矛盾

桔梗 哲毬子

矛盾

夕日の落ちる頃、古い5階建てのビル。

ここの屋上は常時解放されている。

星が綺麗に見られると聞きいた私は、誕生日の今日、電車で6駅、わざわざやって来たのだ。

カメラと三脚を持ち、カンカンカンと音をたてながら、非常用の外階段を上がっていく。


 電車は嫌いだ。

音漏れしてる人におしゃべりしてる人、ガムかなんかを食べる音、兎に角うるさい。

香水の臭いに柔軟剤の臭い、汗の臭い、兎に角臭い。

眉間のすぐ下、鼻の付け根の辺りから、嫌な感じが顔に、頭に、全身に広がる。気持ちが悪い。頭が痛い。吐きそうだ。

ああ別に、電車が悪いわけではないのだ。ただ、人混みが苦手な人間にとって、狭く、他の人間の存在が強く入ってくる空間は苦痛でしかない。

その空間に入らず、外から眺める分には、嫌ではないのだ。


2階から3階へと上がっていく。眺めはよい。走る電車が見える。踏み切りの音、救急車の音。歩く人々。近くでなければ、何も嫌なことはない。

カンカンカン、階段を上がり続ける。


 誰も私を知らないところに行きたい。

ああ別に、今周りにいる人が嫌いとかそういうわけではないのだ。ただただ、誰にも知られていないところに、引っ越したい。誰にも会いたくない。1人になりたい。


 全ての人の記憶の中から消え去りたい。

ああ別に、何かやらかした訳ではないけれど。私の存在ごと全てを消したい。


あと1階分上がれば屋上だ。

日はあと、どれくらいで落ちるだろうか。

カンカンカン カン


 誰かに頼りたい。

私はよく分からないものを沢山背負っている。でも、私にはどれが必要か必要でないか分からないのだ。他の人が背負っている物の要不用は分かる。だから、君にはそれは要らないよって取ってあげる。だけど、その取ったモノを捨てて良いのか分からないから、私はそれを自分で背負う。どんどんどんどん重くなる。

周りの人は、私を要不用を見分けられる人だと思っている。助けてあげなくても、自分でできる人だと。

ああ別に、その人たちが悪いわけではないのだ。だって、他の人に対して出来ているのだ。普通、自分に対して出来ないとは思わない。

ああ、潰れていく。


屋上に出る。日は殆んど落ちたが、まだ明るい。星がよく見えるようになるには、もう少し。雲は少ないから、きっと綺麗に見えるだろう。

少し汚いが、屋上の真ん中で横になる。


 1人になりたいけど誰かに寄り添って欲しい。この矛盾。この矛盾があるから、誰にも何も言えないのだ。

 1人になりたいと言えば、1人にしてくれるだろう。でも違うんだ。寂しいのだ。

 そばにいてと言えば、そばに居てくれるのだろう。でも違うんだ。1人になりたい。


 アンドロメダにカシオペア。確かにこの場所は、綺麗に星が見える。私は寝転んだままカメラを構えた。ふふ。やっぱり腕ではブレてしまう。10秒以上動かさないなんて至難の技だ。寝たまま撮るのを諦めた私は、三脚を使い写真を撮る。


冷たく澄んだ空気のなか、星は煌々と光っている。


三脚からカメラを外し、取った写真を確認する。 ああとても綺麗に写っている。


ああ、ああ、美しい。


…あそこに行きたい。


 私は冷たい風が吹くなか、カメラを三脚の元に置いた。そして低い位置にかろうじて見えているオリオン座の方へ向かい、腰程の高さのフェンスを乗り越える。


…あそこに行けるだろうか。


 ふふ。私は1人。だけど今、私の星座は、太陽に寄り添って貰っているだろう。


ああ、私の望み通りだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

矛盾 桔梗 哲毬子 @kikyotemariko

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ