足で踏み込まれるのと同じこと。


 相手を大切にしているならば、見た人間を咎めるのは至極当然のことだ。



「さっきも言ったろ? 初手見鬼は魔術師の基本であり挨拶だ。腹が立つなら、お前も俺の心を覗いてくれても構わんぞ。まあ、無理だろうがな」


「何を見た。あいつの何を……」



 見鬼で俺を見据えながら、男が言った。


 随分と立腹してるようだ。


 発言いかんによってはただじゃおかない。


 そう面構えが語っている。

 

 俺は笑って、男を見据えた。



「何を見たかって? あいつがドロップアウトしてる心境を語ればいいのか? 上を目指すどころか、魔術師でいることにも疑問を抱いている。そういう魔装だったかな?」



 男は今にも飛び出しそうになるほど、目を剥いた。



「もういい。お前は黙れ」



 男がポケットから手袋を取り出した。手甲のところに火打ち石が仕込まれており、擦り合わせると火花がでる。

 

 俗に言う発火手甲。


 これから何をしようとしているのか、魔術師であれば誰でもわかる。


 それでも俺の上がった口端は下がらない。



「黙らせてみろよ。今までもそうしてきたんだろ? あの小娘一人を守るためによ。最後に一ついいこと教えてやる。裏道ばかり歩いている人間は、同じ道で必ずいつか誰かとかち合う。そして、その道を歩くものに、いつか必ず潰される。誰も通らない道だから文句も言えない。ま、一言で言えば――

 因果応報ってやつだ」


「黙れつってんだあああああああああああ!!」



 双方の手甲を擦り合わせ、火花を起こす。生まれた火花はすぐに爆炎と化し、周囲に焔の手を伸ばす。


 属性エレメントに魔力を通わし、呪を用いることなく、疑似的な魔術を発動させる、近代魔術の最高峰。


 魔力誘導か。



「ふん」



 豪ッ!!


 炎が廊下を突っ切っていく。足元で炎が幾本もの手を伸ばし、周囲の炎が俺の身体を焼かんと明るく照らす。


 俺は指を一本立てた。指先に魔力を込める。その指先を走らせた。いや、つづったというべきか。


 空筆。空間に魔力で呪を描く青魔術。呪、この場合、メッセージを伝える相手は、炎であぶられた教室の中にいる、リン。



「喰らいやがあああああああああああああ、ああ!?」



 男が両手で炎を持ち、俺に放とうとした、その時。


 男の手の炎が吹き上がった。それは天井にぶつかり這っていき、それがまた床に落ちる。


 俺と男をだけを囲む、即席の炎の檻の完成だ。



「な……何だ!! ど、どうなってんだ、これは!!」



 周囲を見渡しながら男が言った。



「魔力誘導は」



 俺は、足音もなく、近づく。


 男はきょろきょろと、周囲を伺うばかりだ。


 炎が壁になって、俺のことが見えていないのだろう。



「エレメントに自分の思念を乗せて操る術式。ならば――」



 男と肩を並べた。


 声でわかったのだろう、男が俺に目を向ける。



「相手より更に強い思念を乗せることができたなら、そちらになびくのが道理」



 男が横に手を振るう。


 しかしそれより先に、俺の一撃が男の水月に突き刺さった。



「ぐはっ!!」



 一歩、二歩と。


 腹を抱えながら、男が後退する。


 膝をつけて、男が倒れる。それでも完全に倒れ切らないように、片手でどうにか身体を支えた。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ――ぐっ!!」



 俺はそんな男の後頭部に足を乗せた。


 

「悪いな。こっちにも退くに退けない事情ってものがあってね。申し訳ないがここはやられてくれや。大人げないとは思うけど」


「あぁ!! 何だその事情ってのは!!」



 歯を軋ませながら、男が振り返る。


 俺は笑って首を振った。


 そして踏みつぶす。


 ゴキャっと音がして、それきり男は動かなくなった。



「言うわけねえだろ、お前に」


 

 炎が揺らめく中、俺は独り言ちにつぶやいた。



「本人にさえ、言えねえのによ」



 煙が辺りを覆い始める。炎が撒く白煙じゃない。今や完全に俺に支配権が移っていた炎が、白い煙によって消され始めていたのだ。俺がリンに『消化』と空筆で指示を出したからだ。


 炎が鎮火し、白煙が去ると、その場に残されていたのは、白目をむいて倒れ伏す男一人だけだった。


 ギャラリーが男を囲むのを、俺は廊下の天井に足の裏をつけながら見ていた。


 ふと、ギャラリーの一人が、俺が教室に撒き、ボーズ頭が拾って捨てた、マキビシを手に取った。



「なんだこりゃ?」



 眼鏡をカチャリと持ち上げて、思案する女。


 俺はそれを見て、口端を持ち上げた。


 ふと、何の脈絡もなく、女が天井に目を向ける。


 俺はそれの視界に映るよりも早く、その場から姿を消していた。

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